夜明けのお仕事4
阿修羅と一緒に足踏みをするだけのお仕事を終えると、外は日が暮れかかっていた。ヒトクイザケ造りをしていた作業小屋から出て新鮮な空気に深呼吸していると、今度は同年代らしき男子が数人寄ってきた。会釈をすると、その中のあっさりした顔の青年が話しかけてくる。なんとなく、現代であればサッカー部って感じ。
「お疲れ。あんた、初めて来るよな。足踏み疲れたろ?」
「どうも。なんで足踏み作業だってわかったんですか?」
「顔赤くなってるから」
頬を指さされて手で触れてみるとなるほど、いつもより温かくなっている気がする。ずっと顔を合わせながら作業していたので最中には気が付かなかったけれど、よく見てみるとタリナさん達も頬が赤くなっていた。
これはアルコール耐性が弱い人は出来ない作業だなぁとしみじみする。
「勇者の……なんてった、フィカル? と一緒にいる子だよな。名前何ていうの?」
「スミレです」
「変わった名前だな。あいつと恋人なわけ?」
「違います」
またそういう話か!!
ようやく阿修羅から逃げ切れた(明日も同じ作業なので、正確には逃げ切れていないけれど)と思ったら、カルカチアの若者は恋愛に興味津々のようである。
つい返事に変な力がこもってしまったが、相手は相変わらず歩きながら話しかけてきた。
「じゃあさ、これから一緒に飯でもどう? おごるからさ」
「宿でご飯が出るのですいません」
「女将さんに話しときゃ良いよ。トルテアで同年代って少ないだろ? せっかくだし遊ぼうぜ」
「あーはいはいそこまでー」
距離の近くなった青年をぺっぺっと払ってくれたのはタリナさんだった。
「この子あんま慣れてないんだからそういうのやめてよね」
「タリナさん」
「あのねスミレ、足踏み上がりの娘って昔っから男がよく引っ掛ける相手なのよ。ちょっと酔いが回ってる上にほっぺ赤くてかわゆーくなった女子と仲良くなりたい男がわんさか声掛けてくんの。だから律儀に返事しなくていいから」
「ひっでえなぁタリナは」
「アンタは毎年懲りなさすぎ」
なるほど、女子高の最寄り駅で無駄にたむろする男子高生みたいなものか。見回すとちらほらと同じような光景が繰り広げられていた。親しそうに喋っているグループもあれば、タリナのようにあしらっているグループもある。楽しそうに盛り上がる女子トークに入っていこうとして滑っているお調子者もいた。
その中でもテューサさんは一人でつかつかと歩いているにも拘らず、複数の青年から言い寄られていた。中には贈り物を持っている人もいるのに、テューサさんは競歩のような速さと氷の表情でそれをすべて無視していた。美人は大変ですなあ。
地元の女の子は街の反対に住んでいるとかでない限り自宅へ帰る。タリナさんはシシーさんの家に泊めてもらっているということなので、宿へと帰る私は途中で別れることになった。心配の言葉を色々と私へ述べたタリナさんは「テューサと一緒に帰ったら安全なんだけど」と言った。あの競歩に付いていく自信のない私はもちろん一人で帰る。
作業小屋から宿まではさほど距離があるわけではない。だるい足でも急げば10分ほどで着く距離だ。建物が近付いてきてホッとしていると、手首を掴まれる。
振り向くと先程声を掛けてきたサッカーしてそうな青年がいた。
「あのさ、タリナが言ってたことも間違いじゃないけど、この辺来て浅いんだろ? 仲間も紹介するし、ギルドのことも教えてやれるよ」
「えっ……と」
「美味しい店があるんだ。奢るしさ!」
親切心で言ってそうだし、美味しいお店も気になるっちゃ気になる。しかし残念ながら私は、初対面の男に詰め寄られて怖くないほど度胸が据わっていない。知らない人達に話しかけながら食事するのもちょっと苦手だ。
手首を握ったままの青年を相手にどう断ろうか迷ってると、空からフィカルが降ってきた。
「うわっ」
私と青年の間スレスレに降り立ったフィカルに驚いて、青年は手を離してそのまま数歩よろける。私もびっくりしたけれど、フィカルが手を掴んでいてくれたので尻餅は避けられた。
