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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
完結後も続いていくこんな異世界じゃ編
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ニセモノ勇者捕物劇5

 タントネアの隣街、ルシルザ。素朴で平和な街にある煮込み料理の店が絶品だと昨日泊まった街で教えられた。「ネグの店」というお店は店内にテーブルが3つ、外に5つ置かれていて、庶民的だけれどしっかりと煮込んだ料理は絶品だった。

 つやつやと光る牛すじ煮込みはとろけるほど柔らかく、アオアバレオオウシの旨味が根菜に染み込んでいて固いパンに乗せて食べると最高である。色々鳥シチューは様々な種類の鳥を煮込んで作られていて、きのこの味も優しくお腹があったまる味だった。


 そんな最高の昼食を食べているというのに、私たちの顔は浮かない。先程の会話が原因だった。


「いらっしゃい。何にする?」

「えーっと、マヌキ茶2つと、おすすめ料理を2つください」

「はいよ。あんたら見ない顔だね。旅の人?」

「そうです。あの、タントネアに勇者がいるって聞いて」

「勇者? あぁ……」


 明るく話しかけてくれたお店の女将さんが、あからさまに不快そうに顔を顰めた。


「あんたら、ただ勇者を見に行きたいとか軽率な考えなら帰ったほうがいいよ」

「えっ」

「へらへら近寄ったら痛い目見るかもしれないからね」


 そっけなく言って、そのまま女将さんが奥へと引っ込んでしまう。フィカルと顔を見合わせていると、隣のテーブルに座った中年男性2人組が声を落として話しかけてきた。


「何も知らないで来たのかい? 悪いことは言わないから、引き返したほうがいいよ」

「そうそう、噂が入ってくるけどね、酷い人物だそうだ。勇者なんて戦うだけが取り柄みたいだな」

「そ、そうなんですか?」

「そう。あとね、勇者がいるのはタントネアじゃないよ。タントネアの南にあるメシルバって街。今は限られた人間しか出入り出来なくなってる。勇者がそうしろって領主に命令したそうだ」

「そんなことしていいんですか」

「こないだ積荷に紛れて逃げ出した男がタントネアで助けを求めたんだけど、あっという間に連れ戻されたとか。何されるかわかったもんじゃない」

「この辺の収穫物も安く買い叩かれたりし始めてる。恨んでる人も多いから、勇者フィカルを見たいなんてこの辺で言っちゃダメだ」

「ゆ、勇者はフィカルっていうんですか……」

「そうだよ。勇者フィカルとその妻スミレ。魔王だってびっくりの悪人らしい」


 偽者さん、人の名前まで勝手に借りて何やってんだー!

 ヒソヒソと教えてくれた二人組も、女将さんが私たちに料理を運んでくるとそそくさと席を立ってしまった。そっけなく配膳されたけれど、料理は美味しい。でも気持ちは暗い。大きなパンをフィカルと分けながら煮込み料理を完食し、お金を払って外へ出た。街の中に入るのを断られたスーとアルが頭上で旋回している。


「なんだか思った以上に良くない噂が出てるみたいだね……」


 とりあえず、このままスーに乗ってタントネアまで行ってみることにした。

 さっきまでは、この街で一泊して明日タントネアに乗り込んで偽者を捕まえる予定だった。けれど偽勇者がメシルバという街にいて、急に行っても入れないのであればもう少し情報収集をする必要がある。人の多いタントネアであれば入る方法もわかるだろうし、街を封鎖するほどの力があるのであれば戦うことになるかもしれない。備えるためにもここよりもタントネアで宿を探したほうがいいだろう。


「私たちの名前、ここにいる間は変えておいたほうがよさそう。この世界じゃ珍しい名前だし、変に目をつけられても困るもんね」


 フィカルがこっくりと頷く。道中の美味しいものによって普段通りになっていたその顔は、すでに暗い表情へと変わってしまっていた。腰に佩いていた剣も日頃身に着けている小さいものではなく、討伐用の大きいものへと変えている。


「私はサクラにしようかな。お花繋がりで。フィカルはどうする? 前に言ってた知り合いの人のを借りるのはどう? フィアルルーだっけ」


 この世界の名前の法則性は、よくわからないものが多い。とりあえず知っている単語にしたほうがいいんじゃないかと思って提案すると、フィカルが少し困った顔をした。


「フィアルルーは合わないと思う。平穏を守る者という意味だ」

「そう? 逆に今のフィカルにぴったりじゃない? 偽者をやっつけて街を守るわけだし」

「……」

「縁起担ぎ的な感じでさ、いい人の名前を借りたほうがうまくいきそうじゃない?」


 私はお母さんの桜子という名前から思いついたし、フィカルもあやかれる名前のほうが何となくいい気がする。そう言うと、フィカルは少し迷ってから頷いた。


「それにフィカルとフィアルルーって、響きも似てるから覚えやすいし」

「似てはいない」

「え、そう?」


 とりあえずお互いに呼び間違えないようにと確認しつつ、日暮れ前にはタントネアの街へ着いた。城壁のある大きな街は商隊の出入りも多く、竜も申請すれば街に入れられるようになっていた。許可証代わりの布を首元に巻きつけると、アルは嬉しそうにあちこちを見回していた。


「アール、アル、待って。あんまり動き回っちゃだめだよ。大人しくしててね。出来る?」

「ピギャルッ!!」

「不安だなぁ……スー、ちゃんと面倒みててくれる? いい子だねえ」


 大人しく首を差し出したスーに撫でながら頼み込んでおく。人懐っこいのはアルのいいところだけれど、竜に慣れていない人たちからするといきなり襲ってくる魔獣のようにも見える。ここでトラブルを起こすと街を追い出されてしまうかもしれないし、変に目立つと勇者のいるメシルバにも入れなくなるかもしれない。


 まず宿を見つけ、スーとアルを食事のために送り出して、私たちも情報収集を兼ねて夕食を摂りに街へと繰り出す。賑やかで住民以外も多いタントネアでは、知らない人同士の会話も多いようで色々と話が聞けた。あれこれと聞き回り、宿に戻ってフィカルと話し合ってから体を休める。

 そして翌日、私たちは市場の出店許可を貰いに行くことにした。






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