ニセモノ勇者捕物劇9
タントネアの街の上、高度が高いところでスーは夜通し飛んでくれた。翼を広げて風に乗っているその背でうとうとしながら過ごし、夜が明けてきてからようやく街が小さく見えるところへ移動して着陸する。お腹が空いただろうにスーは周りに沢山生えてきたジャマキノコをガツガツ食べるだけで、決して私のそばを離れようとしなかった。
「キルリスさん! 助けてください!」
ゴツゴツとした荒れ地に立って、誰もいない方向へと呼びかける。
「キルリスさん!」
「なんだこのクソ忙しいときに!!」
「あ、通じた」
キルリスさんが掛けてくれた守護の魔術は、呼びかけると本人へと通じる。端末のいらない携帯みたいなものである。まだ空も薄っすらと明るくなってきたばかりだけれど、キルリスさんは起きていたようだった。
「あれ? 半透明の姿が出ない……キルリスさん? 聞こえますかー?」
「聞こえている。用がないなら切るぞ。おい! さっさと回り込め!」
なんだか明らかにお取り込み中である。忙しい中申し訳ないけれど、私だって割と緊急事態なので許して欲しい。私は手短にこれまでの経緯を話した。偽者勇者の噂、それを追ってタントネアまで来たこと、そしてメシルバへと行くために準備をしていたこと。
いつもと違ってキルリスさんの姿は見えないままだけれど、会話の合間に誰かへと指示している声や、動き回っている様子が感じられた。
「フィカルが私たちをつけていた人を捕まえようとして、いきなりいなくなったんです。アルも、その青年が消したように見えました。魔術師だと思います」
「くそ、どいつもこいつも」
「メシルバの街も魔術で入れなくなってるって聞きました。お願いします、どうなってるか調べてくれませんか」
「……わかった。師会から魔術師を派遣する。しばらく待て」
「しばらくって、どれくらいですか」
すぐに駆けつけてくれるのか、それとも日数がかかるのか、それからどうすればいいのか。不安な気持ちから問いかけると、キルリスさんはしばらくしてから応える。
「悪いが今北西地方にいて討伐の真っ最中だ。終わり次第指示する」
「討伐……」
「自分の身が守れないなら貴様は帰っていろ。足手まといにはなるなよ」
そうして、あっという間にキルリスさんの声は聞こえなくなってしまった。
私はそのまましばらく立ち尽くす。
「いや、ガッカリしてる場合じゃない」
気持ちが落ち込んで初めて、キルリスさんを呼べばすぐに全部解決するのではと期待していたことに気がついた。フィカルがいなくなってしまって心細かったからだろうか、誰かに頼りたい気持ちが強くなっていたらしい。
キルリスさんは忙しい中でもちゃんと対応すると言ってくれた。有言実行の人なので、その通りにしてくれるだろう。この時間から北西地方の魔獣と戦っている人にいきなり相談して、それだけでも十分ではないか。
「グルォウ」
「スー」
じっと座って待っていたスーが、一歩近付いて擦り寄ってきた。紅い鱗に覆われたその大きな鼻先をぎゅっと抱きしめる。ほんのりと温かく、呼吸と喉を鳴らす音が聞こえる。目一杯抱きしめて、それから顔を上げた。黄緑がかかった瞳が朝日の中で金色を帯びて、縦長の瞳孔がじっと私を捉えている。グルグルと喉を鳴らしながら、スーは私の指示を待っていた。
「とりあえず、タントネアに帰ってもう一度フィカルを探してみよう。お店もどうするか決めなくちゃ」
フィカルは強い。どんな状況であっても、おそらく大怪我をしたり死にそうになることはないだろう。私はそれを信じて、どう動くか決めればいい。
よしと気合を入れると、スーが私の前に伏せた。
タントネアの朝は、昨夜のことなど何もなかったかのように平和だった。まだ人通りの少ない街を眺め、屋根の上に降りたスーの背中越しに昨日の小路を見る。
明るくなった小路は何の痕跡もなく、魔術師らしき青年もいない。
フィカルもアルもいなかった。
「……スー、市場に行こう」
「グルッ」
荷物をまとめて宿を飛び出したけれど、宿賃はあと2日分は既に払ってあった。今日と明日、市場で利益を上げれば条件を満たすので、メシルバへの通行を申請する予定だったのだ。
許可を得られれば堂々とメシルバの街へ入り、フィカルがいるか探すことが出来る。スーがいるなら、まだお店を続けることが出来る。一人でやるなら効率も利益も落ちるだろうけれど、条件を満たすくらいの利益は出せるはずだ。行列があってスーがすぐ近くにいる状況なら、誰かが襲いに来ても逆に防ぎやすいかもしれない。
このまま私がトルテアに帰っても、キルリスさんが魔術師を派遣してメシルバの街も偽者勇者もどうにかしてくれるかもしれない。
けれど、もしその間にフィカルに何かあったらと思うとそれはしたくなかった。せめてフィカルがどこにいるのか、安全なのかを確かめない限りは。
ぽつぽつと人影が見える市場に降りると、顔見知りの商隊が挨拶をしてくれた。私たちに割り当てられた場所には荷台がカバーを掛けたまま置かれている。保存の魔術をかけてもらったお肉はまだ残っていて、商売するのには問題がなさそうだ。
「スー、ふたりだけだけど頑張ってくれる?」
「ギャオウ」
スーがしっぽを振って、体の割に小さな手を広げた。その周囲にはいつのまにか石畳を埋め尽くすようにジャマキノコが生えている。
なんて心強い。
そこに飛び込んでぎゅーっと抱きしめ合っていると、いきなり男性が声を掛けてきた。