「ふぃ、フィカルさん? あなた今どっから来たの?」
フィカルはむっつり仏頂面で、すっと頭上を指差した。近くにある宿の3階の窓が開いている。マジであそこから飛び降りたのか。地面は平らに均されてはいるものの、固い土で覆われているというのに。
「びっくりした……え、あんたが勇者?」
こっくりと肯定したフィカルは私へと向き直り、いつものように両脇に手を入れて抱き上げた。ぎゅっと腕に力を込めたあと、フィカルが青年へと告げる。
「触るな」
あまり聞くことのないフィカルの声だけれど、いつもよりもやや低いような気がした。
青年はそれに瞬いて、それから肩を竦める。
「でも恋人じゃないって聞いたぞ。夕食くらいかまわないんじゃないか? なんならお前も来いよ」
「断る」
「付き合い悪いな、宿の飯は飽きるだろ? 別に二人っきりにしろとは言ってない」
「断る」
あれこれ言い募る青年を、フィカルはいつぞや王都から来た人々に繰り出したように「断る」の一手で押し切った。最後には青年もちょっと笑ってたくらいである。フィカルは私を抱え上げたまま宿の玄関から中へと戻り、軽快に3階分の階段を昇り、片手で扉を開けて中のベッドに座らせる形でようやく私を降ろす。
スタミナあるなぁといつものように感心してから、私は違和感に気が付いた。ベッドが大きなもの一つだったのに、今座ったのは小さな1人用で、もう一つ間を空けて置かれている。その間は背の高い衝立で仕切られていた。そもそも、私達の部屋は2階にあったはずだ。
「ん? ここ、部屋違わない?」
「変えたのよ!!」
閉まりきっていなかったらしい扉から、澄んで大きな声が響いてきた。
テューサさんが扉のところで仁王立ちしている。
「恋人でもないのにベッドひとつっておかしいでしょう! 母さんに言って今日出る人の部屋に変えてもらったのよ!!」
「あ、それはどうもご親切に」
「今は部屋がいっぱいだけど、一人部屋が2つ空いたらそっちに移動させるわ!!」
「断る」
「あ」
私が止める間もなくフィカルは先程と同じ戦法でテューサさんの話をぶった切り、ついでに扉も閉めた。鍵も掛けた。おっとりした大型犬のようなフィカルにしては情け容赦のない対応である。扉の向こうで地団駄を踏むような音がしばらく聞こえていたが、やがてテューサさんは足音荒く立ち去っていったようだった。
フィカルはむっすりとしたまま大股で窓まで近寄り木の扉を閉めて鍵をかけ、手際よくランプに火を入れて、私の前へと戻ってきた。手には洗面器と水差しを持っていて、濡らしたタオルでゴシゴシと手を擦られる。
それくらい、自分でやれますけども。
フィカルが仏頂面なので、その言葉は飲み込んでおく。
「えっと……とりあえずご飯を食べに行こうか」
「断る」
私も断られた。
地味にショックを受けていると、フィカルはしゃがんで私としっかりと目を合わせる。
「スミレ、待ってて」
「え、うん、わかった」
ふぅ……とフィカルが溜息を吐く。何やらお疲れのようである。知らない人も多いし、フィカルは私よりも絡まれることが多いので、地味にストレスが溜まっているのだろう。私を心配して
3階から飛び降りるといったこともしたし。
洗われて清潔になった手でフィカルの強張った頬を包んで優しくムニムニする。僅かに皺の寄った眉間を親指で解して、銀色の髪をわしわしとかき混ぜた。フィカルは目を細めて、ぐりぐりと首筋に顔を埋めてくる。しばらくそうしてから顔を上げたフィカルは、いつもの無表情に戻っていた。
もう一度「待ってて」と念を押したフィカルは水差しと洗面器を手に部屋を出る。
閉じられた扉の向こうで、ガチャンと鍵が掛かる音もした。
いや、鍵掛けるなら待つも何もないのでは……窓から飛び降りる選択肢でも考えられていたのだろうか。
魔王を倒した自分とか弱い女子高生を一緒にしないで欲しい。
ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/09/19、12/15)




