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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
完結後も続いていくこんな異世界じゃ編
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賞品は後日のお渡しになります11

 リネルダさんの竜はニシオオチリュウで、スーの見た目がティラノサウルスだとすると、角のないトリケラトプスのようなずんぐりとした竜である。普段は大人しく、ガルガンシアの岩窟のメンテナンスをしたりしているそうだけれど、だいたいこういう竜は怒ると怖い。いや、竜は大体怒ると怖いけれど、辛抱強く戦うタイプである。

 オオリュウ属のため、リュウ属のスーと比べると1.5倍くらい大きい。力もうんと強そうだった。


「フィカル、頑張れー! リネルダさんも頑張れー!」


 審判をしている魔術師の合図で、スーが勢いよく羽ばたく。フィカルが乗り移るのを防ぐように、ニシオオチリュウが大きく前足を振り上げた。それを避けたスーが体を勢いよく傾けて回り込み、フィカルの剣とリネルダさんの剣が火花を散らす。


 いくつもの相手を倒して勝ち上がってきた相手だからか、今までの試合よりも時間がかかっている。リネルダさんの竜へ乗り移ろうとして失敗したフィカルがその大きな腹を蹴り、空中に浮いたところにリネルダさんの剣が降る。切っ先が届く前にスーがフィカルを乗せて大きく上昇しては攻撃に転じる。

 試合は最後までハラハラしっぱなしで、思わず大声で叫びまくってしまった。国王夫妻も声を上げて応援していたし、客席からも絶えず声が聞こえてくる。


「勇者フィカルが勝ったか。リネルダもよく戦ったな」

「短くも見応えのある一戦でしたね」


 リネルダさんが竜から落ちたところで息を呑み、張られた布でバウンドしたところで空気を吐いた。一瞬の後、大歓声に包まれた。会場を揺るがすほど熱狂している観客とは反対に、スーとフィカルはいつも通り飛び、次の相手を待っている。

 そのまま決勝戦が始まるというのに、特に手元や手綱を確認する様子もない。ハラハラしどおしでくろふわちゃんを抱きしめると、くろふわちゃんも食い入るようにフィカルを見つめていた。


 リネルダさんと竜が退場し会場が整うと、今度はレモン色の竜がゆっくりと羽ばたいて出てきた。綺麗な鱗の上でロランツさんが着ている濃い緑の騎士服が鮮やかに映えている。

 次もオオリュウ。竜の強さは大きさにほぼ比例する。竜騎士の戦いは本人の強さも大きく関係してはいるけれど、竜同士の力比べの側面もあり、勝ち上がるにつれて大きな竜を従えた人が多くなっていた。ベニヒリュウは多くの竜騎士団に所属する種のひとつだけれど、スーのように勝ち上がっているものはいない。

 小さい竜が大きな竜に勝っているというのも、フィカルの試合に声援を送る人が多い理由のひとつかもしれなかった。もちろん優勝経験のあるロランツさんを応援する声も多い。


「ロランツもまた他者とは一線を画する強者だからな。スミレよ、どちらが勝つと思う?」

「フィカルが勝つと思います」

「これはまた力強く言い切ったな」


 試合が始まると同時に繰り出されるスーの攻撃を、ロランツさんのキタオオリュウが素早く避ける。飛ぶのが得意なフウリュウの特性を生かして、大きな体でも非常に細やかな動きで立ち回っていた。

 素早い空中戦が繰り広げられるのを眺めながら、国王陛下がふむと頷く。


「しかし、これほどまでに強いとはな。国を守るものとしてはぜひ北西の土地を治めてもらいたいと思うのだが」


 どうだろう、と問われて、私は身構えた。

 とうとう出た。絶対言われると思ったのだ。だからあんまり一緒にいたくなかったのに。フィカルのバカバカ。イケメンめ。


「フィカルに領主は無理だと思います。今季のようにもし人手が必要なら助けに行くと思いますけど、フィカルも人をまとめる立場はしたくないみたいなので、そういうことをさせないであげてほしいです」

「しかし、危急の折にトルテアから発ったのでは間に合うものも間に合わぬであろう。王都へ居を移すことも拒むのか? 人は多いが静かな場所もあり、そなたの仕事を考えても利はある。竜の研究がしやすいように予算を立ててもよいが」


 フィカルを動かそうと思うのであれば、私を引っ張り込むのが一番早い。国王陛下もそのことを知っていたようだ。領主になるというのは断られることを予想していたようだけれど、王都に勇者を引っ越しさせるだけでも大きなメリットがあるのだろう。各地へ行きやすいし、勇者としての商品価値も利用しやすそうだ。うんと言わせるためには、大きな屋敷や沢山の使用人、多額の研究費くらいは用意しそうである。

 私は会場の方を向いていた体を国王陛下の方へ向ける。陛下は笑みを浮かべていたけれど、油断ならなさそうな目をしていた。


「フィカルはあんまり喋らないんですけど、人があんまり好きじゃないんです。沢山の人にいいように利用された上で虐められたら、誰でもそうなると思います。だから私は、フィカルにはもう嫌だなって思いながら生活してほしくないんです。フィカルは強いですけど、戦うのはそれほど好きじゃなくて、のんびりした暮らしを気に入ってるみたいなので、続けさせて下さい」


 一緒に暮らしているうちに、フィカルは随分と感情を表に出すようになった。言葉も増えたし、声も大きくなった。それは、前のフィカルが抑圧された結果だったからなのだろう。過去は変えられないけれど、これからの生活は選んでいける。だからフィカルには思いっきり楽しんで暮らして欲しい。笑ったり、リラックスしたりしていてほしいのだ。

 頭を下げると、しばらく言葉がなかった。小さくあなた、と声が聞こえて、それから大きな溜息が聞こえる。


「そこまで言われては仕方ない。無理強いすると逃げ出しそうだからな」

「はい。逃げると思います」

「あの速さで逃げ回られては誰も追いつけぬ」


 びゅんびゅんと飛び回る竜達を足場にして、ロランツさんとフィカルが剣を交えている。2人ともお互いの竜の背中に飛び移ったりしていて、もう何をしているのかわからなかった。あんな高さで足元を気にせずに激しく戦うなんて、どっちもたぶん人間じゃない。


「勇者もそなたもどちらも我が民だ。民が喜べる暮らしを守るのが王の役目だしなあ」

「ありがとうございます。私もフィカルも、この世界が大好きです」

「そうだろう。まあ、時折はこの世界を守る手伝いをしてくれ」

「はい、頑張ります。無理しない範囲で」

「そなたは若いのにしっかりしておるな。我が妻の若い頃のようではないか!」

「あなた」


 ぎゅっと引き寄せられた王妃様が笑顔で肘打ちをしていた。仲良し夫婦である。

 王様が笑顔で頷いてくれてホッとした。






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