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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
完結後も続いていくこんな異世界じゃ編
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フィカルのいいところ

「あ、明日は泊まりの会か」


 霧の濃いある朝、ふと思い出すとフィカルが表情を微妙に崩してぎゅーっと抱きついてきた。たったの一泊、しかも同じトルテアの街中で泊まるだけなのに随分と寂しんぼうである。泊まる前も泊まった後もくっつき度が高まるけれど、それでも外泊を許してくれるのは私のことを思ってなのだろう。


「フィカルもたまには一人で泊まりに行っても良いんだよ」

「必要ない」

「ほら、一人になりたいときとかない?」

「ない」

「そ、そうですか……なんかごめんね、私だけ」


 月に一、二度くらいの頻度で、私はお泊り会に参加している。女子会というかパジャマパーティーのようなもので、日頃家事を受け持つことが多い女性が息抜きする夜として習慣化しているものらしかった。場所の問題からもそれほど大人数で集まるということも難しいので、トルテアの中だけでもお泊り会はいろんなグループがあるのだった。


「フィカルと一緒にいるのがイヤとかじゃないからね。みんなとお喋りするのも楽しくてね」

「わかっている」

「すぐ帰ってくるからね。明後日は頑張ってご馳走つくるから」

「待っている」


 フィカルはほんの少し目を細めて笑った。優しい。そしてかっこいい。

 明日みんなに話して自慢しよう。


 いつも仲良くしているシシルさんやタリナさん達とお喋りをする会に参加することもあるけれど、私が最近よく行っているのは「アツアツ新婚嫁の会」である。

 文字通り新婚の女子がメインで集まる会だけれど、ラブラブな夫婦やカップルであれば新婚でなくても構わないというのんびりした会で、夜通し夫や彼氏のことについてのろけるのである。


 料理のレシピを教え合ったり服の縫い方などを習ったりすることもあるけれど、基本的にノロケがちょいちょい入る。このレシピはうちの旦那がいつも以上に美味しいって褒めてくれたやつで〜とか、この服着て出掛けたら旦那がヤキモチ焼いちゃったの〜とか、隙あらばのろける。どんなきっかけも逃さずのろける居合斬りのような夜である。初めて参加したときはアツアツっぷりに圧倒されたけど、今では私もフィカルのことをのろけられるようになった。

 この会の良いところは、どんなにのろけても冷やかされたり呆れられたりしないところである。誰かがのろけても、いいね〜素敵な旦那様だね〜と褒めるし、普通は幸せな悩みだとあんまり相談に乗ってもらえないようなことも真剣に話し合ったりする。


 私の夫であるフィカルは勇者になるほど強いし、頼むとなんでもやってくれるし、言葉はあんまりないけど愛情表現もたっぷりやってくれるのだけれど、それが街の人にも広まりすぎていて普段は「あんたのとこは良いよね〜」でなんでも済まされてしまうことがあった。いつもべったりしていてたまに困る時があるというような話もノロケだと言われてスルーされるとちょっと寂しいし、みんなが既に知っているとしてもフィカルのやってくれた嬉しいことを聞いて欲しいときもある。そんな時にこの会に誘われたのだ。


 フィカルは間違いなく街一番どころか国一番で素敵な夫なので自慢すると顰蹙を買うのではないかと恐る恐る参加してみると、全然そんな心配をする必要はなかった。というか、全員がそういう気持ちを持って参加していた。うちの猫が一番可愛いみたいなノリで、うちの旦那様が世界一ステキだと思っている嫁ばっかりなのである。全員そう思っているので、誰かが物凄くのろけても(でもうちの夫が一番だけど)という謎の余裕が共通認識としてあるので張り合ったり否定したりもない。


 会の基本はとにかくのろける。あれこれのろけるために、日頃から夫のいいところを見つけて覚えておこうという気持ちになるのもこのお泊り会に参加し始めてよかったことのひとつだ。


「この間の小芋と挽肉のグラタンどうだった? みんなに教えても大丈夫なレシピかな?」

「スミレの料理は何でも美味しい」

「やったー。また作るね」


 フィカルは結構褒め上手である。フィカルと私が離れるようなこと以外であれば、基本的に何でも肯定してくれる。特に料理を褒めてくれるというのは重要なことだと思う。レンジも冷蔵庫もない、炒めものも煮物も暖炉の火という状況で、最初の頃は私もビミョーな料理を量産していた。それでもめげずにここまで料理を頑張れたのはフィカルがぱくぱく食べてくれて褒めてくれたからということが大きい。フィカルは割とすごい味の料理でも食べられるけれど、ちゃんと好みもある。少しずつ好きなものを把握してきたので、フィカルの好物を作り出すのも楽しいのだ。


