赤子大騒動18
「スミレ、フィカル、共にご苦労だった。漬けたばかりのもので悪いが持っていってくれ」
「わぁーユユノ鳥の塩漬け! ありがとうございます!」
ルチアさんは旅立ちの準備をする私達に大きな壺をくれた。
ユユノ鳥はふっくらと丸い渡り鳥で見た目と反して肉が硬く、塩漬けにして食べるととても美味しい鳥である。長く漬けた方が熟成が進み美味で流通するものは2年もの以上がほとんどだった。ルチアさんは10キロほど入ってそうな壺をくれたので、半年後くらいから少しずつ食べて熟成具合の違いを確かめてみてもいいかもしれない。
巻き込まれたお詫びとしてくれたのだろうけれど、赤ちゃん達は可愛かったし、美味しいものを貰ったしでトータル的に得をしている気がした。恐縮していると、ルチアさんが遠慮をするなと笑う。
「訓練を怠っているつもりはないが、やはり日常的に大型魔獣の討伐をしている竜騎士団と比べると我が団は力でも数でも劣っていた。フィカルがいたからこそ、街に大きな被害もなく事を収められたことも感謝している」
時計塔の壁に開けられてしまった穴は、今レンガで補修中らしい。元々人の出入りがほとんどない建物なので、タラチネの住民も普段通りに生活しているということだった。竜のほとんどいない地域であんな大立ち回りがあったので最初はパニックになる人もいただろうけれど、ルチアさんを始めとしてお城の人が素早く事態の収拾にあたったのだろう。
チリュウが在籍する竜騎士団は少ないので、ああやって壁を壊す技術は初めて見た。割とピンポイントで破壊させるのは教えるのが難しそうだけれど、アルに覚えてもらうと空き家の解体作業の仕事などで使えそうだ。フィカルはフィカルで竜騎士団を相手に戦ったことで何か考えるものがあったらしく、そういった面でも収穫は多かったのかもしれない。
ユユノ鳥の入った大きな壺をしっかりとスーの鞍に縛る。赤ちゃん達を乗せてきたカゴは用済みになってしまったしここで使ってもらおうかとも思ったけれど、アルがフガフガ嗅いで気に入っているようなので持って帰ることにする。アルの鞍に結んであげると、ピカピカした目で後ろを振り返ってはスーの方に擦り寄っていた。スーはアルが近付きすぎるとドスンと鼻先でどついていたけれど、竜達相手にちょっと暴れたことで気が済んだのか大人しく私達が乗るのを待っている。
「じゃあ、また今度竜を診せてもらいに来ますね」
「ああ、予定が決まれば手紙を送ろう」
フィカルに持ち上げられて鞍に座り、ルチアさんに手を振る。スーが翼を動かすと、アルが追って地面を蹴った。太陽は少し高くなってきていたけれど、帰りは赤ちゃんもいないので頻繁に休憩する必要もなくそう遅くなる心配はない。行きと比べて手持ち無沙汰な旅に感じられてしまって、たった数日のことなのになんだか懐かしく思えてしまった。
「赤ちゃん達、元気に育つといいね。テルネさんも。レルネル様も、ちゃんと反省していいお父さんになってくれたらいいけど」
まっすぐトルテアを目指すスーに舵取りを任せて私のいる座席の正面に座ったフィカルが、おまけに貰ったノノを剥きながらこっくりと頷く。ナイフで手を汚さないように上手に剥いたノノを、私の口にせっせと詰め込んでいた。
「フィカルも大変だったよね。赤ちゃん達のお世話、どうだった?」
相変わらず表情筋が仕事をサボリ気味のフィカルなのでいつも通りに見えたけれど、フィカルは色んな能力が高いが故に嫌なことでもサラッとこなしてしまうのである。最初はフィカルにしか懐いていなかったのでお世話を任せっきりになってしまったけれど、赤ちゃんに触れ合うのも初めてだと言っていたので疲れていないか少し心配だった。
フィカルは自分の口に入れたノノを噛みながら少し考えるように遠くを見て、それから頷いた。
「良かった」
「え? 良かった? 赤ちゃん達のお世話楽しかったってこと?」
「有意義だった」
「有意義?」
これから私達に子供ができたときの練習になったということだろうか。首を傾げていると、布でナイフをさっと綺麗にして仕舞ったフィカルが、座席の中にいる私に腕を伸ばしてぎゅっと抱き寄せる。フィカルが私をぎゅっとするのは割と日常茶飯事なので特に驚きはないけれど、スーが飛んでいる最中に座席から自分の膝に引っ張り出すのは珍しい。
じっとされるがままにしていると、すりすりと額を寄せたフィカルが私の顔を見て頷いた。
「手がふさがっていても、おおよその生活に支障はないとわかった」
「……いや、あるから。支障、あるからね?」
私が訂正をしようとしているのに、聞いているのかいないのかフィカルはまたすりすりと満足そうに私を抱きしめていた。
フィカルがまた何か間違った知見を得ている気がする。
「あのね、一応言っておくけど、私は赤ちゃんでもないから一人で歩けるし、羞恥心も人並みにあるし、もう今まででも十分抱っこされすぎだからね? 聞いてる? フィカルねえ聞いてる?」
変に暴れると空の上なので怖いし、更にどれだけ暴れようがフィカルがそうと決めない限り逃れられたことはない。ムニムニとほっぺを摘んで言っているのに、フィカルは少し目を細めるだけだった。ここしばらくの密着度の低さを取り戻すかのように、私の背中にはしっかりガッチリとフィカルの腕が回されている。
「ねえ、フィカル? いくら街の人達にもスルーされている状態だからって、これ以上イチャつくのは流石にね? ほら、手を繋いで歩くのも楽しいと思わない? フィカルさんってば、ねえねえ」
無駄なものの一切ないフィカルの体は力を入れるととても硬いけれど、彼の心は更に硬い。赤ちゃん達以上に厄介な案件がこれから待ち受けているのではないかと確信めいたものが私の顔を引きつらせた。
一生懸命私は説得を続け、フィカルは楽しそうにぎゅうぎゅうと私を抱きしめ、スーは機嫌良さそうに喉を鳴らしながら翼を広げて滑空する。その周りを飛び回っていたアルが、くるりと宙で一回転した。