寒い冬はやっぱり15
「うぅ〜……う……あ、暑い!」
ガバッと起き上がると、胸元からぽてんと何かが落ちた。転がって仰向けになった赤ちゃん竜は、モゾモゾと短くて太い手足を動かし、下敷きにしていたマシュマロクッションを手足でキュウッと掴んでそのままクピクピ眠ってしまう。
「かわいい……いや、暑い」
寝始めたときにはいなかった赤ちゃん竜、仔竜、そしてアルが私の周りに集まって大おひるね大会を開催している。小さいぽんぽこりんがいっぱいくっついていたせいで、その体温が移って暑かったようだ。その上、周囲で萌え萌えした成竜たちによるマシュマロクッションのご寄付が沢山集まり、周囲は完璧に保温されている。下は地熱を溜めた砂、上は赤ちゃん竜の高い体温にサンドイッチされたら暑いはずだ。
「ふう」
ブランケットの内側や外側にいっぱいくっついた赤ちゃん竜たちを起こさないようにアルに乗せてから、アズマオオリュウのおかあさんの体をよじ登ってあったかスポットから抜け出す。かなり大きな体だけれど、裸足だといくらか登りやすかった。
背中で一休みしていると、大きな目がこちらを振り返って小さく鳴いた。周囲には同じように昼寝をしているアズマオオリュウが多いけれど、おかあさんは起きて見守っていてくれたようだ。
「おはよう、アズマオオリュウのおかあさん」
挨拶をしてから、背中を尻尾に向かって降りていく。荷物のところからコップを取り出して、煮沸しておいた水を飲んだ。大きな山脈を通ってきた水だからか、ここで汲んだものはなんだか普通より美味しく感じる。
新しく煮沸しておこうと小さな滝の方へと向かってお湯を汲んでいると、一匹のアズマオオリュウが潜水艦のように目までだけをのぞかせて、スーッと温泉を泳いで近付いてくる。温和な竜だと知らなければ、普通にホラーシーンの目玉として使えそうな映像である。
「赤ちゃん竜たちを探してるの? あっちで寝てるよ」
大おひるね大会の会場を教えてあげるけれど、そのアズマオオリュウはそこが目当てではなかったらしい。喉で小さく鳴いて水面を揺らし、それからゆっくりと姿を見せた。その鼻のところには傷跡が走っている。
「あ、朝の……あれ?!」
その節はどうもと挨拶をしようとして、私はあるものを見つけた。
「鼻にスライムくっついたままですけど?!」
連れていた仔竜に張り付いていた白っぽいスライム、それを鼻の上に乗せて温泉へと運んでくれたはずのアズマオオリュウ。なのに、その鼻の頭にはそのスライムがくっついたままになっている。スライムは向こう側が透けるほど薄くなり、鼻の辺りを白っぽく覆っていた。
「取れなかったの? 剥がそうか?」
手を伸ばすと近付いてきたので、そのままスライムを触ろうとしたら、アズマオオリュウはスッと身を引いて鳴いた。もう一度呼んで手を伸ばすとそっと近付いて鼻先は触らせてくれるのに、スライムを触らせようとはしない。どうやら剥がしてほしいわけではないようだ。
「えぇ……いいのそれ……付いたまんまだけど……」
目も鼻も塞がれていないので振り払う必要もないけれど、スライムをオシャレに使っているのだろうか。
戸惑っていると、いきなりアズマオオリュウが素早く上を向いた。周囲のアズマオオリュウたちも一斉に同じく上を向いて起き上がったので、温泉の水面が波打つ。
「え、何?」
同じように上を見つめると、声が聞こえてくる。汽笛のような低い音の叫びが、遠くから聞こえてきていた。それは、私が地下牢で初めてアズマオオリュウのおかあさんと出会ったときと同じ、相手を威嚇するときの音である。
「うわっ!」
眼の前にいたアズマオオリュウがいきなり温泉から出てきたかと思うと、その勢いで私を手で掬い上げた。温泉のしぶきと汲んだばかりのお湯でびちゃびちゃになりながらも揺られて、それから放り投げられる。
「なにー?!」
ぽよんと落ちたのはマシュマロクッションの上で、見上げるとさっと大きな翼が私たちの上を覆った。すこんと桶が頭に当たったアルが、くわぁと大きくあくびをする。
アズマオオリュウのおかあさんが唸っている。
いや、成竜のほとんど全てが唸り声を挙げていた。牙を剥いているものもいる。
そのうち3匹が羽ばたいて出入り口から素早く飛び立ち、何匹かがそれに続いた。続いた竜は出たところのすぐ近くにいるらしく、出入り口や網状の天井から興奮した気配が感じられる。
他の竜も翼を羽ばたかせていつでも飛び立てるように準備をしているようだった。アズマオオリュウのおかあさんとそのグループは、赤ちゃん竜や仔竜が集まっているここを守るように囲っている。
「なに、何なの? 何があったの?」
大きなドーム状の空間に、不穏な唸り声が満ちている。
フィカルとスーは大丈夫なのだろうか。ここからは外の様子がわからず、また外に出るのを許してくれそうな雰囲気でもない。
赤ちゃん竜たちを集めてマシュマロクッションで隠しつつ心配しながら待っていると、外からスーの鳴き声が聞こえてきた。アルもピンと背を伸ばしたので間違いなさそうだ。
「スー!! フィカル!」
「グルギャォウッ!!」
元気な返事をしながら入ってきたスーは、飛んだまま出入り口をくぐって私たちの近くへと降り立つ。
その光景を見て私は血の気が引いた。
「その血、どうしたの?!」
スーも、その背にいるフィカルも血塗れだったのである。




