ガルガンシア、武者修行の旅17
竜の襲撃増加は主に北部から西部にかけて見られる現象で、王都から離れた厳しい環境ほど多くなる。これまでのデータによると夏の終わりに増え始め、冬の始まり頃には例年通りの頻度に戻るらしい。
一般的な周期では、通常見られる種類の竜が沢山襲撃してくることがほとんど。しかし妖精の冬と呼ばれる特に厳しい冬期に周期が重なると、通常見られない種類の竜も出ることがあり危険らしい。妖精の冬や妖精の夏には魔獣が生息地域から離れた場所で発見されることが多いので、より注意が必要なのだそうだ。
「あちこちの小さい街へ応援を送らなければいけないし、かといってガルガンシアの守りも疎かに出来ない。だから騎士達は交代で日夜見回りに立ち、影が見えると街に近付く前に討伐しにかかるんだ」
「大変ですね……」
「悪いことばかりじゃないよ。この地域では竜は重要な食料でもあるし、収入源にもなる」
肉は街で食べてしまうことも多いけど王都へ持っていけば高値で売れるし、骨や鱗はもっと儲かる。武器や防具に加工すると頑丈だし、魔力が強いから魔術の材料としても需要が高いのだ。腕のある冒険者の中には、竜を狩っては都で遊び暮らすという人もいるくらいである。生きたまま捕まえて従わせると、荷運びや護衛などの依頼が増えて報酬もぐんと上がるのだ。
「この地方の竜騎士団はね、竜騎士として勤める代わりに家族をこのガルガンシアや王都に住ませることが出来るんだ」
「そうなんですか」
「ここは危険な地域だからね、妻子だけでも安全な場所にと申請する騎士は多いよ。だけどそうすると余計に生活費がかかる。襲撃の増えるこの時期に上手く稼げるとそれだけで2年分くらい家族を養えるから、この時期を心待ちにしている人も多いんだ」
「へぇ……」
命を落とすことも珍しくはない竜騎士達が、竜の襲撃を待ち遠しく思っているというのは意外だった。この時期に北西地方で働いた竜騎士は、半年から一年ほど王都の衛兵になることも出来る。バリバリ稼いでゆっくり安全な土地で家族と過ごし、それからまたバリバリ働く人も多いのだとか。
「ここの暮らしは、本当に竜と共にあるんですね」
トルテアとは全然違う暮らしだ。東南地方にあるタラチネやラタにも竜騎士団はあるけれど、竜がほぼいないため、竜騎士は街と街の間を飛んで危険な魔獣が街に近寄らないようにパトロールするのが主な仕事だ。最も強い魔獣に立ち向かうような魔獣も少ないため、実際に襲撃が起きて討伐するような仕事はあまりないとルチアさんが言っていた。
なんとなく、北西地方の街というのは住みづらく、住民も好き好んで住んでいるわけではないのだと思っていた。けれどガルガンシアにはそういった暗い雰囲気はなく、岩窟の中はむしろ屈強な竜騎士や冒険者、それに負けないような気の強い女性達で賑わっていた。ここに暮らす人は嫌々住んでいるのではなく、住みたくて住んでいる人が多いのが見ていてわかる。
竜と命を奪い合いながら、竜と共に暮らす。
こういう自分では思いつかないようなことを知ることが出来るから、私は旅をするのが好きになったのかもしれない。
「竜舎の方に泊まってるって聞いたけど、チリュウの方も見てみると面白いよ。岩窟を守ってる子達は地下で暮らしてるから」
「そうなんですか? うわー見てみたいです」
「リネルダちゃんの竜が可愛いからぜひ行くといい」
「えっ」
今なんか可愛い響きが。
「リネルダ……ちゃん?」
思わず聞き返すと、マルシギアスさんは肩を竦めた。
「あれ、知らないの? 彼女ああ見えてすごく可愛いんだよ」
「いえ、知ってます。優しくて可愛いの私も知ってます」
確かに趣味も性格も可愛いけれど、それを知らないと無骨な人に見えるリネルダさんをちゃん付けするとは……この人、デキる。私の中のマルシギアスさん評価が2段階くらいアップした。
「なんだ、知ってるのか。恥ずかしがり屋だけど仲良くしてあげてね」
「マルシギアスさん……リネルダさんとどういう関係なんですか?」
「いや、まだ別にどうという関係じゃない。えっとほら、俺はあの子達のはとこだから気安くて」
「まだ? まだ?」
「いや別に、そういう意味じゃないから」
おや。おやおや。
冷静に説明をしてくれていたマルシギアスさんが、いきなり椅子に座り直したり咳払いをし始めた。こ、これは……春の予感ではないだろうか。私の中のマルシギアスさん評価はもううなぎ登りだ。
リネルダさんはすごく優しくていい人だし、自分を下げる言い方をするけど全然そんな必要はないくらい魅力的な人だ。そういうことをわかってくれる人と一緒に居られたら、きっとリネルダさんはもっともっと素敵になると思う。
人の恋路に口出しするのは野暮ってもんだ。だけど、リネルダさんが彼のことをどう考えているかくらいは訊いてみたい。
「スミレ、君、目付きがさっきと全然違わない?」
「大丈夫です!」
「何が?」
「頑張ります! 色々と!」
「いや、何かあんまりいい予感しないんだけど、竜の研究を頑張るんだよね?」
筋肉痛で寝込んでる場合じゃなかった。
せっかくガルガンシアにいるのだから、ここで出来るだけのことをしなくては。まず、竜の勉強。一定周期で増加する仕組みも調べてみたいし、襲撃してくる竜の個体も調査してみたい。
そして、リネルダさんともっと仲良くなりたい。恋バナ出来るくらいに。
決意を拳に固めていると、私が膝の上から落ちないようにフィカルがぎゅっとお腹に腕を回した。




