ガルガンシア、武者修行の旅25
「ニェッ」
「ニェニェッ」
アルの背中の両側に付けたカゴの中で、ガルガンシアホウキが蓋を開けようと鳴いている。新たに捕まえた1匹を入れようとカゴを開けると中にいたガルガンシアホウキが顔を出すけれど、ジャマキノコの欠片をちぎってカゴの中に放り込むと、みんなそれに気を取られてわーっとフチから落ちていた。かわいい。
「これくらいでいいかな? もう長いのいなかった?」
「ピギェギュ」
フィカルがいなくて寂しい夜をアルとくっついて過ごし、朝食を食べてガルガンシアホウキ集めの仕事を引き受けた。ガルガンシアホウキのふさふさした毛は伸び続けるもので、長くなったものを刈って糸や布に加工するらしい。確かによく観察してみると毛足のやや長いものや短いものがいるのだ。ただし、毛が長くても引き摺っているのではなく、その分体高が高くなっているのだ。この毛を使って歩いているような気がするけれど、切っても特に問題はないらしい。
そそそそっと歩くガルガンシアホウキの近くに、ジャマキノコの欠片を落とす。すると近寄ってきて食べるのでその隙に捕まえる。フサフサの体は少し温かくて、ちょっと柔らかい。上から掴むと、下側にやや丸まった。
「ニェッ!」
「……」
持ち上げられたガルガンシアホウキは、毛を揺らしながら降りたそうにモゾモゾと動いている。その動きを手で感じながら、私は決心してそれを裏返すことにした。
どうなってるかやっぱり見たい。
でもちょっと怖い。足がいっぱいあったりしたらもう触れない気がする。
それでも気になる。
気持ち腕を伸ばして顔から遠ざけつつ、掴んだガルガンシアホウキをぐるっと裏返す。
「んっ?」
「ニェッ」
するとそこには、フサフサと毛が生えていた。
歩いているときに見える背中側と同じである。特に足的なものは見つからない。それどころか、裏返したまま両端が地面の方へと曲がった。
反り返りすぎているのでは、とびっくりして思わず力が緩むと、ガルガンシアホウキがその隙に身を捩ってポトリと地面に裏返ったまま落ちる。
そしてまたそそそそっと歩き出した。
裏返ったまま。
「えっ……?」
どちらも同じような見た目なので、着地の際にひっくり返ったのを見逃したのかと思って逃げていくガルガンシアホウキを追いかけ、掴んで裏返してみる。すると裏返されたガルガンシアホウキはやっぱりそのまま動き出した。
裏返しても、裏返しても、同じようにそそそそっと動いている。
ついでに前後を逆にしても、そのまま進んでいた方向へと動き始めている。勇気を持って毛をかき分けてみても、足も顔も尻尾もなかった。
「り……リバーシブル……」
どういうことなのか、ガルガンシアホウキ。
謎は解けるどころかますます深まっただけだった。溢れまくった疑問を投げかけるように見つめてみても、あれこれといじくり回されたガルガンシアホウキは「ニェーッ」と鳴くだけである。
異世界すごい。
ガルガンシアホウキ集めの仕事は早めに終わらせて、お昼前からは食品の加工をする部屋にお邪魔させてもらった。
「へぇー、色々あるねえ。匂いだけ付ける実もこんなに」
「ランテギウスはないんだろう? ちょっと交換しようよ」
昨日知り合ったお母さんくらいの年の女性の紹介で、保存食を習いに来たのだ。フィカルが取って来ていた竜肉の加工もお金を払ってやってもらっていたのだけれど、いい機会なので習うことにする。
トルテアから持って来ていたいくつかの調味料を持って顔を出すと、ガルガンシアでは見ないものも多かったようで色んな人があれこれと嗅いだり舐めたりしている。うちはアルとスーのための薬なんかも勉強しているし、食卓を華やかにしてくれるスパイスソムリエのアネモネちゃんもいるので薬草や調味料などは結構多いのだ。
トルテアでは森で採ったばかりの香草を使って料理することも多いけれど、ここではもっぱら乾草や塩をメインに使っている。この世界では岩塩は非常に固く、岩塩から生えるシオキノコから塩分を抽出するのだけれど、ガルガンシアでは様々な方法でシオキノコを加工することで味に変化をつけているようだ。
トルテアでは採ったシオキノコは日に当てて干し、それを削って入れたり水でふやかして使う。干し梅に似た味の夜干しはあんまり好評ではなかった。
しかしガルガンシアでは乾季の日干し、夜干し、雨季の日干し、日陰干し、夜干し、またそれらを組み合わせて干し、区別して保存している。細かく管理されて干されたシオキノコは不思議なことにそれぞれ変わった味になっていた。穏やかなトルテアよりも環境の変化が激しいガルガンシアならではかもしれない。干し梅的な癖のある夜干しの味も、日干しする時間を入れたりすることによってマイルドで加工しやすい味になっていた。新たな発見である。アルは雨季の日陰干しをしたシオキノコの味が気に入ったようで、必死に貰おうとしていてみんなに笑われていた。
カチカチに乾いたシオキノコを削ってスパイスと一緒にお肉を揉んで味付けにしたり、薄切り肉とスライスしたシオキノコを交互に大瓶に敷き詰めていって保存食にしたり。
知らない調味料の特徴を訊いたり教えてもらった味付けをメモしたりしているうちに、あっという間に時間は過ぎていった。
「フィカル、帰ってこないんですか、」
その報せを聞いたのは、遅いお昼ごはんを食べ始めた直後だった。私が取り落とした香草焼きのお肉を、すかさず伏せたアルが舌を伸ばして回収する。すっと冷えたのが顔に出ていたのか、リネルダさんは慌てて頭を振った。
「フィカルは無事だぞ、怪我をしているという報告もない! スコワシリュウの巣も破壊し、無事追い払うことに成功したと魔術師づてに聞いている」
「あぁ……」
どっと空気がのしかかってきて背中を丸めると、顔を地面につけたまま待機しているアルと目があった。また落ちてこないかと物欲しそうに舌を伸ばしているけれど、もう全部をあげてもいいくらいに食欲は吹き飛んでしまった。美味しそうに出来たと褒めてもらったのに。
「別種の竜がスンシラバヤの方角へ飛んでいくのを見つけて、いくつか討伐していたら時間が掛かったそうだ。日が暮れてスンシラバヤで一泊することになったので、ついでにもうひとつの巣も片付けてから戻ると」
「そうですか……」
フィカルの分は帰ってきてから焼こうと思ってたのに。
今日一日、その別の巣や近くの街の討伐にあてて、明日夜明けに出発して戻ってくるそうだ。竜に乗っているといえど夜の飛行は危険だし、休養を取りながら討伐したほうがいいに決まっている。一度でスコワシリュウを追い払えるのであればその方がいいとも。
でもなんだか、なんだかちょっとがっくり来てしまった。
「その……大丈夫か? すまない、あの辺りは竜騎士も手一杯で」
「いえ、教えてくださってありがとうございました」
心配そうな表情のリネルダさんに頑張って笑顔のお礼を返し、それから保存食作りもそこそこにして私は早々と布団に潜り込んだ。ピーピーとアルが鼻を鳴らすのを聞きながら、マシュマロを抱えて目を瞑る。そうしているうちにいつの間にか眠ってしまっていた。




