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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
とくにポイズンしない日常編
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きのこ再び6

 コントスさんの家は私とフィカルが住んでいる場所からちょうどギルドを挟んだ向こう側にある。この3箇所はそれぞれ街の端っこに位置しているため、森からの距離は同じくらいの位置にある。けれどコントスさん達がいる西側の森近くはほとんど人が住んでいないため、雑草が石畳を侵食したり、反対に魔術の実験で森の木が一部消し飛んでいたりしているらしい。


「いらっしゃいませ!! おいわい、まじない、のろい、なんでもありますよー!!」


 魔術師が住む家の印である真っ黒な扉をノックすると、開いた扉の向こうから灰色のローブを纏った子供が元気よく飛び出してきた。オレンジ色の髪の毛は肩より少し短いくらいで切り揃えられ、そばかすの浮いた顔は笑顔満面だ。生え変わりの時期なのか上の前歯が2本欠けているのがあどけない。


「コントスさんいますか? この子のことで話を聞きたいんですけど」

「うわあ!! それ、咲いたんですね! お師匠さまあー!」


 大声を出しながら部屋の中を走っていく子供は、とても魔術師の見習いとは思えないほど元気いっぱいな普通の子供だった。コントスさんもローブがなければ普通のおじさんに見えるし、こちらの魔術師というのは私のイメージよりも随分気さくだった。前に王都から来た貴族の魔術師キルリスさんはいかにもな黒いローブだったけれど、別に何色でも良いらしく、たまにピンクなどを着ている時のコントスさんは魔術など使えるようにはとても見えない。


「やあいらっしゃい。あれからすぐ咲いたんだねえ」


 どれどれ、とコントスさんは動くアネモネをつまみ上げた。ここまで出かけるのに花瓶に根っこを水に浸けてきていたアネモネが暴れるので、微妙に水滴が飛んでくる。


「うんうん、なかなか成功だね」

「見せて! お師匠さま見せてえ!!」

「掌を出してご覧。握り潰すと死んじゃうから、そっとね」


 握り潰すと死んでしまうのか……。

 子供の小さな掌の上で大人しくしているアネモネも、若干不安そうだった。見習い魔術師はキラキラした目であちこちを観察している。


「あの、動くと思ってなかったんでびっくりしたんですけど」

「そうだよねえ。僕も流石にこんなに動くとは思ってなかったんだけど」

「えぇ……」


 この植物はコントスさんが創り出したもので、魔力に応じて成長するものだったらしい。これまで作ってきたものの多くが、長持ちするだとか、色が変わる程度といった変化が精々だったので、ちょっと変わった花としてプレゼントした気持ちでいたらしい。


「なんだろうね、ジャマキノコの魔力が影響したかな? まあ最終的に会話できる植物を目指してたから、最初の頃に比べたら進歩して僕も嬉しいよ」

「えっと……この子、どうしたらいいんでしょうか」

「ん? 名前付けてたでしょ? 可愛がってあげたらいいと思うよ。水を上げてれば枯れないだろうし仲良くしてあげてね」

「ねえねえおねーさん、なんて名前つけたの?」


 名前、付けたっけ。

 アネモネとしばし見つめ合い、私はふと気が付いた。コントスさんの口ぶりから、この世界にアネモネの花はないらしい。なので、この花は「アネモネ」そのものを名前と思っているのだろうか。


「えっと……あ、アネモネちゃん……かな」


 子供の手の上でアネモネちゃんが元気にぴょんぴょん跳ねた。手もわさわさと振って喜びを表しているらしい。


「うん、魔力もきちんと安定しているし、良い名付けをしたね」

「名付けに良いとか悪いとかあるんですか?」

「もちろんあるよ。しっくりくる名前とかあだ名とかってあるでしょ? あれは魔術的に言うと魔力が安定している状態なんだよね」


 魔術師は何かに名前を与えるときは、そのものの魔術を測りながら付けたりするらしい。

 アネモネに形が似ているから、名前も安定したのだろうか。こちらへ手、というか葉を伸ばしてくるアネモネちゃんを掬って花瓶の中へと戻すと紺色の花が上下に動く。


「まあ、アネモネちゃんの調子がおかしくなったりしたらまた相談においで」

「おしごともぼしゅーちゅーだよー!」


 魔術師師弟にジャマキノコの入った麻袋を置き土産に、私とフィカルは家へと戻ることにした。

 雨の日に外出する場合、カッパを着るのがトルテアでは一般的である。傘はちょっとお値段が張るし、風のある日などは特に足首まであるカッパの方が雨を防いでくれる。アネモネちゃんは花や葉に触れる水滴を楽しそうに受け止めているし、そもそも自発的に傘と化しているスーが私達を見つけるやいなや翼を広げるので、カッパもあまり濡れることはないのだけれど。


 空が曇っているため普段よりも赤い鱗が黒っぽく見えるスーにアネモネちゃんを紹介すると共に食べないように念を押すと、残念がりながらもきちんと覚えたらしい。アネモネちゃんはあっという間に食べられてしまいそうな口を持つスーにビビりながらも、ぺこっと花を上下させていた。

 とはいえ、外に出すと野生の鳥や猫などに狩られてしまう可能性があるので、基本的にアネモネちゃんは室内飼いとすることに決めた。


 アネモネちゃんが水分補給できる水皿スポットをいくつか作ろうか、とフィカルに相談していると、私達の家の前に誰かがいることに気がついた。鮮やかな緑色のカッパを着て玄関の庇で私達を待っていたその人がフードを取ると、絹糸のような薄桃の長い髪がさらさらとこぼれ落ちる。

 雨の風景と相まって幽玄の美しさを纏っているのは、私達がお世話になっているギルドの所長ガーティスさんの娘、トルテアの街1番の美しさを持つシシルさんだった。






ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/12/15)

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