ニセモノ勇者捕物劇25
食後のお茶を淹れ直して座ると、フィカルが私にそっとナッツを手渡した。
いつもよくやる仕草だけれど、今はお腹いっぱい過ぎて食べられる気がしない。ふと見るとニーサンが私の手をじっと見ていたのでナッツを差し出してみると、私の手と顔を交互に見た後、そっとナッツを取った。
と、思ったらフィカルが身を乗り出して奪い返した。
「どうどう、どーうどう、タイムタイム、のこったのこった」
お互いに「気にくわない」と顔に書いた2人の間に割り込むと、天井から小さなジャマキノコがポトポト落ちてくる。しかし小さいせいか、両者とも頭や肩に当たっても特に気にしていないようだ。
なんだかこの2人、あまり相性がよくなさそう。
「わかった、はい。これはニーサンにあげる。フィカルが剥いたナッツだからありがとう言って。フィカル、私も食べるからひとつちょうだい。いつもありがとう」
「……」
「……」
私の両側にいるのは人語を解さない狼かなにかなのだろうか?
人類が使ってきた言葉という文化をぜひ大切にしていただきたい。
ちなみに小さいジャマキノコは、そーっとベッドに頭を乗り上げてきたアルが舌を伸ばして必死に食べていた。
「とにかく、事情を説明してくれる? なんであんなことしたの?」
「……リネリオが望んだから」
「いやっおいッ!」
焦ったように声を上げた偽者勇者は、リネリオというらしい。青灰色の短い髪にやや細い目は赤みがかっている。筋肉のついた大きな体は、冒険者の中でも良い体格のほうだろう。フィカルとはまったく似ていないけれど、人々が勇者と聞いてイメージするようなのはこういう人なのかもしれない。
その太い腕に絡むように寄り添っている美女は、深緑の艷やかな髪に、ちょっとすれたような表情が色っぽい。そしてぼいんぼいんのナイスバディを強調するような豪華なドレスを着ていた。こっちもまったく私とは似ていないけれど、やっぱり勇者の妻といわれたらさもありなんと言えそうな相手である。
やっぱりこの人たちがやらせたのだろうか。そう思って見ていると、偽者勇者が手を上げた。
「こっからはオレに説明させてくれや。もうバレてるんで言うが、オレの本当の名はリネリオ、こっちが嫁のシュミレル」
「リネリオさんですね。私はスミレ、こっちはフィカル。本物の勇者とその妻です」
「げっ、ほんもんかよ」
リネリオさんは盛大に顔を歪めた。一方名前だけが心持ち私と似ているシュミレルさんは言葉を発しないものの、フィカルをじっと見て微笑みかけている。私の気持ちを感じてか、手元に小さいジャマキノコがぽこっと落ちた。なんか握りやすいサイズなので、ニギニギと揉みながら話を促す。
「あー、どっから言やぁいいんだ。めんどくせぇ。最初から言うと、オレがニーサンを拾った。何年か前にアキマツ林の真ん中で落ちてたんだよ。そんときゃ猟も上手いこといってたし、酒のんで上機嫌だったんで連れ帰った」
その頃のニーサンはまだ少年と言っていいほどで、やせ細っていたせいでかなり小柄な上弱っていたらしい。自分も両親に捨てられたリネリオさんは、本人曰く「ガラじゃねえが」保護して介抱したそうだ。
時期を訊いたところ、私たちがトルテアの森に迷い込んだのと同じころだった。最初から言葉に苦労しなかったというリネリオさんの証言から考えても、魔術師だったルタルカが星石を壊すために喚んだ異世界人のひとりとみて間違いないだろう。
「しばらく面倒見てやってたけど、ニーサンは相変わらず頼りねえし、その上こいつと祝言をあげて、食わせてかなきゃなんねぇってのに猟も仕事もからっきしでな。その頃勇者が魔王を倒したっつう噂が流れてたから、ちょいと利用してやろうと」
「ダメじゃないですか」
「いてっ」
ついついミニジャマキノコを投げてしまった。
まともな倫理観と思考をしてるのかと思ったら発想がおかしかった。何故そこで犯罪まがいのことを。言動や本人の話からあまり良い育ちではなかったのはわかるけれど、家族を持ったならもっとまともな稼ぎ方をして欲しい。愛する人を得て心を入れ替えるといったお涙頂戴展開があってもいいはずなのに。
「いや、シュミレルが勇者みたいに立派だからバレねえって褒めてくれたし、実際にちょっと大きい態度取ってやったらよぉ、何もしてねえのにみんなありがたがって食いもんやらなんやらよこすもんだから……勇者がどんなもんか知らねえけど、良い思いしてんならちくっと分け前貰ったっていいだろうと思ってな」
「いいわけないんですけど」
「いてっ」
ミニジャマキノコが投擲しやすくて困る。そしてリネリオさんはツッコミどころが多くて困る。
別に奥さんのそれは褒めてないし、ノリで詐称なんてしないで欲しい。確かにフィカルもたまに勇者だと知った商人からお礼の品などを貰ったこともあるけれど、基本的には自分の稼ぎで賄っていた。フィカルも普段は働きたがらないけれど、やるときはやる男である。勝手に甘い汁だけ啜らないで欲しい。
ぽこぽこと文句を物理に変えて投げていると、フィカルが私の肩をぽんと叩いてふるふると頭を振った。流石に良くない態度だったかと反省すると、フィカルがすっとジャマキノコを握り、座ったままなのに見事な投球を見せつける。リネリオさんの顔面にストレート直撃したジャマキノコは、軽くて柔らかいはずなのに彼に鼻血を吹き出させた。
「リネリオにひどいことするな!!」
「お前は黙っていろ」
「あーはいどうどう、どーうどう、タイムタイム、オーライオーライ」
特需を察してぽろぽろ落ちたり生えたりしてくるミニジャマキノコを、ニーサンとフィカルが両手で際限なく投げ合う。流れ弾をスーやアルが喜んで拾っている。大きなジャマキノコは私に寄り添っている。
私はもう一度、怒ってもいいのかもしれない。




