赤子大騒動17
トフタニカの竜騎士団がタラチネの街で一般人を襲ったこと、レルネル様が子供を拐おうとしたこと、そしてテルネさんがそのために子供を置き去りにしたこと。領地を超えて行われた揉め事なので、それぞれの身柄は第三者でありより王都に近いラタの街で預かり、王都議会の沙汰を待つことになったそうだ。
普通、家を継ぐ必要のある貴族の子供は離婚することになっても貴族の家が引き取ることが多いのだけれど、王都議会から派遣されてきた人によるとトフタニカには既にレルネル様の兄弟の子供が何人かいるので絶対にそうする必要はないということだった。そのことについて、トフタニカ家からも人を呼んで改めて話を聞くとのことだった。
レルネル様と赤ちゃん達を抱いたテルネさんはそれぞれ別の馬車でラタの街へ移動することになったらしい。翌日の朝、お互いに顔を合わせたときは2人とも長いこと何も言わずにただ立っていた。
「……テルネ」
話をするには少し離れた場所からレルネル様が声を掛けるけれど、テルネさんは守るように赤ちゃん達を抱いて顔を逸らす。尊大な態度だったレルネル様の顔が傷ついたように見えたのは、物理的に痣だらけだったせいというわけでもなさそうだ。手を伸ばすと赤ちゃん達がふぇと顔を歪ませたので、テルネさんは背を向けるように動いて腕を揺らしている。レルネル様はそれをしばらく眺めてから、移動の馬車に自ら乗っていた。
レルネル様の乗った馬車が先に街道を駆けていくと、テルネさんはそれを振り向いて砂埃の向こうをじっと眺めていた。それから、私達の方を向いて深々と頭を下げる。
「ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。この子達を守ってくださって、本当にありがとうございました」
「赤ちゃん達と遊べて楽しかったです。あの、これから大変かもしれませんけど、頑張って下さい。うまくいくように祈ってます」
「ありがとうございます。頑張ります。この子達のためにも」
この2人の心がどこにあるのか、部外者の私にはよくわからないけれど、みんなにとっていい方向にいくといいなと思う。
「セト、ニサン、元気でね」
「だーどぅっ」
セトが手を伸ばして私の腕をポンポンと叩き、アルを指差している。私の後ろの方にいるアルは、テルネさんが怖がっているので少し離れたところからこっちを覗いていた。赤ちゃん達は竜が大好きだというと信じられないとテルネさんが顔を青くして絶句していたので、あの大きな口の中に預け入れしてしまったことについてはそっと心の中に仕舞っておくことにした。
待機している馬車に乗ろうと歩き出すテルネさんの腕の中で、赤ちゃん達が不思議そうにしている。テルネさんが馬車に乗ろうとするとお別れだとわかったのか、ぐずり始めてびえんびえんと騒がしくなった。顔を赤くくしゃくしゃにしながらこっちに手を伸ばしている。
「わー私も寂しいよー! 可愛いよーまた会おうねえ」
テルネさんにお願いして一人ずつ抱っこさせてもらう。よしよしと背中を撫でて、それからフィカルに渡すとフィカルもぽんぽんとお尻を叩いていた。まだ泣いている赤ちゃん達と別れるのは悲しいけれど、手を振って見送る。
「落ち着いたらぜひお手紙下さい。セトとニサンと、テルネさんもお元気で」
「はい、必ず。また会ってやってください」
「うちは竜がいるので、どこでも会いに行きますね。セト、ニサン、どぅーどぅーもバイバイって」
アルを手招きすると、スルスルと近寄ってきて馬車の窓に鼻先を寄せた。びえびえと泣いている赤ちゃんを心配してフガフガと鼻を鳴らしている。馬車が出発するとついて行きたそうにしていたけれど、動かない私と馬車を何度も見比べてから隣に戻ってきた。小さくなる馬車をじっと目で追いかけて、それから伏せて私をウルウルした目で見上げてピーピーと鼻を鳴らす。
「お別れ寂しいね〜また会いに行こうね」
「ピギューゥ……ピェーゥ」
