ニセモノ勇者捕物劇31
キルリスさんがニーサンに手を翳す。浮かび上がった文字がニーサンの額に張り付くように消えると、ニーサンは痛みを感じたかのように呻いた。
「おいてめえ、ニーサンに何しやがった!!」
「監視の必要がある魔術師に施す無害な拘束印だ。逃亡したり魔術を行使した場合に痛みを与える」
「どこが無害だよ! くそ、ニーサン大丈夫か!」
「リネリオ……」
拘束する印を施したためか、キルリスさんは縛られたまま這って近寄ってきたリネリオさんとニーサンの接触を許した。リネリオさんは痛くはないかと心配しながらニーサンの様子を伺っている。
「ニーサン、あのよぉ……、オレはお前のことを嫌いになったわけじゃねえよ。まぁなんだ、その、大事な弟分だと思ってる。でもな、お前はやっぱりこいつに付いてったほうが良いだろ。色々知ってよ、真っ当な人間になった方がいい」
「……リネリオと離れたくないよ」
「んな顔すんじゃねえ。オレだってたまにゃ会いに行くからよ。お前みたいにすげえ奴ならよ、勉強だってすぐ終わるだろ」
「貴様は刑期を終えるまで自由はないぞ」
「うるっせえな黙ってグェ」
「貴様のほうが喧しい」
「リネリオをいじめないで!!」
ニーサンを説得するリネリオさんにキルリスさんが冷静に突っ込む。切れたリネリオさんは、キルリスさんに踏まれて大人しくなった。リネリオさんを庇おうとするニーサンに、フンと鼻を鳴らす。
「全くよく懐いたものだな。このような健気な者に罪を犯させるとは大した小者だ」
「リネリオのせいじゃない! 僕が勝手にやったんだ!」
「だが止めなかったのは此奴の責任だ。詐欺の罪と合わせて刑罰は軽いものにはならんだろうな」
「リネリオが悪いんじゃない!」
「ニーサン、いいって。お前を使って楽しようとしたバツだ」
キルリスさんが足を退けると、リネリオさんがもぞもぞと座り直す。そしてまっすぐにキルリスさんを見上げた。
「オレはちゃんと罪を償う。だから、ニーサンのことをよろしく頼む」
「ほう、羽虫にしてはなかなかだな」
ゴンと床に頭が付くくらい頭を下げたリネリオさんを見て、キルリスさんが片眉を上げた。
ニーサンの処遇についても色々考えたのか、リネリオさんは今までのことを反省したようだ。リネリオさんが見捨てるために離れようとしているわけではないというのもニーサンに伝わったようで、頭を下げるリネリオさんにポロポロと涙をこぼしながら抱きついている。
「リネリオ……リネリオ、絶対にまた会いに行く。そしたら、また一緒に暮らしてもいい? ちゃんとするから。今度は間違えないから」
「ったりめーだろうが。さっさと戻ってこいよ」
感動のシーンである。ちょっとうるっと来てしまった。
ニーサンはリネリオさんのために頑張ってこの世界や魔術のことを勉強するだろうし、リネリオさんもニーサンを待つためにこれからは罪を償ってきちんと暮らすようになるだろう。
いいなあ。これが家族愛ってやつかなあ。
私をしっかり捕まえているフィカルの手を握り、すかさず鼻先をベッドに乗せてきたスーを撫でながらしみじみしていると、キルリスさんがリネリオさんの頭を踏んだ。
むしろキルリスさんのほうが悪の親玉に見える。しかしナキナさんは目をキラキラさせて見ている。何故。
「えっ」
「ウッ」
「リネリオ!」
「何をいい気になっている。貴様こそ必死に罪を償う立場だぞ。この私を煩わせたのだからな……議会にかけて、重い重い労役を掛けてやる」
「ぐっ……いや、それでもいい。ちゃんとこなしてやる」
「ほう、根性はあるようだな。果てしなく無能だが」
キルリスさんは感心したように頷きながら、再びソファへと腰掛けた。足を組むとナキナさんがすかさず新しいお茶を差し出し、アルは鼻を座面に乗せて肘置きになっている。前に魔術で相手してもらったことを覚えているらしいアルは、また遊んでもらえないかと尻尾の先を揺らして待っているようだ。
「まあ、そう大げさに別れを悲しむこともないだろう。貴様らが償いを終えれば私の里に迎え入れてやる」
「ほ、本当か!!」
「やかましい、少しは声を落とせ。これにビービー泣かれても育てにくい、拾ったのなら最後まで面倒を見ろ」
「ニーサンと一緒に暮らせるってことだな! ニーサン、聞いたか! やったな!」
キルリスさんはリネリオさんたちの身元引受人まで請け負うようだ。何だかんだ言って面倒見がいいのである。
それにしても、パルリーカスの里は魔術師ばかりだと聞いたけれど、どう見ても魔術とは縁の遠そうなリネリオさんたちを住まわせて良いのだろうか。魔術師の人は基本的に魔術師同士で仲が良いことが多く、魔術師の里には排他的な雰囲気があるとロランツさんに教えてもらったことがあるけれど。
パルリーカス家のトップ権限で住まわせるのだろうか。
不思議に思っていると、喜んでいるリネリオさんたちを見下ろしながらキルリスさんがぼそりと笑う。
「丁度いい、里に余所者を入れようと思っていたところだ。こいつらならまぁ……いいだろう」
今、「いいだろう」が、どうなってもいいだろうに聞こえた気がする。
無邪気に喜んでいるリネリオさんとニーサンが少し心配になったけれど、まあ、大丈夫だろう。何だかんだ言ってキルリスさんは面倒見がいいはずだし。真面目に頑張る人には優しいし。
なんかいい感じで話がまとまりそうだ。
良かった良かったとジャマキノコと共に頷いていると、ふと視線を感じた。
シュミレルさんがこっちを見ている。
こっちというか、どっちかと言うとフィカルを。




