ニセモノ勇者捕物劇33
アルがそろりそろりと近付いてくる。
手を出すと、そーっと鼻先をくっつけた。撫でているとグルグルと喉を鳴らしだす。
「くわーっ!」
「ピギャーッ?!」
「うそうそ、ごめんね」
くわっと腕を上げると、うっとり目を細めていたアルがまたまっすぐになった。私の対アズマチャカシドリ用反撃はなぜだか竜たちにも効いたらしい。スーもやたら下から甘えてきている。あれは特別対応なので警戒しないで欲しい。生えまくっているジャマキノコで餌付けをしておいた。
あれから「そんな危険なもの、さっさと仕舞え」とキルリスさんに怒られて魔石をポーチに入れ直し、私たちはメシルバの領主と面会した。
同じ階の反対側にある部屋で、リネリオさんたちと同じく魔術によって監禁状態だったその人はガタイのいい壮年の男性だった。腕に自信がありそうな人だったけれど、街の住民を人質に取られたも同然の状態だったため、ニーサンに従うしかなかったようだ。自分の対応と判断が招いた事態だと反省しながら、キルリスさんや私たちに丁寧にお礼を言っていた。
キルリスさんはともかく、私は竜を土足で上がらせたりした上に特に何もしていないのでお礼を言われるとちょっと気まずい。今までいた部屋が主寝室らしいのに、ニーサンが暴れたせいで窓は割れてるしベッドはぐちゃぐちゃである。豪華そうな部屋だけど全面改装かぁ……と思っていると、元は質素な部屋だったそうだ。
リネリオさんたちが巻き上げた金品や毎日の酒池肉林によって被った損害に、改装費もまとめて入れるので、スーやアルの足跡が咎められることはなかった。地下牢を壊したことも申告したけれど、地下牢も過去の遺物だからとむしろ謝られた。
住民の様子を見に行くと早々に出て行ってしまった姿を見送りながら、ホッと息を吐く。
「いい人でよかった……」
「感謝しているなら、住民への対応を手伝ってやれ」
「えっ」
「そもそも貴様らが王都の式典にも碌に顔を出さないから偽者なぞまかり通ったのだ。この機会に顔を売っておけ」
「ええ……」
悪い噂はよく残るらしい。しっかり別人だとアピールして役に立っておけば感謝した人間が勝手に打ち消してくれるからチャンスを逃すなとキルリスさんは言った。
確かに、フィカルを知っている人がいればリネリオさんたちも途中で諦めたかもしれない。変に禍根が残ってトルテアにやって来る商人が減っても嫌だし、出来ることがあるならやっておいたほうがいいかもしれない。
キルリスさんはこの街の魔術師であるスイジャさんと話をして、魔術の影響を少し調べるらしい。
ナキナさんは先に3人を連れて王都へ帰るそうだ。
「ナキナさん、色々とありがとうございました」
「全然お役に立てずにすみません〜……!! いつもジャマキノコを貰ってばかりで」
「好きなだけ持っていって下さい」
大きな籠を背負ったナキナさんがペコペコお礼をする度に、背中から山盛りのジャマキノコが出てきている。きちんと積み直して、ガシッと握手をした。
「最近新しい魔術道具を開発しているので、出来たら送りますね!」
「わー助かります。回復薬の飲み過ぎに気を付けて頑張って下さいね」
ジャマキノコも生食は控えるようにと言うと、大丈夫です! と返事が返ってきた。多分大丈夫じゃない。
リネリオさんとシュミレルさんは縄でグルグルにされたまま転移のための魔術陣の中で大人しくしている。
「ニーサン、またね。これから頑張ってね。色々と」
「スミレ……」
随分汚れてしまった白いローブを着たニーサンに声を掛けると、眉を下げて頷いた。俯いた顔が寂しそうだったので、よしよし撫でる。素直なので、なんだか憎めないのだ。素直過ぎるというか。
これからパルリーカスの里でキルリスさんにしごかれるのだから、頑張れという念を込めて撫でていると、ニーサンが私の手首を握った。
「スミレも来る?」
「私はパルリーカスには行かないけど、キルリスさんにはよくお手紙書いてるからニーサンにも書くね。一人前の魔術師になったらトルテアにも遊びに来」
「来なくていい」
ベチィンと私の手首を握るニーサンの手をフィカルが叩き落とした。
両者が睨み合う。
「お、穏便に穏便に。ジャマキノコも生えなくていいから」
サッと両手にミニジャマキノコを構えた両者の間にレフェリーとして入ると、2人は渋々構えを解いた。平和になったと思った瞬間、フィカルがすかさず手を出す。
すわ喧嘩かと思ったら、フィカルはニーサンの頭をぐしゃぐしゃーっとかき回した。力が強かったようでニーサンがよろめいている。
「何するんだよ!」
「……」
しばらく無言でフィカルはニーサンの頭をかき回し、反抗していたニーサンもやがて大人しくなる。
撫でると表現するには乱暴だけれど、普段のフィカルからすると随分優しい対応だ。普段なら怒って無視をしたり、問答無用で私を連れて行ったりしそうなものなのに。
フィカルはニーサンの境遇に何か思うところがあるのかもしれない。フィカルとは事情が違いそうだけれど、ニーサンも前にいた世界でそれほど幸福な暮らしを送っては来なかったのだろう。ニーサンはフィカルよりも年齢が幼いし、自分の力を扱いきれていないのだ。私も同じ異世界出身者としてニーサンのことには同情してしまうけれど、フィカルは私とはまた違った心境なのかもしれない。
「えーと、とにかく、ニーサンも元気でね。これから大変かもしれないけど、頑張って魔術の勉強してね。リネリオさんのためにも」
「うん」
「手紙書くから、今度はアルも撫でてあげて」
「……うん」
近付く度にべろろんと舐めるアルのことを若干苦手に思っているらしいけれど、アルが心配しているのだということはニーサンにも伝わったらしい。
「じゃあね。リネリオさんもちゃんとして下さいねー! パルリーカス暮らし、頑張って下さい」
「おうよ! 迷惑掛けたな!」
「ほんとに!」
リネリオさんが一番ダメなのは、あんな嫁でも大事にしているところかもしれない。いや、好みは人それぞれだし、実害がないならもう何も言うまい。シュミレルさんのことはスルーしつつ、私はナキナさんたちに手を振った。
彼らが見えなくなると、フィカルが私を持ち上げてぎゅっと抱き締める。
「フィカル、辛かったのに頑張ってくれてありがとうね」
「何もしていないが」
「今回は私たち、何もしなくてよかったんだと思う」
フィカルの腕があれば、剣を使ってリネリオさんたちやニーサンを制することも出来たかもしれない。けれど、そうしないでいたからこそ、一番いい形で決着が付いたのではないだろうか。
フィカルがニーサンにしていたようにわしわしと銀髪を撫でると、フィカルは目を細めて私に擦り寄った。




