ニセモノ勇者捕物劇34
メシルバの住民は、ニーサンの魔術によって寝込んでいるか、もしくは寝込んだ人たちを盾にして偽者勇者のために働かされているかのどちらかだった。魔力を吸う術が消えて街の領主が姿を現し、あの3人組は偽者だったこと、魔術によって街全体が行動を制限されていたこと、もう犯人は捕まったので大丈夫だということを説明すると人々は喜んだ。
見慣れた領主はもちろん、キルリスさんの存在も信憑性を大いに高めたようだ。位の高い貴族の証である銀を帯びた髪、上等な騎士服に威厳ある態度、そして杖を掲げるだけで街全体の魔力を調整してしまうほどの大きな力。住民はキルリスさんに感謝し、彼から共に街を救ったと紹介された本物の勇者フィカルを信じた。
キルリスさん、普段は呪いのように呟くか怒って怒鳴るかのどちらかなイメージだったけど、まともな演説もかなり上手だった。貴族なので人に聴かせて信じさせるような喋り方は訓練されるのかもしれない。
「勇者の焼いたお肉ですよー! いっぱい食べていってください!」
勇者の見た目を多くの人に覚えてもらう、そして良いイメージを抱いてもらうのに手っ取り早い方法として、私たちはタントネアでやった出店を活用することにした。
体をろくに動かせなかった人たちのために食事を配る。魔術による影響が残っていなくても、よくわからない出来事でよくわからない終わり方をしたので色々と疲れている人も多かったようで、お店を開くとすぐに長蛇の列が出来た。
「はいよ、2人前、こっちは肉だけ5人、あーっと、ここでまた焼くからちっと待ってくれな」
「クグ煮も注文した人はこっちに並んでくださいねー!」
その辺で狩ったお肉と領主からの好意で貰った穀物や野菜を使ったので、料金はタダである。受付で数の注文を取ってくれているのはサナガスさんだ。私はフィカルの隣でお肉を乗せる葉っぱを渡したり、クグ煮という野菜とスジ肉を煮込んで蕎麦の実に似たものを入れたスープを配ったりしている。
フィカルはタントネアでやったのと同じ、スーと一緒にお肉を焼いて切る役だ。ただ、前よりも少しばかりいい服を来て、「勇者フィカル」というタスキを掛けている。露骨である。
フィカルが重そうな肉塊を手に持つ。それを空中に放り投げて、下から上へスパスパと切り、分かれたお肉をそのまま剣先で受け止めた。スーがそれを炎で焼いて、出来上がったら切り分ける。
パフォーマンス要素たっぷりなフィカルの調理は人だかりを沸かせた。
「はい、洗った器追加ね」
「スミレちゃん、次の鍋も煮えてるよ」
「ありがとうございます!」
スープの器とお鍋の準備を請け負ってくれているのはスイジャさんとこのメシルバに住む魔術師たちである。彼らは住民の様子を診ていたので疲れてないか心配だったけれど、ジャマキノコを分けてあげるという条件で手伝いを買って出てくれた。彼もまたやはり魔術師だったのである。
「はい、クグ煮3つですね」
「ピギュルギュ」
「熱いですよ、大丈夫ですか?」
「ギュピョウッ」
私の隣でお手伝いをしているつもりらしいアルも大人気だった。触れるというと、恐る恐る鼻先に手を伸ばしている。アルはそれを機嫌よく受け止め、私に擦り寄ったりフィカルに擦り寄ったり、スーに擦り寄って頭突きされたりしていた。いつも通りの行動だけれど、フレンドリーな竜の存在は中々インパクトが大きい。勇者は変わった竜を連れていると多くの人が覚えてくれたようだ。
スパイスの効いたお肉に、お腹がポカポカ温まるスープ。どちらも大好評で、お客さんはフィカルにいっぱい声を掛けてくれた。食事のことはもちろんだけれど、魔王討伐についても感謝を伝えてくれる人が多かった。
「あんたのお陰で襲撃が減ったんだ、ありがとな」
「この辺の道は昼でも危なかったから、討伐された時にゃすぐわかったよ」
「うちの叔父貴が商人でな、勇者が魔王討伐したって聞いた時はホッとしたんだ」
フィカルはいつも通りこっくり頷くくらいの反応しか返していなかったけれど、何か感じるものがあったのかもしれない。
その日の夜、宿で寝る準備をしているとフィカルがぼんやりとベッドサイドに座っていた。
「フィカル、頑張ってくれてありがとう。疲れてない?」
「疲れてはいない」
私があれこれ動くのを見ていたフィカルは、近付くと手を広げる。飛び込んで抱きつくと、ぎゅっと抱きしめられた。ぽんぽんと背中をたたきながら、何か考え事をしている様子である。
「ニーサンのこと? ちょっと困った子だけど、きちんと色々勉強していい魔術師になれるといいね」
私の言葉に、フィカルがこっくりと頷く。あれだけジャマキノコを投げあっていたけれど、やはりニーサン自体は嫌いではないようだ。
「変わった子だったけど、前の世界ではあんまりいい暮らしじゃなかったみたいだから、これから良いことたくさんあるといいけど」
「……スミレは」
「うん?」
「この世界に来て、良いことがあったか?」
腕の中で見上げると、フィカルの紺色の目がじっと私を見ていた。
にっこり笑ってしっかり頷く。
「もちろん。前の世界も物凄く恋しいけど、この世界も大好き。フィカルとも出会えたし。フィカルは?」
「……この世界に来て良かったと思う。ニーサンもそう思うだろう」
「うん、そうだね」
私たちがこの世界に来たのは良くない目的のためだった。私は今でも日本や家族のことを思って泣くときがある。
けれど、こうして救われたと考える人もいる。私も、フィカルに出会えない人生なんて今ではもう想像も出来なくなってしまった。そこだけはちょっと、ルタルカの悪事に感謝していた。
「また会えると良いね。フィカルもニーサンに手紙書く?」
「書かない」
キッパリと断ったフィカルに、私は笑い声を上げた。




