賞品は後日のお渡しになります3
「はい、逃げようとしない」
「ウ、ウワアアア」
Uターンしようとした私の肩を掴み、フィカルと共にすかさず部屋へと放り込まれた。さすが実力ある領主だけある。キラキラしていても腕力ハンパない。
「なんで嫌がるの? 可愛いドレスだよ?」
「いや、可愛いっていうか、何かきらびやかなんですけど……っていうか、豪華なんですけど……」
女子として、可愛いもの好きなのは認める。しかし私の目の前にある衣装はどう見てもお金かかってそうなタイプのドレスである。薄い布を重ねるドレスは一枚一枚がごく薄く軽やかに作られていて、それぞれ違う色が重ねられて計算された風合いを作っている。一番上に重ねる布にはキラキラした何かが細かく付けられていてまばゆく光っていた。
私の貧相な審美眼でもわかる。これ金貨とかいるやつだ。
「なぜ?! ムリ!!」
「ムリじゃないから早く試着してね」
「なんで御前試合なのにこんなものを用意しようと思ったんですか? ロランツさん、頭でも打ったのでは?」
「ひどいなあ」
ドレスは背中に編み込んだ紐で着るものなので、お手伝いの人がいないと着られないようになっている。ネイガル家の忠実なメイドさん達がじわじわと近付いているのが恐ろしい。フィカルを盾にしてロランツさんを睨むと、悪びれた様子の一切ないロランツさんが首を傾げた。
「だって開会式に国王陛下と一緒に出るんだから、このくらい着ないと」
「なにそれ聞いてない」
おきれいなプリンス系の顔にたまに正拳突きをお見舞いしたくなるのは私だけなのだろうか。なんでこういう大事なことを1番最後に言うのか、この人。もう明日のことなんですけど。
出たくない。私一人だけでも帰りたい。フィカルは適当に優勝してお肉を持って帰ってきてほしい。
フィカルの背中にしがみついていると、フィカルが後ろを向いて私を抱き上げた。いつもなら人前ではためらいがあるけれど、私もしっかりと抱きしめ返す。おうち帰ると駄々をこねるよりはマシのはずだ。
「ああほらそんな顔しないで。フィカルも警戒して怖い顔になってるし」
「そりゃなりますよ! もっと怖い顔してフィカル! シーサーみたいな顔して!!」
「まぁまぁ落ち着いて。陛下と一緒に観覧するのは、フィカルにとっても悪い話ではないよ」
「スミレが嫌がってる」
しっかり私を確保したフィカルがロランツさんに向かってムッとした顔をしている。フィカルもイケメンなので顔を顰めると結構迫力があるのだけれど、ロランツさんはどこ吹く風だ。この人の心臓は超合金で出来ているのだと思う。
「そもそもフィカル、自分が試合に出ているときにスミレをどこに待たせておくつもり? 一般の座席は人が溢れかえってるし、騎士団や冒険者も沢山いるから男まみれだよ。警備はいるけれど、混雑が激しいから争いが起こることも珍しくない」
「ざ、座席を用意してくれるって……」
「そう。陛下がいらっしゃる観覧塔は人も多くないし近衛騎士が厳重に守ってるから、まずならず者は近付けない。広さもあるからアルも近くにいられるだろうね。なにより高い位置にあるからお互いを見つけやすい。おまけに軽食や飲み物も出るから、途中でスミレが空腹に嘆くこともないよ」
「……」
メリットを並べ立てられてフィカルが悩んでいる!
