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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
完結後も続いていくこんな異世界じゃ編
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ガルガンシア、武者修行の旅30

 ミルカさんの部屋はリネルダさんとは正反対の殺風景なものだった。

 ベッドと大きな本棚、机、作り付けのクローゼット。どれも濃い色の木を直線的に切っただけのもので飾り気がない。シーツや枕も柄もなく染めてもいない素朴な色のカバーを掛けてあった。その枕元と、机の上に置いてある妙に可愛らしいぬいぐるみ達は明らかに貰い物である。

 ほとんど荷物がなく、余剰なものといえば本棚にぎゅうぎゅうに詰められている研究書や書類ばかり。リネルダさんとミルカさんをイメージだけで考えるなら、お互いの部屋をとりかえっこしたほうが納得がいくくらい対照的な部屋である。


「これとこれね。こっちの本の第三章に関連しそうなことが書いてあるから読んでみるといいわ。あとはこれ。薄いけどいい論文ばかりなの」

「ありがとうございます……ミルカさんも竜の研究をしてるんですか?」


 雑然と詰め込まれているように見える本棚から迷いなく選び出したミルカさんは、少なくとも私が今から調べようとしている分野に対していくらかわかっているように見える。竜に乗っている人は竜のことをもっと知ろうとする人が多いので、ミルカさんもそうなのかと訊いてみると、アッサリと首を振られた。


「私が研究しているのはこの地方の特性よ。北西地方は竜が多いから必然的に竜のことも調べるけれど、特別に興味があるわけではないわね」

「あ、そうなんですか」

「そうなの。だから詳しいのもこの辺に出る竜だけ。時間帯や季節によって増減する竜の襲撃を予測できるようになれば、より街を守れるようになるでしょう? 外に蔓延る毒草に対する薬の研究も不可欠だし、岩窟内の少ない日光で育つ作物を作るのも大事だわ。一見これらは関係のない出来事に思えるかもしれないけれど、私はすべてが関連しているのではないかと思っているの。魔術師に調べさせている魔力量がね……」


 ミルカさんはにこにこしながら、自分の研究分野について教えてくれている。いつも微笑んでいる人だけれど、今のミルカさんは特に輝いているように見えた。

 環境の変化を理解し、それに対応する策を考え、不測の事態に備える。ミルカさんの根本には、このガルガンシアを、そしてここに暮らす人々を守るという信念があるのだろう。


「ミルカさん、討伐だけでなく研究にも熱心なんですね」

「どちらも同じくらい大事なことでしょう? ここは力任せな人が多いから特に研究はなんでも自分でやらなくちゃいけないけれど、それもまた楽しいのよ。竜についてはマルシギアス達がいるから楽だし、語り合えるのも嬉しいわ」

「マルシギアスさんと」

「そうなの。あの人もああ見えて研究バカなのよ。休みの日は膝を突き合わせて夜明けまで討論するなんてこともあるのよ」

「なんですと……」


 それが本が溢れかえっている竜医師の部屋で、お互いに研究目的とはいえ。

 狭い部屋で、男女2人で。


「そ、それって結構多いことなんですか」

「まあ、月に一度以上はしてるかしらねえ」

「……ミルカさんって、マルシギアスさんと仲良いんですか? ミルカさん的には、気持ち的には……」


 あわや姉妹で三角関係かと気を揉んでしまった私に気付いたらしく、ミルカさんは「あら」と片眉を上げてから笑った。


「誤解しないでちょうだいね。私強い人が好きなの。マルシギアスではちょっと力不足かしらね」

「あっ、そーなんですか! そうですよね!」

「人の恋路に手を突っ込むと竜に噛まれるわよ?」

「すみません」

「まぁマルシギアスのうじうじ片思いは年季が入ってるものねえ」


 うじうじ片思い……。

 そしてミルカさんもマルシギアスさんからほのかに見える矢印マークを感知していたらしい。やっぱりそうだったのだ。


「片思いなんですか」

「そうなのよ。ほら、リネルダって少し卑屈なところあるでしょう? 男性からそういう目で見られないと思ってるのよねえ」

「もったいないですよね。可愛いのに」

「わかってくれてるなんて嬉しいわ。あの子ってほら、趣味も女らしいじゃない? いい奥さんになれそうなんだけど、マルシギアスはマルシギアスであの子を気遣い過ぎてるみたいで……」