ギュッと抱きつくと、ピーピー鳴きながらアルが目を瞑る。テルネさんはきっと手紙をくれるだろうから、事が落ち着いたら会いに行きたい。その時は私を覚えててくれるといいけど。
ピーピーと甘えてくるアルとは対象的に、グルグルと唸り続けているのはスーだ。
フィカルの背後の方、離れた場所でじっとしている竜達に威嚇を続けている。その竜達のすぐ近くで、トフタニカの竜騎士達が途方に暮れた顔をしていた。
竜は強いものに従う。普通、竜同士では勝敗が決る前に負けそうな方が逃げ出すし、そうでない場合はお互いが死ぬまで戦う。両方が生き残った場合は、己よりも強い相手に対して頭を垂れるのである。
竜騎士ごと竜をなぎ倒してしまったフィカルに、トフタニカの竜達が恭順の意を示そうとしていた。
「なんだかとても面倒なことになったね、フィカル……」
一騎当千でやっつけた当のフィカルはいつも通りの顔で首を傾げている。興味も執着もない主に代わって、スーがガルガルと怒っていた。そっと歩み寄って頭を垂れようとする竜に、勢いよく飛びかかっては蹴散らしている。スーは私達には甘えるけれど、こと竜に関してはとても排他的である。
炎を使ったり相手の竜に大怪我をさせたりはしていないけれど、怒ったスーの鋭い牙や爪がトフタニカの竜達の鱗をいくつか剥がしていた。あれ、後で貰えやしないだろうか。
「このままだとスーがまたあらくれちゃう」
フィカルに訴えると、小さく溜息を吐いてから「スー」と呼んだ。そんなに大きな声ではないけれど、スーは聞き逃さずにササッと戻ってくる。ぐいーっと鼻先を抑えて大人しくしていろと言われたスーが、文句をいうようにグルギャワウと口を閉じたまま不満を表明していた。フィカルはそれを気にせずに、スタスタと竜と竜騎士達の方へと歩いていく。スーがそれを見て素早く立ち上がり、ハワワワと翼と小さい手を動かしながらフィカルと竜と私を交互に見た。
「大丈夫だよ、多分」
お腹をぽんぽんと叩いてあげてもスーは不安そうなままフィカルを見つめている。
フィカルが近付いてくると、竜達は揃って前に出る。頭を下げようとしたその竜達をフィカルは素早く剣で叩いていった。竜達の悲鳴と竜騎士達の悲鳴が重なったけれど、よく見ると鞘ごと殴っている。
「迷惑だ」
竜達が近付こうとするたびにビシバシと叩いているので、とうとう竜達はフィカルを諦めたようだ。プルプルと羽を震わせ、竜騎士達が引く手綱で渋々と歩き出していた。フィカルはやれやれというように剣を腰に戻してこちらへ引き返し、スーがもう来るなと言いたそうに竜達に牙を剥いていた。
レルネル様に従ってやってきたトフタニカの竜騎士達は、タラチネとラタの竜騎士団に連れられてトフタニカへと戻される。王都議会が下す罰とは別にトフタニカ竜騎士団からの罰が下るだろうと言われていた。やむを得ない事情を除いて竜に騎乗して人を襲うことには厳しい罰則が与えられる。命令されていたし、人を傷付けるためではなかったけれどそれは言い訳にはならないとルチアさんが言っていた。圧倒的な力を持つ竜を従えるということはそれだけ責任を伴うことでもある。
彼等は竜に乗ることを禁じられ、歩いてトフタニカまで帰るらしい。フィカルに負けた竜達が竜騎士に対して従い続けるかわからないのでタラチネとラタの竜騎士達が常に彼等を警戒し、トフタニカにいる他の竜騎士達も合流しようとこちらへ向かっているそうだ。さらに万が一のためを考えて街道を使わずにトフタニカまで帰らせるらしい。野宿ばかりをしながら街と街の間を迂回して西まで帰るのはそれだけでも大変だ。
ルチアさんは領地番なのでタラチネに残っているけれど、竜騎士達の多くがトフタニカへと発ったのでお城は随分と静かになってしまった。あんまり長くお邪魔してもいけないので、これから私達も出発する予定だ。
「そろそろ行こうか、あんまり遅くなってもよくないし」
声を掛けると、グルグルと擦り寄るスーを押しのけていたフィカルがこっくりと頷いた。