ロランツさんはもう貴族とか冒険者とかより商人とか詐欺師とかのほうが似合っている気がする。私の安全と健康を第一に考えるフィカルに対してなんと効果的な説得をするのだろうか。
「陛下も礼儀を気になさる方ではないし、気軽にお喋りをしながら観戦するだけでスミレはどこよりも安全で快適に試合を見られるんだよ」
「だけじゃないですそれは」
「大丈夫大丈夫、当日は警備責任者のキルリスも近くにいるから。ちょっとは気楽だと思うよ」
ロランツさんの説得に、フィカルが私をじっと見上げた。
紺色の瞳が無言で告げている。あれを着て当日安全な場所にいてほしいと。
フィカルから落とすとは卑怯なり、ロランツさん。
「そんなイヤそうな顔しないで。ほら見て、フィカルの衣装も新調したから」
「フィカルの衣装」
「そう。自分の夫の一番格好良い姿を一等席で思う存分眺められるんだよ」
そう示された先には、フィカルのために用意された騎士服がある。所属を示すチュニックは2着あり、ひとつは上品な濃さの紺色に、きらびやかな銀糸で竜が2匹刺繍されている。もうひとつは銀色の糸で編んだ布地に赤と茶で竜が刺繍されていた。銀色の生地は光を弾くと虹色に輝いている。どちらも竜を囲うように10個の星が丸く並んでいるのは、勇者の身分を示すためだろう。
「えぇ……こんなん似合うに決まってるじゃないですか……」
「だろう? スミレはどちらがいいと思う?」
「うぅっ……」
「スミレの髪飾りもフィカルの服の色に合わせて2つ用意してあるんだ。試着してみて選ぶといい。衝立もあるからね」
私は気付いたらドレスを試着していた。
ロランツさんの口車は四駆だ、きっと。
王都内でさえ人が多くなっているのに、試合会場はさらに混雑するのだろう。その中でフィカルが私のことを心配しないでいるのは難しい。竜愛会の人達と一緒にいたとしても、途中ではぐれたり辿り着けなかったりする可能性もあるわけだし。立ち見も沢山いる中でアルを目印にしてより場所を圧迫するわけにもいかず、かといってお留守番はお留守番でフィカルとしては心配だろう。
国王陛下は恐れ多くも何度か喋ったことがあるので、陛下もご家族も気さくな人達だとわかっている。もっともセキュリティが厳重な場所なのは間違いない。フィカルに安心して試合に集中してもらうためにもロランツさんの判断は正しいのだと思う。私の緊張くらい、些末な問題なのだ。
というか、フィカルの騎士服が早く見たい。
基本がかっこいいフィカルは、スタイルがいいだけに何着ても似合う。けれど正装はさらに似合うのである。適切な筋肉がピシッとした格好をより良く見せていて、長い手足が動きを優雅に見せる。というか普通に私が正装が好きなだけかもしれない。きっちりした服装、萌え。
「スミレ、出られる? フィカルはもう着替えたみたいだよ」
ロランツさんの声につられて二重に立てられた衝立から顔を出すと、ものすごいイケメンがいた。
「かっ……」
銀色を基調とした騎士服を纏ったフィカルは、髪色と合わせて非常に幻想的な雰囲気になっていた。表情がないのがまた人間離れしたかっこよさを強調していて、なんか妖精の国から来たと言われても信じるレベルである。じっと見られているとそのまま向こう側へと誘われてしまいそう。
「気に入ったみたいだね、じゃあハイ、こっちも着てみてあげて」
紺色のチュニックはフィカルの瞳と同じ色で、引き締まった色合いがストイックなイケメン度を爆上げしていた。暗い色合いに光る銀の刺繍も、フィカルの鋭い剣の輝きを表しているかのように見える。こんな騎士がいたら国が傾いてしまう。
「……っこいい……イイ……」
「よかったね、フィカル。スミレが惚れ直したってさ」
「はー待って! 近付かないで!」
間違いなく世界で一番かっこいいイケメンがこっちに歩いてくる。私の心臓がまだ破れていないのが不思議なくらいである。自分でわかるほど顔が赤くなっていて、けれども騎士服姿のフィカルを網膜に焼き付けようとする目が顔を背けるのを許さず、逃げ出したいのに足も動かないまま、気がついたら私の試着も終わっていた。