ガルガンシア、武者修行の旅32
魔王を討伐した勇者フィカルの名前はよく知れ渡っている。過酷な環境である北西地方の果てにあるトラキアス山に赴いたのだから、その強さも並ではないということも。
しかし、その話を知っていてなお、フィカルの強さは驚くべき域にあるそうだ。
「特に魔獣に対しては異常なほど強いな。ひと目で正確に数と特徴を把握し、それぞれに対応しながら効率よく倒してる。知らねえ種類でも毒や攻撃方法を予測しながら討伐するのはそこらの冒険者でもやるもんだが、異様にその予測が当たってるだろ。経験も並じゃねえ」
「魔獣には慣れている」
「だろうな」
スコワシリュウの巣へと同行したデギスさんは、他の魔獣を倒してバックアップをするつもりだった。しかしその出番すら必要ないほどだったらしく、思う存分フィカルを観察していたらしい。私はフィカルの動きが見えないことも多いので、きちんと目で捉えて分析できるだけでも十分すごい。1番フィカルが戦うところを見ているのは私なのに、「いつも強いなあ」くらいしか思っていなかったのが恥ずかしいくらいである。
身体能力の高さに持久力、五感の良さと頭の回転、そして経験を余すことなく活かしているところがフィカルの腕を並の人間では到達できないところへと押しやっているそうだ。
「そもそも筋肉量に対する力の発揮具合が違ぇだろ。異世界人だからか? お前、もっと筋肉増やせ」
「必要ない」
「お前、筋肉はあって困ることはねえんだぞ。筋肉増やしてから必要かどうか考えろよ」
「必要ない」
「てめえなぁ」
デギスさんにムッキムキの腕で小突かれているけれど、フィカルはさほどダメージを負っていないのもすごい。そして筋トレのお誘いをスルーし続けている。フィカルはあんまり筋肉には興味が無いようだ。家で私がスクワットとかをやっていてもイマイチやる意味を感じていないみたいだし、フィカルは猫みたいにそもそも体質的に鍛える必要がないのではないかと思っている。ものすごい羨ましい体だ。
「まあいいけど、とにかくフィカル、お前は人間離れし過ぎてるからな。あれだけ討伐数稼げる人間がいるなら、北西地方に置いておきたいと思う人間は多くなる。特にこの地方は何かありゃ人数が減ってくからよ。優秀な人間をアタマに据えて置きたいってのは民も思ってることだ」
「でもほらデギスさん、フィカルはまあ強いですけど普段はほんとにボーッとしてることが好きですし……やりたくないことは絶対にやらない鋼の精神を持ってますし……領主とかそういうのは全然向かないかと」
「フィカルだけじゃねえよ、スミレもだ」
「えっ? 断る!」
「早えよ」
ビックリしてつい断ると、それも知っていたようにデギスさんが笑った。隣りにいたフィカルが私をギュッと抱きしめて持ち上げる。それを見てまたデギスさんが取らねえよと更に笑っている。
「スコワシリュウのあれな、随分役に立ったし、他の種でも同じことが言えるんじゃねえかってあちこちで話し合ってんだよ。フィカルが他の魔獣も大方やったから余裕が出来たし、今までじゃ襲撃に対応するので精一杯だったのにこうして原因を探れるってのは随分デカい」
「でも、私はここの資料とフィカルに話を聞いて思いついただけです」
「これで魔獣が増加する原因がわかれば、被害は随分減る。少なくともガルガンシアの騎士団ではこの時期の死者はもう出ないだろ。領主として感謝する。どれだけ礼を言っても足りないくらいだがな」
「そんな……」
「すげえことだぞ。もっと威張っとけ! まあ飯奢るくらいしか出来ねえけどな!」
デギスさんが急に真面目な顔になってお礼を言ったので、ちょっと慌ててしまった。すぐに茶化して笑っていたけれど、真っ直ぐな瞳が心から感謝しているのだと伝えてきていた。
最も強い魔獣である竜の襲撃に対応する冒険者や竜騎士では、激しい戦いで命を落とすことも珍しくはない。覚悟の上ではあるだろうけれど、そういうことは起こらないほうが良いに決まっている。そう願う気持ちの助けになったのであれば、目をしょぼしょぼさせながら頑張って毎日考え込んだ意味があった。
「っつーわけで、スミレの名前もあちこちに広まり始めてるし、王都議会で何か褒賞を出すって話になんじゃねーか? 具体的には領地とかな」
「逆にいらないんですけど」
「スミレ自身はまぁ弱っちいけど、フィカルもいるしなァ。北西端の街をデカくして守りを強くするかっつー話はだいぶ前から出てるしなぁ」
「こ、こ、断る! 断りますよ! ねっフィカル!」
役に立てたのは嬉しいけれど、そんな僻地で生きていける自信がない。立派な引きこもりになってしまう。手と頭を振りながらフィカルに同意を求めると、しっかりこっくりと頷いてくれた。大体、領主とかよくわからないし、住民を守るとかそういう器はない。フィカルはともかく、私は領地の中で最も弱い人間になる自信さえあるくらいである。
「そんなにビビんなよ、別にオレがどうこうするわけじゃねえ。ただ王都に行ってもそういう話が確実に出てくるから、覚悟くらいはしとけよ」
「覚悟って、何すればいいんですか。土下座ですか」
「お前なんでそんなに土下座に親しみを持ってんだよ。最上級の謝罪だぞ。女が軽々しくするもんじゃねえからな」
「領主回避のためには何でもします」
「いやお前何でもってな……まあ、お前らが向いてないっつーのはわかってるからよ」
デギスさんも王都へと行くらしいので、何かあった際は口添えしてくれるらしい。頼もしい。私達がいかに領主なんてものに向いていないかというのはキルリスさんも知っているので、まあ何か言われても大体大丈夫だろう。ロランツさんあたりは面白がって勧めてきそうな気もするけれども。
とにかく断固として領主などという提案を断る決意、そして短い間だけど鍛えられた体とガルガンシア伝統の保存食、恋バナへの未練などを携えて、御前試合のために私達は王都へと向かうことになったのだった。




