ガルガンシア、武者修行の旅4
北西の街ガルガンシア、別名「岩窟の要塞」。
エアーズロックのような見た目が、その名に恥じない堅牢さを物語っていた。垂直に切り立った巨大な岩壁は魔獣の侵入を防ぐため下部に入り口が設けられている以外に穴はなく、上部に見張りのための小さな小屋がいくつか建っている。高さがそう高くないのは、この地方に多い半地下型の住居だからだろう。
「フィカル、すごく大きいね! 王都より少し小さいくらいかな? すごくキレイな形だけど、最近補強したのかな。あんなに大きい建物を作るなんて本当にすごいね。チリュウが働いてるところも見れるかな?」
この街を内包する巨大な岩はその昔、オオリュウ系のチリュウが作ったと言われている。昔から従えたチリュウと共に内側を削って街を作り、襲撃で崩れる外側を補強してここまで巨大化したらしい。ずっと昔から人と竜が作り上げてきた街。ロマンが溢れ出ている。
アルのように鼻息が荒くなってしまった私を伸びてきたフィカルの手がなだめるように撫でた。ちょっと熱くなりすぎたようだ。
「あ、見て、竜達が帰ってきてる」
どこかに討伐にでも行っていたのだろうか、数匹の竜が羽ばたいてガルガンシアを目指していた。ゆったりと翼を動かしながら弓なりに隊列を作る姿は壮観だ。
「あれは野生の竜だ。アル、来い」
「ピーギャッ!」
「えっ、えっ?!」
「スー、街へ行け」
剣を抜く音が聞こえたと思ったら、アルを呼びつけたフィカルがあっという間に飛び立ってしまった。唸るスーにガルガンシアの方を指してから、フィカルを乗せたアルがぐんぐんと竜の集団へと向かっていってしまう。
「え、えぇ〜……!!」
竜の襲撃って、あんな集団で来るものなの? 危険すぎない?
一体を相手にするだけでも竜騎士団が苦戦するというのに、遠目に見ても5匹以上はいる。アルは仔竜だし、フィカルだって旅装に剣と弓を背負っているだけだ。
「とにかく急いで知らせないと。スー、頑張ってあそこまで飛んで」
「グルギャ」
加速したスーの上で座席に捕まりながら、ポシェットに入れた笛を取り出す。大きく息を吸ってそれに吹き込むと、プピー! と間抜けな音がした。スーがますます喉を唸らせているけれど、私はもう一度吸って大きくそれを鳴らす。
人間には間抜けな音にしか聞こえないけれど竜にとっては不快な音が混ざるこの笛は、人に従っている竜でも隙をみて壊そうとするほどイライラする音らしい。スーでさえも笛を見るとガチガチ牙を鳴らすほどの音はガルガンシアにも届いたらしく、近付いてきた岩の上部から竜の騒ぐ声が聞こえる。やがてその竜達は人を乗せて飛び立っていった。その先にはアルを使って襲撃しに来た竜達を撹乱させているフィカルがいる。
スーは不機嫌そうに唸りながらも、岩窟の上部へ降りようと高度を下げて足を伸ばした。岩窟の上部は周囲は岩壁より一段下がった場所に竜が発着できる屋上部分があり、中央には吹き抜けの穴が空いていた。岩壁の部分にいくつかドアがあるのでそこから行き来できるようになっているのだろう。
慌ただしく竜騎士たちが行き交う中に降り立つと、途端に大声がぶつけられた。
「てめえ! 竜がいるってのに逃げ込んできたのか臆病者がっ!! この街に泊まりたきゃ討伐に加わってこい腰抜け野郎!!」
ひええ。
「……こ、と、ほ、星3つなんで許してください……! お、夫が、討伐に」
ライオンが吠えたような迫力に吹き飛ばされそうになりながら説明すると、ムキムキのおじさんは「あァ?!」とメンチを切っている。イライラしたスーが唸り声をあげて大きく尻尾を打ち鳴らすけれど、それに一歩も怯む様子はなかった。
