ガルガンシア、武者修行の旅28
フィカルはいつも以上によく食べ、そしていつも以上によく寝た。全編通してイチャイチャしながら。
日が高くなってもぼんやりしながら私を手放そうとしないフィカルに、スコワシリュウについて聞き取りをする。私が考えた推測はほぼ当たっていて、スコワシリュウが簡易の巣を作っているところが2箇所あったそうだ。ひとつめの巣は7匹。もうひとつは5匹のグループで、どちらの巣にも小さいサイズの竜がいたらしい。
「ヒエー……よく無事に帰ってこれたねフィカル。スコワシリュウ達はどうしたの? みんな討伐した?」
「いや」
フィカルは巣を破壊することを目的として、襲ってくる竜にだけ反撃をしたらしい。結果的に倒すことになったスコワシリュウが合計5匹になったけれど、北西の果てへと逃げ帰った竜については追ってまでとどめを刺さなかったようだ。
「生態系を壊すのはよくないと前にスミレが言っていた」
「スコワシリュウのためも考えてくれてたんだね」
この世界では環境問題についてはあまり取り沙汰されていない。けれど、狩猟や採集では同じ種を取りすぎないようにという考えはあったので、生態系を壊せば何かしら影響があるのは地球と変わらないのだろう。前に何かの流れで日本はオオカミがいなくなったので鹿が増えて大変みたいなことを話していたのを覚えてくれていたらしい。
それにしても、竜の討伐に対してまで手心を加える余裕があるのはフィカルだけだろう。仔竜と思われる存在のいる巣であれば、どの竜も殺気立っていて相打ちしてでも侵入者を狩ろうとするのは珍しくないことだ。その中で目立った怪我もなく、巣を壊して追い払うことが出来ただけでもすごいのに。
「フィカルは本当に強いね。他の人達も一緒に行ってたら、竜騎士にも竜にももっと被害があったかもしれない。フィカルが強くて本当に良かった。ありがとう」
ペンを置いて抱きつくと、フィカルがこっくりと頷いた。
ちなみにフィカルによると、スーの飛行能力が想定以上に上がっていたことも良い方向に働いたのだそうだ。フィカルと同じようにたくさん食べて珍しく熟睡し、一夜明けた今でもベッドにもたれかかるようにして眠っているスーは、尻尾や脚の鱗が僅かに傷で白くなっている部分があるだけで、同じようにほぼ無傷の状態である。本竜は何でもないようにグルグルと機嫌よく擦り寄ってきたけれど、相当な活躍をしたのだろう。褒めまくった上で帰ったらしっかりとブラッシングしてあげなければ。
アルはフィカルが持って帰ってきたスコワシリュウの骨をひとつおやつに貰い、スーにくっつきながらゴリゴリと齧っている。時折巡回に来るガルガンシアホウキもそれに並んで骨の欠片を食べていたりするのも微笑ましかった。
チリュウの鱗や骨は他の竜よりも珍しいため、竜愛会にサンプルとして提供する分や剣として加工する分などをフィカルがしっかり持って帰ってきてくれていたのも嬉しい。竜剣はとても頑丈な上に劣化しにくいのでフィカルが愛用しているのだけれど、これで火、水、風、土のすべての竜剣が揃えられそうだ。なんか勇者みたいでかっこいい。勇者だけど。
魔力の属性がある剣はそれぞれ魔獣の特性に合わせて使い分けると効果的なのだそうだけれど、フィカルはいつも使っている一本でどんな魔獣も大体倒している。なので他の剣はただの予備かコレクションとして集めているというのも否めないのだった。
軽くて丈夫なので私の剣も竜骨で作られているけれど、ほとんど使うことがない。ものすごく切れ味がいいので、使うたびに分不相応という文字が頭によぎる代物である。ヒリュウの骨なので、お手入れするときはスーの炎で炙るだけでいいのは楽だけども。
「リネルダさんがフィカルは頑張ったからしばらくは討伐に出なくてもいいって言ってくれたから、今日明日くらいはしっかり休んでね」
