ニセモノ勇者捕物劇32
リネリオさんの奥さんであるシュミレルさんは、美人である。
ピッタリしたドレスは魅惑的なラインをくっきりと映し出し、清楚さも感じさせる顔立ちとのギャップが目を引く。濃い紫色の瞳は伏せるだけで憂いを帯びたように見えるし、艷やかな深緑の髪が乱れているのもどこか儚さを感じさせた。庇護欲を刺激させるセクシーさというか。なんというか。
私の視線に気付いたシュミレルさんが、その瞬間に涙を流し始めた。ハラハラと頬を濡らしながら、少し肩をすぼめて頭を下げる。
「えっ」
「ごめんなさい……お怒りになるのもわかりますが……そんなに睨まないで」
「えっ」
お、お、怒ってないんだけど〜? 1マイクロミリグラムたりとも怒ってないんだけれども〜??
そんなにおしとやかに怯えられたら、私が怒ってるように見えるな〜?
「リネリオやニーサンが酷いことをしたことは謝ります……わたくしが止めていればこんなことには」
事実は事実なので、「イヤイヤそんな」とも言えず、かといって「そうだそうだ」と言えば完全に私が虐めているように見えないだろうか。見える気がする。
そう思って言葉を返しあぐねていると「やはり怒っていらっしゃるんですね」と泣いた。何この無理ゲー。
ていうか、何この流れ。振り返ってフィカルを見ると相変わらずの無表情。スーはぐるぐると撫でてほしそうに喉を鳴らしている。アルもナキナさんも相変わらずキルリスさんに夢中で、キルリスさんは優雅にお茶を飲んでいた。
「良くないと注意しても、ニーサンは聞かなくて……。リネリオはわたくしにいい暮らしをさせてくれようと、道を踏み外してしまっただけなのです」
「そ、そうですか」
「勇者様……。奥様のお怒りはごもっともですが、どうかお情けを……。わたくしはこんなことは望んでいなかったのです」
くわー!
前傾姿勢のまま、シュミレルさんはフィカルを見上げた。うるうると瞳を揺らし、豊満な胸を揺らし、ぽってりした唇もわななかせて、すがるようにフィカルをじっと見つめている。
何なんだこの人は?! どう見てもフィカル狙ってない?!
フィカルはイケメンである。イケメンゆえに、狙う女性がいたことも少なくはない。
トルテアの街では四六時中私にベッタリなことが知れ渡っているのでそんなことはないけれど、仕事などで他の街へ出掛けるとフィカルに目をつける人がひとつの街で平均して2人くらいはいる。大体は私と結婚していると聞くと引き下がるけれど、自分に自信がある女性、特に私より強かったり美人だったりする人はそれでもアプローチしてくることがあるのだ。
ゆえに、私はそういう女性に敏感である。その鍛えられたセンサーが反応している。
私はフィカルの膝に座っていた状態から起き上がり、膝立ちでシュミレルさんからフィカルを隠すように立ち塞がった。
「べっ、別にフィカルには謝らなくていいですから! 私も怒ってないし! ちゃんとリネリオさんと一緒に、リネリオさんと一緒に! 罪を償ってくれたらいいですから!!」
「ああ、そんなに怒鳴らないで……。ごめんなさい……許して……」
「怒ってないですって!」
「勇者様、どうか助けて……どうやったら奥様の怒りを解いて頂けるのかしら……、」
何故、フィカルに言う?!
私がこうやって怒れば怒るほど、シュミレルさんは被害者の立場に立ち、フィカルに助けを求める。怒らないでいようと思っても、シュミレルさんが怯えていると相対的に怒っている立場に追いやられてしまう。
リネリオさん、おめーの奥さんどうにかしてよ!
