賞品は後日のお渡しになります18
フガフガと窓を真っ白にさせたあと、スーは空中に向けてボワッと炎を吐いた。
「スー、街中でそんなことしたらダメだよ……いや、夢だけど」
「ギャオォッ!」
慌てて窓を開けて注意すると、ぐるぐると喉を鳴らして擦り寄ってくる。鼻先を窓から突っ込んできたので撫でると、嬉しそうに尻尾を振った。イチョウの木に羽が当たっているけれど気にならないようだ。
「スーも本物のスーなのかな? 竜も夢見るのかな」
夢見る竜ってなんかかわいいけれど、スーは眠りが浅いのかなと思っていた。グウグウ眠っていても物音がすれば片目を開けるし、フィカルが呼べばすぐに飛んでくる。めちゃくちゃ寝起きのいいタイプなのだろうか。フィカルに訊いてみると首を傾げられた。フィカルもすぐに起きるタイプだし、飼い主に似ているのかもしれない。
「グラウンドにスーがいると違和感がすごいね。本人は楽しそうだけど」
野球部のネットがあるからか、庭で外飼いされている犬のように見える。大きな足でわしわしと頭を掻いて、背中の鞍を鼻先でつついてはぼわっと空に向かって炎を吐いていた。竜は魔術を使った攻撃で消耗することはほぼないといわれているけれど、だからといってスーは普段あまりああやって無駄に炎を使うことはないので珍しい。夢だからのびのびやっているのかと見つめていると、なんだか違和感があった。
地面をフガフガと嗅いでは、紅い翼をバタバタと動かしている。グギャグギャと鳴きながらぐるぐるとその場を回って尻尾を眺めたり、でれんと姿勢を崩して座ったり。
もしかして。
「アル?」
「グギャォッ!」
「えっアル? アルなの?」
ピンと細く伸びて飛んでくる姿はスーそのものなのに、動きが完全にアルだった。名前を呼ぶと、嬉しそうに擦り寄ってくる。フガフガと窓を押し広げようとしているのもアルがやりそうな動きである。ヘソ天で爆睡し、子供たちがよじ登ってても目覚めないようなアルであれば、夢を見ていてもおかしくない。
「アルあなた、もしかしてスーになった夢見てるの? ……それってなんか……」
めちゃくちゃ可愛い。鼻先をわしわし撫でると、嬉しそうに尻尾をブンブン振った。イチョウの幹が紅いムチで叩かれて葉っぱが落ちている。
「スーのこと大好きなんだねぇ〜アルはかわいいねえ」
強くて面倒見のいいスーにアルは懐いていると思っていたけれど。スーはアルに対して割と傍若無人に振る舞っているというか、アルが獲ってきた食べ物も美味しそうだと思ったら横取りしていたりするし、近くで寝ているときには尻尾や頭をアルに乗せてたりもする。擦り寄ってくるアルを頭突きや尻尾で追い払ったりするのも珍しくない上に、機嫌が悪いと飛んで追いかけ回したりもしている。
それなのにアルはスーのことが大好きで、ベニヒリュウになってみたいと思っていたのだろうか。二人乗りの鞍を乗せて炎を吐くスーに憧れちゃったりしていたのだろうか。
「健気〜かわいい〜!!」
「グルギュフッ……グルフッ……」
鼻先に抱きついて撫で回していると、フィカルが私を抱き上げたまま一歩下がってアルが遠のいた。フガフガと嗅ぎながらこちらへ入ろうとする鼻先が、窓をガタガタ鳴らしている。手を伸ばして撫でようとすると、フィカルにぎゅーっと締められた。腕力強い。
「フィカル、息。息吸えなくなっちゃうから」
少し力を緩めたフィカルは、ムッとした顔で私を見上げていた。
かまってちゃんがここにもいる。表情筋が仕事していると少し幼く見えるので、制服がより似合っていた。フフフ。フィカルが高校生なら私が男子と喋るとこうやってヤキモチ焼いてくれたのかなフフフフ。
ニヤニヤしながらフィカルの髪の毛をワシャワシャとかき回して、ぎゅっと抱きつく。
「フィカルが1番だから安心して。制服着ててもかっこいいけど、普段通りのフィカルも大好きだからね」
いつものフィカルの真似をしてぐりぐりと擦り寄ると、満足そうに吐いた息が首元をくすぐった。
夢の中のいいところは、場所を気にせずにラブラブ出来るとこかもしれない。大体家の中でもラブラブしているけれども。
「今度はフィカルがスーツ着てる夢を見れたらいいな〜絶対かっこいいよ。警察官の制服とか、作業服もいいかもしれない……」
夢が広がるけれど、スーツ姿といえば先生かお父さんくらいしか思い浮かばないし、他の制服にも馴染みがない。もっと社会勉強しとくべきだったと私は今までになく後悔した。私が本気で悔いているので、フィカルが戸惑っている。言われても困ると思うので本人には黙っているけれど、私は困惑したフィカルも結構好きである。
くろふわちゃんが教室中の机と椅子を食べ終わりそうなので、そろそろ起きそうだ。
「あ! そうだ、フィカルちょっと降ろして……くれないなら、あっちに行って」
ガッチリ捕獲されているので、フィカルを誘導して教卓の方まで戻る。放置されていたスマホを取って、私は腕を伸ばして構えた。
「フィカル、この黒丸のとこ見ててね。はいチーズ」
インカメラで撮った画像が画面に表示される。じっと無表情なフィカルと、やたら笑顔な私が映っていた。写真を見たことがないフィカルが興味深そうにマジマジと見ている。
「待受にしよ」
ぽんぽんと適当に何か幸せオーラ出てそうな感じに加工して待受に設定する。あの頃、彼氏と一緒に取った写真を待受にして見せつけて、友達に自慢しまくるというのが私の周囲で流行っていた。自慢は出来ないけれど、やってみたかったことが出来て嬉しい。
もくもくと暗闇が広がっていく中で、スマホをしっかりと握りしめてフィカルに抱きついた。
「このスマホ持って帰れるならどれだけ金貨積んでもいいのに……」
当然ながら、目覚めたときにスマホはなかった。制服フィカルもなかった。アルはウキウキとスーに擦り寄っていって、足でぐいーっと押しのけられていた。
若干落ち込んだ私を心配して、フィカルが写メと似た絵を描いてくれたのはトルテアに帰ってからのことである。




