ニセモノ勇者捕物劇23
この部屋は、元は領主の主寝室らしかった。広いベッドはフカフカで、少し座りが悪いので、すかさず生えてきたジャマキノコの傘部分を半分に切って座布団代わりにする。残りの半分を隣に置いて示すと、ニーサンが何とも言えない顔でベッドに登ってきた。
「はい、ニーサン。もう少し魔術を弱めてあげて」
「嫌だよ」
「なんで? このままじゃこの人たちごはん食べられないでしょ。このシチュー、すごく美味しいのに冷めたらもったいない」
「食べ物なんて冷めても同じだよ」
「なんですと」
どうでも良さそうに頭を振ったニーサンに、ちょっとカチンとくる。
温かい食事と冷たい食事はぜんぜん違う。料理によって合う温度は違うけれど、シチューは確実に温かいほうが美味しい食べ物だ。そこは間違えないでほしい。
「こんな状態じゃ料理を口に運べないでしょ。どうやってごはん食べさせてたの?」
「いつもは用意させた人間に食べさせてた。スミレが持ってきたなら、スミレが食べさせてあげてよ。この人たちは豪華な料理をお酒と一緒に食べるのが好きなんだ」
「なんですと……」
いくら豪華な食事といっても、こんな縛り付けられたような状態で食べさせられて美味しいのだろうか。料理は食材や調理法も重要だけど、雰囲気だって大事だと思う。お祭りで食べる焼きそばしかり、ラブラブしながら食べるちょい失敗した料理しかり。その場の楽しさがあれば、ちょっとくらいの味さえカバー出来てしまうのが食事というものだ。逆に、どんなごちそうでも嫌な雰囲気で食べたら台無しになる気がする。
「料理って自分のペースとかあるでしょ? どれ食べようとか、次はこれ食べて口をさっぱりさせようとか、そういうのを楽しむのだって食べるうちだよ」
「そんなこと、どうでもいい。とにかく、この人たちは動けるようにはしない。絶対に」
「なんですとォ」
線が細いところから見ても、ニーサンは食事に対してさほど関心がないタイプのようだ。
そりゃあ栄養さえ完璧であれば好きでもないことに時間を割くのは面倒かもしれないけれど、食事は生きていく上で避けられないことである。一日三回、かなり急いで食べただけでもトータルで1時間くらいはかかるだろうし、レンジやレトルトのないこの世界では、料理する時間も含めると普段食に関することに6時間以上は割くことも珍しくない。一日の4分の1を占めるほどのものなのだから、どうせなら楽しい気持ちで過ごしたい。
この人たちも、贅沢な食事を楽しんでいたということは、少なくとも食べ物を流し込んで食べていたわけではないだろう。元々は健康な体なのに、こうしてベッドに縛り付けるのは可哀想だった。
「ニーサン、こんな風にされたら辛いよ。この人たちのこと嫌いなの?」
「嫌いなわけない!! 嫌いなのは僕じゃない!!」
「うわっ」
ニーサンが突然叫んだので驚くと、偽者勇者と美女が呻き、アルがギューと鳴いた。開いた扉の向こうからフィカルが呼ぶ声が聞こえたので、「私は大丈夫だから!」と大きな声で言っておいた。
感情を制御できないことで、魔術も揺らいでいるのかもしれない。とりあえずそっと背中を撫でてみるけれど、ニーサンの呼吸は乱れて俯いたままだった。
「ニーサン、落ち着いて。この人たちも苦しそうだから。嫌いじゃないなら、ひどいことしちゃだめ」
「ひどいのは、リネリオたちの方だ……。僕を捨てようとするから……捨てようとする……捨てようとするんだ……ひどいよ……ひどい、ひどい、ひどい!!」
「ニーサン!」
自分の言葉で興奮したように、ニーサンは叫びだした。最初に見た奇妙な落ち着きのある様子とはまったく正反対になっている。白いローブを着た背を丸め、現実から目をそらすように下を向いて腕で耳を塞いで叫ぶ。私の声も聞こえていないかのようなその様子は、まさに慟哭そのものだった。
「ピギャインッ!」
「アル! ニーサン、やめて!! 魔術を止めて!」
泣き叫ぶニーサンに呼応するかのように、部屋が揺れ窓にヒビが入る。ガタガタと揺れては周囲の宝石や金貨がポルターガイストのように飛び回り、ベッドの上に置いた食事もグラグラと揺れた。果物は零れ落ち、シチューの鍋は飛んでいって、ヒトクイザケの入った瓶が割れる。
「ニーサンッ!!」
私が強引に胸ぐらを掴んでも、ニーサンは目を瞑って耳を塞いでいた。それすらもふるい落とすように、私はニーサンを揺さぶった。周囲よりも激しく、乱暴に。
ニーサンはこんな魔術を使うべきじゃなかった。これほど力があるのに使いこなせないなら、魔力なんて使うべきじゃない。偽者勇者たちのことも大好きなのに、こうやって苦しめてしまっているなんて。ニーサンはどこかでわかっているのに、それでもやめられなくて、やめられないほどの力があるなんて。
ニーサンや部屋と一緒にぐわんぐわん揺れる視界の中で、フィカルはやっぱりすごいんだと思った。大きな力というのは、それを使うために更に大きな力がいるのだろう。
こうして自分でもどうにも出来なくなってしまったら、それだけ止められる人が少ないということなのだから。何でも出来るほどの力があるのに、それを使わないということは私が思っているよりも大変なのかもしれない。
ニーサンの力は、私には効いていない。
だから、私が止めなければ。
「ニーサン!! しっかりしなさいっ!」
お腹に力を込めて、ニーサンを激しく揺さぶった。ガクガクと揺られ続けたニーサンは、やがて力が弱まる。耳にあてられていた手がだらりと垂れ、涙を流していた目が開く。叫んでいた声は弱々しく途切れた。それと同時に、周囲の揺れも収まった。
とりあえず、まず、これだけは言いたい。
「今度食べ物を粗末にしたら、むちゃくちゃ、殴るからね……」
ヒトクイザケはベッドに染み込み、シチューは半分ほど零れている。お肉の上には宝石が乗っかっていた。
苦労して捕らえられ、手間をかけて料理されたお肉が。時間を掛けて煮込んだシチューが。沢山の人が力を合わせて作ったヒトクイザケが。
許せん。
我ながら、何か怨念めいた声が出た。その恨みの念を感じたのか、ぼんやりしていた目が私を怯えたように見る。
その瞬間、垂直に落下してきたムラサキとオレンジのどぎついマーブル模様をした鈍器が、ニーサンの頭頂部へと直撃した。