そう念じながらリネリオさんの方を見ると、「シュミレルは悪くねえ、オレが巻き込んじまっただけだ」とか何とか慰めているではないか。そういう問題ではない。
私が今スーだったら炎を吐いてギャオーと鳴いていた。
とにかく、相手の手に乗らないように落ち着いて……。冷静に、反応したら負けだ。
深呼吸していると、シュミレルさんが動いた。縛られているので、動こうとしてベッドに倒れ込む。乱れた髪が顔にかかっている状態のまま、彼女はフィカルに弱々しく頼み込んだ。
「お願い……、私、何でもいたしますから」
色っぽく息を吐き、頬を染めながら。
いや駄目だ、これはヤツの戦略だ。
落ち着いて、落ち着いて……く、く、
「くわ――ッ!!!」
「キャア」
バッと指先まで広げた左手を大きく振り上げたり振り下ろしたりしながら、右手で握り込んだ魔石を見せつけるように持ち上げてシュミレルさんのほっぺにぐりぐりする。悲鳴を上げてもぐりぐりする。
ちなみにこれは、アズマチャカシドリという鳥と遭遇したときの対処法である。体長1メートルほどのずんぐりしたダチョウのような鳥は、出会うといきなりカラフルな羽を見せつけるように踊りながら近寄ったり遠ざかったりするのだ。無視するといきなり体当たりをして来て危険なので、こうして奇声を上げつつ大げさに動きながらカラフルな石か何かを押し付ける動きで対抗するのである。
「くわわわわ――!!」
「いや、ひど……イタッ……やめ……」
相手が何か反応する隙も作らないように攻めるのがアズマチャカシドリを捕らえるコツである。
たっぷり3分ほどぐりぐりしたところで、フィカルがようやく私を回収した。ぜーはー言う私の背中を撫でている。
スーとアルは私の迫力に圧倒されたらしく、キュッと身を細長くして頭から尻尾までまっすぐになっていた。
「酷いわ、石で殴るなんて……」
「くわー!!」
フィカルの膝の上に乗せられながらもバッと手を振り上げると、上からジャマキノコが落ちてきた。
小さいのがポコン、普通サイズがドシッ、大きいのがドムッとシュミレルさんの頭を直撃する。気絶はしなかったものの、結構痛かったようでシュミレルさんは口を閉じた。
よくやった。
私は手近にあったジャマキノコをよしよし撫でまくった。しばらくはどんなに大量に生えまくりでも許そう。気付きにくいところはやめてほしいけれど。たまに勝手にドライタイプになってたりするのは困るし。
撫で回しているとフィカルが私を抱え込み、スーが物欲しそうに口を開き、キルリスさんが大声で笑った。
そんなにゲラゲラ笑われると恥ずかしい。
「ぼんやりした小娘かと思っていたがスミレ、貴様も悋気を起こすとはな」
「笑い事じゃないです!」
「見ろ。夫が随分と嬉しそうにしているぞ」
「フィカルも笑い事じゃないからね!」
私をギュッと抱きしめているフィカルを見上げると、キルリスさんの言う通りそこはかとなく機嫌が良さそうである。そこは君、私と一緒に怒るところだろう。なぜ嬉しそうなのか。
一応誤解を解いておくために、私はシュミレルさんの今までのことについては怒ってないこと、今怒ってるのは彼女がなんだかフィカルに取り入りそうだったからだと主張すると、フィカルはこっくりと頷いた。
「スミレは怒っていない」
「だよね」
「スミレが怒るときは大体、食事を台無しにされたときだ」
「そ、そんな認識もどうかと〜??」
否定出来ないところが辛い。私、カルシウム足りてないだろうか。
「やきもきせずとも、その女も男同様に罪に問うから安心しろ」
「ひどいわ……私はそんなつもりじゃ」
「残念だったな。頭の軽い男であれば通用しただろうが、生憎私もそこの勇者もそんな下らん真似が通用するほど落ちぶれてはいない」
キルリスさんがくいっと顎を上げると、ナキナさんが心得たようにすばやく動き、シュミレルさんにハンカチで猿轡を噛ませてしまった。ついでに目隠しもしている。そのままナキナさんがベッドに彼女を転がすと、小さいジャマキノコがぽくぽくとその上に落ちていた。
一週間くらい、ジャマキノコをメインにした料理を作ろう。




