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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
書籍化記念で初々しいあの頃じゃ編
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新生活は慣れるまでが大変6

 今日はギルドで受付の仕事を始める日だ。

 ちょっと緊張しつつ、昨日よりちょっと急いで家を出る。布で歯磨きをして口を濯いだけれど、まだ微妙に口の中がヤギである。大丈夫だろうか。

 ギルドに向かう通りを歩いていると、同じ道の反対側、森の方から冒険者らしき男たちが数人歩いていた。

 彼らは大きな木の幹を左右に分かれて担いでいる。


「うわ……」


 その幹にぶら下げられていたのは、巨大なイノシシだった。背の高い大男が担いでいるのにそのイノシシの背中は地面を擦りそうなほど大きく、大きな幹に括り付けられている手足の蹄も大きい。茶色とオレンジの斑のような毛皮が燃えているようだった。

 私は思わず立ち止まる。


 そのまま冒険者ギルド事務所手前にある広いところに歩いていった冒険者たちを、建物から飛び出してきた女の子が叱りつけた。


「あーあーちょっとここに置かないでよー! これから魔草の仕分けで使うって朝言ったでしょーが。はい、そのまま担いで裏に回ってー」

「おいおいタリナちゃん、こいつァかなり重いんだぜ」

「そんなにムッキムキなんだからあとちょっとくらい頑張れるでしょー? お湯沸かしといたから、今日中に全部バラしちゃってね!」


 鮮やかな緑色の髪を左右でお下げにしている女の子がテキパキ言うと、大男たちがそれに従って建物の裏へと歩き出す。幹の揺れでイノシシがゆらゆらと左右に揺れていた。後ろから見ると、牙がすごく大きい。


「あ、もしかしてスミレ? 今日から受付やる子でしょ?」

「あっはい。スミレです。よろしくお願いします」

「あたしはタリナ。もうずっとここで働いてるから、わかんないことは何でも訊いて」


 ぱっとこっちに近付いてきたタリナさんが、私の手を取ってブンブンと上下に振った。笑顔に元気がある人だ。私と同じくらいの身長で、年齢もおそらくそう離れてはいないだろう。同年代の人がいる仕事で安心した。

 タリナさんはニコニコしながらフィカルの方も見上げるけど、フィカルはいつも通り無口だった。いたたまれないので私が代わりに他己紹介する。


「えっと、こっちはフィカルです。あんまり喋らないし表情もないんですけど、怒ってたりするわけじゃないと思うので」

「ウンウン噂通りだね。まーあんまり関わることはないかもしれないけどよろしく!」


 フィカルは小さく頷いただけだったけれど、タリナさんは特に気にした様子もなかった。

 タリナさんいわく小さな田舎街らしいトルテアは新鮮な話題に飢えているらしく、フィカルと私のことはかなりの拡散力で広まっていったらしい。知らぬ間に時の人になっていたと教えられて戸惑う。


「すんごい平和な街だしみんないい人なんだけどねー。お祭り騒ぎに飢えてんの。だから色んな人から見られたり話しかけられたりするかもしれないけど気にしないで」

「はい」


 気にしないわけにはいかないと思うけれど、いきなり謎の経緯で住み始めた人がいたら住民は確かに見てしまうだろう。しばらくは見世物状態になりそうだと思いながら頷くと、タリナさんがじーっと見ていた。


「な、何か変ですか?」


 もしかしてヤギのニオイがしただろうか。ちょっと怯えていると、いきなりニコッと笑ったタリナさんがワシャワシャと私の頭を両手で撫でた。小さい子にいいこだね〜とやるよりかは、犬をよーしよしよしと撫で回す感じである。


「うん。仲良くしよ!」

「あ、はい」

「じゃあさっそく仕事ね!」


 納得行ったらしいタリナさんが頷いたので、頷き返す。わしわしともうひと撫でしてから、タリナさんはぱっと振り返って建物の中へと歩き出した。元気な人だ。


「……」


 何となくフィカルを見上げると、フィカルもこっちを見ていた。そしてすっと手を上げてこちらへ近付ける。

 わしわしされて崩れた髪型を直してくれるのかと思ったら、同じようにわしわしされた。


「いや……してほしかったわけじゃなくてね」


 思う存分撫でたフィカルがこっくりと頷く。無表情だけれど、目が心なしか満足そうな気がした。

 なんなのか。

 とりあえず手ぐしで整えながら、私はタリナさんの後を追った。


「おはようございます、メシルさん、ガーティスさん」

「おゥ」

「来たね。スミレは昨日言った通りタリナに仕事を教わりな。フィカルは今帰ってきた奴らを手伝っておくれ。奴ら夜通し踏ん張って大物を獲ってきたみたいだからさ」


 フィカルは受付の仕事をしないので、代わりにさっきの巨大イノシシの手伝いをするらしい。あとでねと小さく手を振ると、フィカルはじっと私を見たまま立っていた。

 しばらく見つめられたので、振っていた手も行き場がなく止まる。


「あんた、聞いてたかい? 裏行って捌くんだよ」

「フィカル、じゃああの……またね」


 メシルさんに話しかけられているのにこっちを見ているので、私のほうが気まずかった。目線でメシルさんの方を見るよう促しても、紺色の目は微動だにしない。

 すると、私の肩に腕が回された。タリナさんである。


「えーフィカル寂しいの? スミレはあたしがちゃんと面倒見といたげるからさ。スミレも後でイノシシ見に行こっか。いいお肉分けてもらお」

「あ、はい。じゃあフィカル、後で見に行くね」


 タリナさんの茶化した言い方にも動じなかったフィカルは、5秒くらいしてからこっくりと頷いた。ガーティスさんと一緒に裏口に向かって歩いていくフィカルをホッとしながら見ていると、タリナさんがうりうりと私のほっぺたを人差し指で押す。


「聞いてた通り仲良いんだね〜。スミレもそんな寂しがらないで、ちゃっちゃと仕事終わらせよ〜」

「はい」


 別に寂しがっていたわけではないけれど、そういえばフィカルと出会ってからちゃんとした別行動を取るのはこれが初めてだ。

 フィカルはかなりの無口なので大丈夫だろうかと思わず心配してしまったけれど、フィカルはフィカルで頼りない私のことを心配していたのかもしれない。何しろ、今朝も蛇口が固くてフィカルに水を出してもらったくらいである。一緒にいる分、色んな失敗をフィカルは知っているのだった。


 お互い頑張ろうね……とフィカルに念を送りつつ、私は改めてタリナさんによろしくお願いしますと頭を下げた。






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