「でも今のままじゃずっとこのままですよねぇ。マルシギアスさんも、もう少し何かしたらいいのに」

「そうなの! そうなのよ! もう言ってやってちょうだい!」


 研究内容より面白い話題になってきた。

 ワイワイキャーキャー言ってると、コンコンと控えめに扉がノックされる。


「姉上様? お客人ですか」

「あらリネルダ、お入りなさいな」

「ああ、スミレのヒリュウか」


 顔を覗かせたのはリネルダさんだった。ポットとお菓子を乗せたお盆を持ってきている。お姉さんの部屋に誰か来ているのに気がついて、お茶を持ってきてくれたらしい。こういうところも気遣いさんである。


「ちょうどあなたの話をしていたところなの。こっちにいらっしゃい」

「私ですか」

「いつまで経ってもこのままじゃそのうち寿命が来ちゃうわよ。ねえスミレ」


 しっかりと腕を掴んで引きずり込んだミルカさんと、うんうん頷く私を見てリネルダさんは明らかに戸惑いながらベッドに腰を下ろす。ドアを開けたときにちらっと目があったからか、廊下側から扉を鼻で擦る音が聞こえてくるけれど、スーにはもう少し待っていてもらうしかない。


「あなた実際のところどうなの?」

「どう、といいますと」

「マルシギアスについてどう思っているの?」

「マルシギアス? 竜のことを気遣える良い医師だと思いますが……」

「そうじゃなくて! そうじゃなくてですね!」

「スミレ、いきなりどうしたんだ」

「あなた恋する人はいないの? まさかこのまま独り身でいくなんて思ってないでしょうね?」

「いきなり何の話を?」


 鼻息の荒い私達に詰め寄られて困惑しているリネルダさんは、自分の見た目などを理由にまた後ろ向きなことを言っていた。もったいない。そんなコンプレックスなど見えないほどリネルダさんには良いところがあるのに。というか、そのコンプレックスに悩んでいるところさえも包み込みたそうな人がいるというのに!


「リネルダさん! 自分のことを悪く言わないでください! あんな可愛いぬいぐるみが縫えるのに! 気遣いも完璧なのに!」

「スミレ本当にどうしたんだ」

「そうよ、料理だって姉妹で1番でしょう? あなたその後ろ向きなところが良くないわね。悩むなんて一生経験しないような筋肉人間も多いガルガンシア家でどうしてそうなったのかしら?」

「あ、姉上様どうか落ち着いて」

「いいな〜って思う人いないんですか? マ……ン〜……ンンンスさんとか」

「何を言っているんだ」

「どういう男性が好みなの? お父様みたいな人? それともマルシギアスみたいな人?」

「何を急に……」


 戸惑うリネルダさんも、これが恋バナなのだと気付くと顔を赤くして小さくなっていた。可愛い。

 私とミルカさんがものすごく突き回した結果、リネルダさんもマルシギアスさんに対して何だかまんざらではないのではないかという感じだった。マルシギアスさん、ワンチャンあるで。

 ぐいぐい押してくっつけてしまいたい気持ちを抑えるのが大変である。ミルカさんなど、もうぶっちゃけても良いのではないかという気持ちになっていたようで、口をふさぐのが大変だった。けれどここで私達が押してくっついたとしても、何だかリネルダさんは「みんなに言われたから」とまた後ろ向きになりそうな気がする。そういう気持ちでなく、自分から踏み出して付き合ったほうがきっと良いし、そういうリネルダさんは更に可愛くなるだろう。見守りたい。定期的にガルガンシアに来たい。


 それからミルカさんの恋バナに移って、私もあれこれ聞かれたりしてまさに「女三人寄れば姦しい」状態になったのだった。

 話が盛り上がりすぎて、蒸していた竜肉が少しパサパサになってしまったことは少し反省している。






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