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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
2巻発売記念でまだまだ続くこんな番外編じゃ編
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森に出るユーレイ1

「ピーギャーッ!!」


 竜が釣れた。いや吊れた。


「……アル、何やってるの?」

「ピギェエッ!」


 ベニヒリュウであるスーは、元々樹上で眠る習性のある竜である。そのため大きな体にしては驚くほど木登りが上手い。たまに枝を折ったりはするけれど、翼を動かさなくても器用にスルスルと木を登ることができるのだ。


 対照的にアルはアズマオオリュウである。アズマオオリュウは土に親和性の高いチリュウな上に、成竜はとてつもなく大きい。まだ仔竜のアルも大きくなるだけあって手足がずんぐりしていて、いかにも木登りに向いていなさそうな見た目だ。


 でもアルはスーが好きなので、森に入ってスーが木に登れば付いていこうとする。

 今日もそうやって意気揚々と木に足を掛け、よりによって柔らかいヒカリシダレマツだったものだから幹ごとぐねんとしなり、木々の間に張り巡らされていた蔦に絡まったのだった。


 アルが変にもがくので余計に絡まり、重さに耐えきれない蔦がブチブチと音を立てて、フィカルが私を抱き上げて避難させた1秒後にはドテーンと派手に落ちてきた。

 俊敏で賢い竜にあるまじき落下。すみませんアズマオオリュウのおかあさん、なんだか育て方を間違ったかもしれません。


「ピーギャッ!!」

「はいはいよしよし痛かったね〜アルはドジっ子だね〜うっかりアル兵衛だね〜」

「ピギュ……ピギュルッ……」


 まだ蔦に絡まったままなアルがピーピー鼻を鳴らすのでよしよしと撫でていると、高い枝からスーが降りてきた。森の中だというのにほとんど音も立てず着地する姿は、まさに竜らしい運動神経としなやかさだ。

 スーはギャオッとドジっ子にひと吠えしたあと、アルを撫でていた私の腕を掬うように自らの鼻へと乗せた。アルはますますピーピー鳴いたけれど、スーに尻尾の先で鼻をピシピシと叩かれるとなぜか嬉しそうに喉を鳴らし、ブチブチと蔦を引き千切って元気よく立ち上がっていた。


「うーん、まあ、怪我がなくて何よりだね。フィカル、木も大丈夫そう?」


 スーに擦り寄ってはガブリと鼻先を噛まれているアルの無事を一応確かめてから振り返ると、フィカルがこっくりと頷いた。


 このトルテアの森を最も破壊しているのは、確実にうちの竜コンビである。

 そもそも竜が生息する地域ではないため、普通に暮らしていても環境破壊になりうる存在なのだ。竜はとても広い範囲で獲物を探すので生態系を壊すほどではないけれど、木や蔦や草花など、物理的にはよく壊している。


 スーたちが狩ってきたお肉の一部をトルテアの人におすそ分けしたり、アルがたまにもろもろと土を作り変えて土壌を豊かにしたりしているため、街の人からはおおむね歓迎されているけれど、それでも森を荒らすことはないように私やフィカルも気を付けさせていた。


「アル、地面を歩いてついていこうね」

「ピギャッ」


 アルもまだまだ仔竜らしさが抜けないとはいえ、竜は竜である。本気を出せば獲物に気取られないよう気配を消すこともできるし、その牙は大きな魔獣をも捕まえられる。狩りに行く際にはとても頼りになる存在だった。

 たまに大きなクシャミで獲物を取り逃がしたり、魔獣と遊ぼうとしていたりするけれど。


「アルが暴れたから、獲物は大体逃げちゃったかな。もうちょっと先まで行こうか」


 こっくりと頷いたフィカル、まだアルをピシピシしているスー、そしてぐるぐると喉を鳴らしているアルが一斉に同じ方向を見た。何かの気配を感じたらしい。

 いつ見ても、竜レベルの察知能力があるフィカルには感心するばかりである。


「何かいた?」

「ヒメコが鳴いた」

「そうなの?」


 アルが返事をするようにピギャーッと鳴くと、しばらくしてガサガサと茂みが揺れる。ひょこっと顔を出したのはヒメコリュウのヒメコだった。薄ピンク色の鼻先を大きく上げ、クエッ!! とこちらに挨拶する。

 私の背よりも低いヒメコは、トルテアの森に棲む野生のヒメコリュウだ。人馴れし過ぎて野生感は薄いけれど、その分森に入ると寄ってきて可愛い。


「ヒメコ、今日はこの辺にいるの? ひとり?」


 小さい鼻先を撫でてあげると、ヒメコはクエクエッと背後に向かって鳴く。その向こうから走ってきたのは、おなじみの3人組だった。


「おいヒメコ! 勝手に進むなよなー!」

「あっ、スミレちゃんだ〜」

「……さっきの音、アルだったんだね……」

「マルス、リリアナ、レオナルド。みんなも森に入ってたんだね」


 冒険者になって初めての任務でヒメコと出会ったちびっこ3人組は、それからたびたびヒメコと一緒に森を歩き、今では一緒に狩りや採集をすることも多いらしい。


 子供は成長が早い。

 ヒメコよりもほんの少し背が高くなったマルスが怒ると、ヒメコは嬉しそうにグリグリと頭突きをしている。リリアナは相変わらずふわふわした雰囲気だけど、走るのが早くなった。レオナルドは大人が読むような本も読み始めている。

 そのうち色々と追い越されそうだなあ。


「今日もお仕事?」

「仕事なんかとーっくに終わらせたぜっ!」

「トリクイヘラジカ獲ったの〜」

「……罠猟だけどオスだったよ」


 もう追い越されてる感もあるな。

 主に小鳥を食べ平和に暮らしているといわれるトリクイヘラジカだけれど、とても大きいので私はアレを狩る自信は全くない。オスは特に角が巨大なので近寄りたくない。


「すごいね3人とも」

「これから東の泉に遊びに行くんだっ!」

「東の泉? なんでわざわざそんなとこまで?」


 東の泉は森の浅い場所にあるけれど、街からは離れている。いくら走り回っても元気な子供とはいえ、今から行って夕暮れまでに帰るとなると移動時間の方が長くなるような場所だ。

 私が尋ねると、3人は顔を見合わせてにや〜っと笑った。


「あのね〜内緒だよ〜」

「すげーんだぞ!」

「……本当のことだよ」


 ヒメコまでがクエクエともったいぶるように鳴いている。仲良しだなあ。


「うんうん、何があるの?」

「ユーレイだよユーレイっ!! 東の泉にはユーレイが出るんだ!」

「はっきり見えるんだって〜」

「見た子も沢山いるよ……」

「え、ユーレイ? おばけ?」


 私の言葉にはっきり頷いた3人と1匹の目は、キラキラと輝いていた。

 うん、やっぱり子供は子供なのかもしれない。






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