「ずっと休む」
「えっ」
「もう帰るか?」
「ええ?!」
体力ほぼ無尽蔵とは言ってもぶっ続けで竜の群れと戦ったのだから、ちょっとは休んで欲しいと思った矢先の働きたくない宣言。突然のやる気ゼロに対して私のほうが驚いてしまった。
「いや、お世話になっている以上、魔獣の襲撃が来たら竜乗りは頑張らないといけないのでは」
「トルテアに帰ってもいい」
「いやいや、このまましばらく滞在して竜騎士団の人達と訓練してから王都で御前試合に出るって予定だったじゃない?」
「大体理解した」
「なにを?」
「もう竜に乗って戦える。30人程度なら同時でも勝てる」
ちなみに御前試合の定員は12名である。味方も襲ってきたとしても23名。
「個人でも団体でも優勝する」
「わ、わぁー……」
もはや予言に近いこの自信。勝つんだろうなぁ……としか思えないほど揺らぎのない発言だ。
つまりフィカルとしては、スーの訓練も終わったし、戦い方のコツも掴んで勝てる確信も得たためもはや頑張る意味を見出だせないと。竜騎士の人達が聞いたら一斉に襲いかかってきそうな考えだ。
「えーっと、私はもうちょっとマルシギアスさんの話も聞きたいし、アルは? アルも飛ぶの上手になったの?」
「少しは」
「少しか……」
バタバタと力と頑丈さに任せて飛んでいたアルも、フィカルのスパルタによって普通の竜くらいには飛べるようになったそうだ。ただ乗り心地としてはスーの方が上手で、さらにスーも飛行能力が向上したために比べるとやっぱり劣るらしい。
「スミレがまだいたいなら、アルを訓練しておく」
「う、うん。そうしてくれると嬉しいかな」
何だかまたアルの地獄が始まりそうだけれど、なんかごめん。くじけず頑張ってほしい。
竜の研究を学ぶだけでなく他にも竜の鞍を新しく作りたいとか、保存食をもう少し習いたいとか、もう少しトレーニングしておきたいとか恋模様が気になるだとかもあるので、予定通り御前試合の2週間前くらいまではガルガンシアに滞在することにした。とは言ってもあと一週間ほどである。
フィカルはもう積極的に討伐に行く気持ちはないらしく、当番を組まされれば行くしアルの訓練もするけれど、出来るだけ私とくっついていたいのだと言っていた。キッパリと言っていた。
仕事を兼ねてきているのでそれは難しいんじゃないかな……と思っていると、翌日相談したリネルダさんは、なんとあっさりそれを許可してくれたのである。
「フィカルが大方の魔獣を討伐してくれたおかげで、スコワシリュウだけでなく他の被害も大幅に減っているんだ。竜騎士達も随分余裕が出来た」
予定より一日帰るのが遅くなったフィカルは、そのせいで余った時間も魔獣の討伐にあてていたらしい。
最初はスコワシリュウの巣を襲撃するために近くにいる魔獣を追い払うためだったらしいのだけれど、倒していると血の匂いでさらに寄ってくるのでもうまとめてビシバシやっつけていたら、なんだか相当な数になっていたそうだ。なにそれ聞いてない。
「魔獣の肉や骨は周辺の街に分配していいと言ってくれたのでな、しばらくあの辺りの街は不自由することがないだろう。領主として感謝する」
リネルダさんに感謝され、当主であるミルギスさんにも呂布のような顔で感謝され、ミルカさんにも褒められ、竜騎士からはちょっと引いた顔でお礼を言われたことで、その討伐規模がとても大きかったのだとわかった。
「すべて殺してはいない。襲ってきて引く気配がないものは、遅かれ早かれ倒す必要があるから倒した」
「なんで言わなかったの……」
「竜ではないものが大半で特に関係がないかと思った」
しれっとそんなことを言っているフィカルは、やっぱり人間離れしている。
やはりどうやっても御前試合優勝は揺るがないようだ。