「ちょっと霧が濃いし、晴れるまで家にいようか」


 食材もたっぷりあるし、仕事も受けていない。霧のあるうちはゆっくりしてもいいだろうと提案すると、フィカルは腰につけていた剣を外していた。どうやらしばらく霧は晴れないようだ。

 いくつもある小さな花瓶を洗って水を入れ直すと、走り回っていたアネモネちゃんがジャマキノコを足がかりにしたんしたんとジャンプをしてシンクまでやってきた。花瓶のひとつを手に持って近付けると、よっこいしょとアテレコしたくなる動きで水に浸かり、そのままテーブルに運ぶとわさわさと葉っぱを振っている。指でその先に触れてから、残りの花瓶を家のあちこちに置いていった。フィカルも手伝ってくれて、一緒に2階に上がる。当たり前のようにいつも手伝ってくれるけれど、ありがとうと伝えるとフィカルが少し目を細めてこっくり頷くのもいい。


「すごい霧だね。窓開けっ放しだと部屋が濡れちゃいそう」


 二階の窓から外を覗くと顔がしっとりする。揃って鼻先を伸ばしてきたスーとアルの鱗にも水滴が付いていた。好きに遊んでおいでと手を振ると、スーはつまらなさそうに鳴いて霧の中を飛び立ち、アルもそれを追いかけていく。

 ぼんやりと曇っているせいか外は暗く、窓を閉じると更に真っ暗になる。振り返ると、フィカルがランプを付けてベッドサイドに置いてくれていた。


「何か朝なのに眠くなってくる天気だよね。今日はゴロゴロしようかな」


 手抜きの一日というのも魅力的である。フィカルもこっくりと頷いてくれた。シャキシャキ動くときは物凄く手際の良いフィカルだけれど、こうやってのんびり過ごすのが好きなところもかわいい。フィカルはこうしてのんびり過ごしているときの表情がとてもいいのである。少し眠そうな、ぼんやりした表情は他の人がいるときにはしない表情なので見れると嬉しい。


 フィカルは私を持ち上げベッドに乗せて、自分もその隣に寝転がった。フィカルお手製のベッドは広々していてゴロゴロするのにも向いている。いつもはくっついて寝ているので狭く感じるけれど。

 マシュマロクッションを背中に積んで座り読みかけの本を読んでいると、開いたドアから下にいるアネモネちゃんがしたたたと走る音がほんの少し聞こえてくる。風もなく静かな中に響く小さな音と、ページをめくる音だけが聞こえていた。


 ふと隣を見ると、フィカルが眠っていた。銀色のまつ毛が大人しく伏せていて、わずかに呼吸で動いている。掛け布団の上に寝転んだまま体の力も抜いていてとてもリラックスしているのがわかった。熟睡しているフィカルを見る機会が増えてきたのも嬉しいことだ。フィカルはイケメンで、しかもどの角度から見てもイケメンというすごい造形なのである。寝ていても見応えがあって好きだった。紺色の綺麗な瞳も大好きだけど、普段見られない表情を垣間見るのはいつになっても楽しい。


 本をそっと置いてフィカルの隣に寝転ぶと、大きく息を吸ったフィカルがこちらに寝返りをうって私を捕まえた。下の腕は私の枕になって、反対の腕は私の背中をゆっくり撫でて止まった。起きるかと思ったけど、そのまま深い呼吸に戻っている。眠ったままでも私を捕まえようとするフィカルにニヤニヤしてしまう。


 じっと寝顔を観察していても起きないので、随分しっかりと眠っているようだ。ちゅーでもしてみようかと考えていると、ゴロゴロと遠くの空が鳴った。その途端にフィカルがぱっちりと目を覚ます。ちいさい雷に耳を澄ませるように宙を見て、それから大丈夫だと思ったのかとろんと瞬きをした。暗い部屋でいつもより濃く見える紺色の目が、私をじっと見つめてゆっくりと笑い、そのまま閉じる。すぐにまた眠り始めたフィカルの表情が、先程よりも柔らかいものになっていた。


 そんなに嬉しそうな顔をしてもらえると、私も幸せです。

 今日一日でものろけのネタが沢山集まってしまった。明日みんなに話すのが楽しみだけれど、こんなにゆったりした幸せの時間に浸かっているとフィカルと離れるのも寂しくなってしまう。たった一晩なのに、私もフィカルのことを笑えないのだった。

 ぎゅっと抱きつくと、フィカルの腕が私の背中をそっと撫でた。顔をくっつけた胸元から伝わる温かさと呼吸音を聞きながら、私も眠気に逆らうことをやめた。






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― 新着の感想 ―
こんな幸せな日常を得たフィカルのことを、若い日の後悔?悩んだように思い出すフィアルルーさんに伝えることができたらいいのにね。フィアルルーさんの言ってたような「いつか」を手にできたのだと。
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