賞品は後日のお渡しになります19
「おお〜、広いね。まだまだいっぱい入るね」
石のレンガを積み上げて作られた新しい食料庫は、入ると奥行きがあってひんやりと涼しい。組み上げて作られた壁は二層になっていて、しっかりと外気を遮断していた。
高いところまで作られた棚のほとんどはまだ空で、いくつか干し肉や瓶詰めが並んでいるだけだけれど、フィカルの戦利品がこれから順番に届く予定だった。家の中にある食料庫はオオユキガモで満杯になってしまっているので、保存加工してから半分くらいこちらに移動させたほうがいいだろう。石材担当としてフィカルと一緒に食料庫を作ったアルも、嬉しそうにフガフガと鼻を鳴らしていた。いや、嬉しそうというよりは、いい匂いにつられているのかもしれない。
「今夜はお鍋にしようか。鴨鍋……。良いダシがいっぱい出るだろうなぁ」
西南地方の名産品である乾麺も貰ったので、締めはうどん風で決まりだ。近所の奥様方と物々交換で手に入れた葉物野菜もあるし、冷え込むようになった夕食にはピッタリのメニューである。鍋は簡単だというのもポイント高い。考えるといまからお腹が空いてきた。
ガルガンシア、そして王都と続いた長旅が終わってトルテアへと帰ると、アネモネちゃんがものすごい勢いで私たちの帰りを喜んでくれた。普段の旅行よりもちょっと期間が長かったためか、今でも肩に座ったアネモネちゃんは柔らかい花びらですりすりすりすりと私の頬をくすぐっている。
「薬味は何にしよう。アネモネちゃん、一緒に考えてくれる?」
ひらひらした葉っぱで私に抱きついていたアネモネちゃんは、こっくりと紺色の花を上下させて、それから肩の上でしたしたと歩き回った。
こっくりと頷くフィカルと一緒に家の中へと入ろうとすると、スッと大きな影が私たちを阻んだ。
「ピギュルォウ……」
ドアの前で、アルがぺたんとお腹を伏せる。その背中には、二人乗りの鞍が付けられたままになっていた。
「ピギャオゥ、ギュビャ」
さあ乗ろう今乗ろうと言わんばかりにズイズイッと這いずり、尻尾の先は嬉しそうに左右にテンテンと揺れていた。
「アル、もう今日は練習したでしょ?」
「ピーギャォウ」
「また明日ね。あーしーた」
「ギェギェッピギャーッ」
文句を言うように鳴きながらもアルは動こうとしない。
帰ってきてから一休みして、せっかくアルも付けられる鞍を買ったのだからと練習を始めた途端アルは乗せたがりが加速した。外に出ては伏せ、森に行こうとすれば伏せ、休憩しようとすると伏せ、そして鞍を外されそうになると嫌がって逃げる。スーは使わないときであれば鞍を外して欲しがるので、アルの乗せたがりブームの激しさが窺えた。
しっかりとガルガンシアで訓練を受けてきたアルは人を乗せる技術は上達したのだけれど、いかんせん私は鞍が怖い。背凭れのない鞍は、キルリスさんに頼んで魔術をかけてもらっても怖かった。スースーして姿勢を緩められないし、何だか傾いたら落ちそうな気になってしまうのである。インナーマッスル的な筋肉が緊張するため長時間は訓練しないようにしているのだけれど、アルにはそれがご不満のようだった。
「ピギュキギュ、ギェッピギュォウッ」
「ギャオォッ!!」
ぶちぶちと鳴くアルをスーが屋根の上から怒る。顔と尻尾だけこちらに出していたスーは、アルの上に落ちるように着地し、ドスドスと鼻先でアルを突いた。私たちには喉を鳴らして擦り寄ってから、アルの尻尾を咥えてレッカー移動してくれる。ピェー……と細く鳴きながらズリズリ遠ざかっていくアルは、哀愁があって面白可愛かった。ごめんねアル。でもフィカルに怒られないうちに行ったほうがいいよ。
「内ももの筋肉がもうちょっと鍛えられたら、練習時間増やさせてね〜」
「ピギャーッ」
ギャウギャウとスーのお説教を聞きながら家に入ると、フィカルがスッと手を出し、アネモネちゃんがそれに飛び乗った。そのままテーブルの上へと手を近づけると、飛び降りて水の入った小さな花瓶にちゃぷんと浸かる。最近はずっと私とくっついているので、前に作った花瓶を首から下げるやつを使うべきか。
手を洗って、水を張った桶に葉物野菜を入れる。紫色の野菜はしっかり煮込むとこの異世界で1番白菜に似た食感になる(私調べ)。まだ夕方ともいえない時間だけど下準備だけしておくか、と包丁を握ろうとした手は、フィカルの手に包まれた。
「フィカル、どうしたの?」
「まだ作らなくていい」
そのまま私を抱き上げたフィカルが、自作のソファに寝転がる。夏の間は木の座面にそのまま座って、帰ってきてから硬めのマットを敷いたばかりのそこは、家の中でもフィカルのお気に入りスポットである。緩やかな角度が付いた手すりに頭を凭せかけ、だらんと寝転がるフィカルは大型犬のようで可愛い。
のんびりと瞬く紺の瞳は少し眠そうで、しっかりと私を抱きまくらに抱えていた。
「昼寝するの? ブランケット取ってこようか」
「スミレも昼寝する」
「私もですか」
「まだ疲れている。そのままいると風邪を引く」
帰ってきてからアルに乗る訓練はもちろん、荷解きに洗濯に家の掃除にと動き回り、冒険者ギルドに顔を出したり、保存食を食べて食料庫を減らしたり、ガルガンシアで習った保存料理で食料庫を増やしたり、なんだかんだと毎日動き回っていた。スコワシリュウについてのレポートも記憶が新しいうちにもう少し練ろうとあれこれ書いてもいたので、フィカルの健康維持システム的にはあまりよくない生活だったようだ。
確かにやることがいっぱいあるときに体調を崩しがちなので、大人しくフィカルの上に寝転ぶ。
「フィカルもいっぱい頑張ってたもんね。新しい食料庫も作ってくれてありがとう」
屋根も合わせると2.5メートルほどもある小屋を3日で組み上げたフィカルのほうが、私よりも沢山動いていた。旅に出たころから考えると一月以上働き詰めなので、さすがのフィカルもこれ以上頑張る気はないらしい。
「今年の冬越しは食べ物の心配をしなくていいから、しばらくのんびりしようね」
こっくりと頷いたフィカルが、目を閉じる。いつもより更にゆっくりになった呼吸を感じていると、私も眠くなった。
旅もいいけれど、こうしてゆっくり出来るのはやっぱり幸せだ。窓の外ではいつの間にかスーとアルが戻ってきたようで、仲良く家にもたれて喉を鳴らしている音が聞こえてくるし、スーたちものんびりと過ごすのを楽しんでいるようだ。
アネモネちゃんが起こしてくれるまで、私もしばらく眠ることにした。




