ガルガンシア、武者修行の旅9
「その、袖を通したものですまないが」
そう言ってリネルダさんが貸してくれた服は、白を基調にしたドレスだった。薄い青、薄い桃色とキャミソールワンピを重ねて、その上に白の薄いワンピースを着る。白のワンピースも胸元で結ぶリボンも細やかなレースで花びらのようだ。薄く織られた生地を重ねるスタイルのドレスはこの世界では正装としても認められているけれど、生地は綿などを使った普段着なのだという。ほんの少し膨らんだパフスリーブは肘上の長さなので、緑色が綺麗なカーディガンを羽織るとふんわりした色彩が締まって綺麗だった。
「うわぁ……かわいいですね!!」
「ほんとだーすっごくいい! スミレ似合うー!」
「リネルダさんさすがですー!」
リネルダさんが来るまで脱衣所でお喋りしていてくれたピリルカ達も、着替えた私を見て口々に褒めてくれる。てれてれとお礼を言ってから彼女達と分かれて、私とリネルダさんは同じ階にある部屋へと移動した。私が泊まっている竜舎は上の方なので、少し体を休めてから帰ったほうがいいとのアドバイスだ。確かに足がヘロヘロなのでありがたい。
ピーピー鼻を鳴らすアルをひとなでしてから、廊下を歩いてすぐの部屋に移る。
「わー、かわいい部屋!」
ガルガンシアは岩窟なので石材を基調とした部屋なため、部屋の入り口には木枠を嵌めてドアが作られている。通された部屋は壁や床にも木の板が貼られたカントリー調のような感じになっていて、花瓶にはドライフラワーが飾ってあったり、ヒカリホオズキにはレースで編んだカバーがかかっていたり可愛らしい。ベッドカバーも小さな竜のパッチワークが芸術品レベルだった。
「くつろいでくれ。散らかっていてすまないが、私の部屋が近かったので」
「リネルダさんの部屋なんですか?!」
どちらかと言うとクールであまり表情が動かない顔に、大きな体格と十分に付いた筋肉。騎士服姿がとても似合うリネルダさんがとても可愛い部屋に住んでいることに驚いていると、リネルダさんが少し顔を赤らめて私の視線から逃れるように顔を逸らした。
「その……すまない。気持ち悪いだろうが」
「えっ、なんでですか? 可愛いですよ。いい匂いするし」
「似合わないだろう。こんな男のような私が、こういう……」
視線を落とした先にあるリネルダさんの手は、大きくて節くれ立っている。貴族として魔獣と戦うためには有利になるような体格も手も、女の子としては少しコンプレックスに感じるのかもしれない。皮も固くなった手を開いたり握ったりしている顔は少し寂しそうできゅんときてしまう。なんだか私のツボを押さえている人かもしれない。
「似合わなくないですよ。リネルダさん、さっきも助けてくれたし、こんなに可愛いドレスも貸してくれて……可愛いものが好きなんですね」
「うん。……ありがとう」
ちょっと微笑むと、クールな表情が柔らかくなった。普通に可愛いじゃないか。
リネルダさんはそれからどこかへ行って、私のためにジュースを持ってきてくれた。疲れているけれど、何か飲んでおいたほうがいいと言って差し出されたそれは、野菜とフルーツを入れたスムージーのような感じの飲み物だ。もったりしていてしょっぱ甘いそれは一気に飲むのは大変そうだけれど、ミント系の葉っぱと氷が一つ浮いていて飲みやすいよう工夫されている。
リネルダさんは一つしかない椅子に座って、私はベッドで足を伸ばすように勧められた。背中に入れてもらったふかふかのクッションにも竜と卵の刺繍がしてある。私もフィカルのシャツに刺繍はするけれど、細かさが違う。これと比べると私のやつはあれである。シミが何に見えるかという心理テストに使われているやつである。
「えっ?! この服もリネルダさんが作ったんですか? 自分で? すごい」
「私はこんな髪色だし、体も大きいから自分では着られないけど、姉上様方に着て頂いたりするのだ」
「ああ……」
同じ姉妹でも、ミルカさんとリネルダさんでは体格が違う。身長も体格も大きいリネルダさんがお姉さんかと最初思ったくらいだ。
「でも髪は銀色で綺麗ですよ。ほら、私なんて黒ですし」
「しかし、太くて量も多いから」
「……濃いピンクとか、蛍光系とか似合うんじゃないですか? 結んでるなら編み込みでリボンを入れたら可愛いかも」
「え」
リネルダさんの大きなお裁縫箱を見せて貰って、似合いそうな色のリボンを探す。リネルダさんの銀髪は濃い灰色にも見えるので、それに負けないようなきぱっとした色のほうが似合いそうだ。いくつか選ぶと、リネルダさんが困惑した顔になる。
「いや、こんな色は似合わない」
「いっぱい使うと浮くかもしれないですけど、一筋だけこのへんで編み込んだら絶対可愛いですって」
「ま、待ってくれ」
「櫛どこですか櫛」
ふがふがと鼻息を荒くして、リネルダさんの結んであった髪を解く。それから左側にリボンもいれた編み込みを作ってポニーテールにすると、何だかモードっぽくてかっこよさと可愛さが同居した。
「いい!」
「いや、スミレ」
「すっごくいいですよ! かわいい! 鏡ないですか! 絶対みんないいって言いますよ!」
「落ち着いてくれ、スミレ。貴殿は疲れているんだ」
拳を握っていると、リネルダさんにどうどうと抑えられてしまう。疲れ過ぎていて逆に頭が冴えているのだろうと言われてベッドに寝かせられると、確かに体中の筋肉が軋んでいるような感じがした。
なるほど。ちょっとハイになっていたらしい。
「いやでもその髪型は可愛いですよ。取らないで欲しいです」
「わかったから。うわ」
私に同意するように、ジャマキノコが並んで出現した。普通の形のものとリネルダさんに向けてやや曲がって生えたものが交互に並んでいるので、なんだかウンウンと頷いているようにも見える。
「あ、すいません。ジャマキノコが憑いていて……」
「ああ。この辺りのものと少し違いがあるが、妖精に好かれているのか」
「スープに入れると美味しいですよ。竜達のおやつにもなるので」
カワイイ雰囲気の部屋なので、ずんぐりしたフォルムと2つの目玉模様のついたハロウィンカラーが何だか馴染んでいる気がする。ジャマキノコも気に入ったのか、あちこちにぽこぽこと生えていた。目を離した隙に生えるという割と迷惑な生え方をするジャマキノコだけれど、リネルダさんは動じず怒らずみんなに配ると言ってくれた。
「しばらく体を休めたほうがいいだろう。眠ってくれても構わない」
「そう言われるとなんだか眠くなってきました」
「無茶をさせてしまってすまない、姉上様は日頃男ばかり訓練しているし、体の弱い貴殿には辛かっただろう」
「イエ……」
弱いというか、ここの人達が強いんだと思います。
しばらく寝てから送ってくれるというので、いい匂いの部屋でふかふかの布団にくるまってウトウトする。リネルダさんは机に向かって静かに手仕事を始めて、そのかすかな音を聞きながら夢の世界へ入ろうとする途中に、ドンドンドンとドアが叩かれてパチっと目が覚めた。
この間髪入れない感じのノックはフィカルだ。今にもドアを破らんばかりに叩いている。
「すいません、フィカル……夫が」
「ああ、待て、今開ける」
リネルダさんが返事をすると、一応ノックは止まった。それにしてもどうやってここを突き止めたのだろうか。アルがいるからかな。
「スミレ!」
ドアが開くやいなや、フィカルが部屋に飛び込んできた。