ビクビクしながら慌ててギルドカードを出す。ついでに竜愛会に貰った会員カードも一緒に鞍の上から投げると、ガラの悪いおじさんたちがキャッチしてしげしげと眺めていた。
「おい、本当に星3だぞ」
「よく見りゃ小せえじゃねえか。子供か?」
「なんで竜に乗ってる」
「こりゃあれだろ、たまに来るあの変な奴らの」
「そういや坊が変わった客が来るっつってたな。アンタがそうか?」
一生懸命頷くと、ガラの悪いおじさんたちが笑顔になった。いや、笑顔も何かガラが悪いけれど、雰囲気が途端にフレンドリーになる。周囲で様子を窺っていた人達も空気を緩めて普段通りに動き出していた。いきなりの空気の変化に戸惑っていると、ドアの方から大声がまた飛んでくる。
「おい! 寄ってたかって女をいじめんじゃねえよ! どけどけ」
「デギスさん!」
荒くれ者達をかき分けてやって来たのは、私とフィカルを呼んでくれた張本人だった。浅黒い肌にいぶし銀の短髪、いかつい顔にムッキムキの体まで相変わらずである。ただ、周囲の人のムキムキ率も高いせいか、なんだかデギスさんが普通体型のように感じるのは気のせいだろうか。自分が干からびたもやしのように感じる。
大きな斧を背負って鎧姿のデギスさんは、ニヤッと私に笑いかけた。
「よお、元気そうじゃねえか。フィカルは上か?」
「はい。アルと一緒に」
「なら大丈夫だな。お前は中に入ってろ。おいてめえら! 待機はしなくていいぞ!! 場所を空けておけ! 勇者様がお出ましだ!!」
今迎撃している竜騎士達が負けた場合に備えていた人々が、デギスさんの声にどよめく。それでもデギスさんが更に喝を入れるとテキパキと動き出していた。
「穴蔵で悪いが竜舎もある。人間が住むのは竜の下だが入ってみると居心地は良いぞ」
「ありがとうございます」
吹き抜けの大きな穴の際まで歩いていったデギスさんが、スーとアルのための竜舎を教えてくれた。今いる屋上のすぐ下の部分、岩で区切られた空間が並んでいるのが見える。最上部は客のための竜舎らしく、その下にある階層からは顔を出している竜もいた。吹き抜けに面している部屋は地上部分がすべて竜舎のようで、真下に噴水のようなものと小さな人影が見える。
よく見ようと座席から降りようとすると、スーが嫌がるように唸って屈めていた体を持ち上げた。私が降りないようにしているらしい。
「スー、大丈夫だよ。この人達も何もしないよ」
グルルルル……と唸ったスーは、それでも私が降りるのを許さなかった。ゆっくりと見回すように動いて、人が近付こうとすると尻尾を揺らして遠ざけている。
屈強な人達が多いからか知らない竜が多いからか、周囲を警戒しているようだ。示された竜舎にも入ろうとせず、鼻先を空に向けては周囲に睨みを利かせていた。
「おいおいお嬢ちゃん、さっさとそいつを入れてくれよ」
「すいません、フィカル……主が来るまで動かないみたいです」
「はァ? じゃあんた、なんで乗ってんだ」
主がいない竜に誰かを乗せるというのは普通ではありえないことなので、ガルガンシアの人達が物珍しそうにこっちを見ている。スーはそれにイライラするかのように尻尾を鳴らす。さらにスーに反応して待機している竜たちがざわざわして、またスーがより大きく唸る。
デギスさん達が野次馬を蹴散らしてくれたけれど、竜に慣れている人達だからかそれでも距離が近い。スーをなだめるために声を掛けているけれど、ガルガル警戒モードは解除されない。
だめだー。フィカル、早く戻ってきて。