森に出るユーレイ11
「よーしよしよしアルも仲良しだね〜可愛いねえ〜ほらいいこだね〜」
「ピギュゥ……ピュグッ……ピギュルフッ……」
アルが機嫌を直し、でれんと仰向けになったところを撫で回していると、コントスさんたちから声が掛かった。
「でーきーまーしーたーよぉー!!」
「フィカルくん、ミズウシをこっちに誘導してくれる?」
のろのろ速度ながらも頑張って逃げようとしていたミズウシは、たやすく鞘付きの剣で通せんぼされた。頑張って移動した2メートルもの距離を追いつかれてしまったミズウシは、またぐるぐると体色を変えながらユーレイを出している。
金髪碧眼の男性は、フィカルの懐かしい人のようだ。鞘の先でミズウシの向きを変えつつも、フィカルがそのユーレイを見上げている。
「お師匠さま!! ぼくが抱っこして陣の中に置いてもいいですかぁ?!」
「ええぇ……ローブが汚れるんじゃないかなぁ……」
「ちゃんと洗いますからー!!」
ウキウキと駆けてきたリルカスが、でろんと大きな体を持ち上げようと頑張っている。ものすごく大きいぬいぐるみを抱えようとしているようでちょっと可愛いけれど、ミズウシ本人はパニックになっているようで今まで以上に色の変化が激しくなっていた。
「あ、リルカス、踏んじゃいそうだから足元気をつけて。もうちょっとそっち持てる?」
「ふわふわー!!」
抱っこしているリルカスはとてもいい笑顔だった。ただ、抱っこするのを手伝ったのでミズウシに触れたけれど、ふわふわではなかった。どちらかというとヌルッとしているというかツルッとしているというか……とにかくふわふわではなかった。
子供の感性の独特さに戸惑いつつ、よろよろ歩くリルカスについて魔術陣へと近付く。砂の上に描かれた魔術陣は、外側はエメラルドグリーンの細かい砂で描かれ、内側に行くにつれて深い青色の砂へと色を変えている。文字を踏まないよう器用に魔術陣の中へ入っていったリルカスが、そっとミズウシをその中央に横たえた。
「キルリスさんは転移するときこんなに丁寧に魔術陣を描いてないですけど、それとはまた違うやり方なんですか?」
「いいかいスミレちゃん……あんなに魔力が多い人を基準にしちゃいけないよ……魔術師のほとんどはこうやって魔術陣を描いてやるんだよ……」
コントスさんはフフフ……と笑いながら私の認識を正してくれた。
陣の描き方については所属する派閥によって違いがあったりするけれど、転移の仕組みは大体同じなのだそうだ。魔術陣を描くということはその場に魔力が広がる道筋をつけているようなもので、色のついた砂は魔力を補うものらしい。
「転移は多くの魔力を使うからね。準備ができるならしておいた方が負担がないんだよ。魔術陣なしでやろうとすると魔力をもっと多く使うから、普通の魔術師は急いでない限りそんなことしないんだ」
「なるほど。コントスさんは街の魔術も全部引き受けてるし、魔力がなくなると大変ですもんね」
魔術師は普通の人よりも魔力が多い人たちばかりだけれど、中でもキルリスさんは別格なのだろう。魔術は便利だけれど、なんでも簡単にできるというわけではないというのをつい忘れがちになってしまうので気をつけようと思った。
「よし。じゃあちょっと行ってくるね」
「コントスさんも行くんですか?」
「うん。単体で転移させると荷運びになるけど、それは許可がいるから」
「お師匠さま! ぼくも行きたいです!!」
「リルカスは大人しくしてること」
ぶーぶー文句を言うリルカスを置いて魔術陣に入ったコントスさんは、「じゃあすぐ戻ってくるから」と言い置いてミズウシと一緒にふわっと消えてしまった。魔力を感じたのか、スーとアルが同時に頭をブルブルと振る。
「行っちゃったねー。ミズウシ、元気に暮らすといいね」
「きっと生き残ってくれますよー!! ぼくの魔力もちょっとだけあげましたから!!」
「え、それ大丈夫なの? ジャマキノコ食べる?」
「もらいます!!!」
私の隣で魔術陣を眺めるように生えていたジャマキノコをリルカスがガシッと確保した。魔力が多いらしいジャマキノコは魔術師の人たちに好評な品である。好きなだけ持っていっていいよと言うと、リルカスはものすごく嬉しそうにジャマキノコを抱えていた。
「ふう、ただいま」
「お師匠さまおかえりなさーい!! ジャマキノコをタダで貰えましたよ!!」
「リルカス、またそんな目をして」
陣が消えるのと同時に戻ってきたコントスさんが、疲れた声でリルカスをたしなめる。
「おかえりなさいコントスさん。ミズウシは大丈夫そうでしたか?」
「うん、ちゃんと水辺に入っていったよ。あ、僕にもくれるの?」
「腐るほど生えてくるので……沢山どうぞ」
実際に腐ったところは見たことないけれど、気付かれにくいところで乾燥しミイラみたいになっているのを発見することはたまにある。あれ家の中で発見すると怖いからやめてほしい。
「これでユーレイもいなくなりましたね」
「うん。レオナルドも両親からの手紙を読んで落ち着いたから、きっとしばらくすればまた元気になるよ」
「お師匠さま、小さいミズウシがいたら飼ってもいいですか?!」
「あれ家の中で飼うつもりかい……?」
わいわいとおしゃべりをしながら街へと戻る。アルはコントスさんと手を繋ぐリルカスに並んで、ミズウシを飼いたいと力説するリルカスの話にピギャピギャと頷いている。
私はフィカルと手を繋ぎ、その後ろをスーがついてきていた。
「本物のユーレイじゃなくて魔獣が出した幻影でよかったね。物凄く本物っぽかったけど」
半透明でなければ騙されそうなくらいだった。魔力が十分にあるミズウシの幻影を見てみたい気もしたけれど、本物そっくりだとやっぱり恋しくなってしまうかもしれない。
「あの金髪の人、フィカルの懐かしい人だった?」
繋いだ手を揺らしながら訊ねると、フィカルがこっくりと頷く。それ以上は説明するつもりはないようで口は開かなかったけれど、ぎゅっと手を握ってきた。
フィカルにも懐かしいと思う相手がいてよかった。
「……ん?」
そういえば、スーはミズウシを食べようとしていた。色々変わる幻影にも特に興味を示している様子はなかったので、もしかしたらスーは懐かしいと思うものがなかったのかもしれない。
だけど、ミズウシが出していた幻影は、私のお母さんと、フィカルの金髪の人と、オレンジ色の髪をした女性と、アズマオオリュウの頭部とあと石である。
オレンジの髪色はリルカスとそっくりだったので、そっちがリルカスからの幻影だとすると、あの石はコントスさんからの幻影だということになるのでは。
「……んん??」
てっきりスーが昔遊んだ石かなと思ってあんまりじっくり見てなかったけれど、なんの変哲も無い石だった。
石。が、コントスさんの、懐かしいものだったのだろうか。
若干の謎を残しつつ、トルテアの森にでるユーレイの噂は消えていった。