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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
とくにポイズンしない日常編
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夜明けのお仕事1

 日中は汗ばむような陽気の日も増えてきた。けれども、朝晩であれば上着を羽織らなければいけないくらい冷え込みがひどい。雨季を過ぎると日が落ちても暖かくなると皆が慰めてくれるけれど、寒暖の差が微妙にテンションを下げてくるのだった。特にトルテアの家は漆喰に木窓と簡素な作りをしている。昼はもう暖かいのに、夜に寒さで目が醒めたときなど、現代日本はなんと恵まれた生活だったのかと思う。


 とはいえ、ここ数日私は非常に穏やかな眠りを得ることが出来ていた。

 湯たんぽが抱きついてきているからである。


「……フィカル……」


 ゆさゆさと私を起こしにかかっている湯たんぽに私は目を覚ました。家の中はまだ真っ暗で、窓の隙間からもまだ日光が入り込んでいない。ほんの遠くで鳥が騒ぎ始めた、まさに夜明け前だった。


「あぁー……起きねば……寒い……眠い……」


 伸びをして掛け布団からはみ出た手足が寒くて、ぎゅっと丸まってついつい唸ってしまう。私の背後にいる湯たんぽがそれに合わせて背後を包むように身を縮め、長い腕を前に回した。非常に温かい。しかしやや重い。そして太陽は待ってくれない。

 サイドテーブルに置いてある洋服に手を伸ばし、布団へと引きずり込んで腕の中で温めてから起き上がる。早起きに備えて、パジャマではなく普通のインナーである半袖シャツと薄手のズボンを着ていた私は、その上にワンピースを着てウエストを帯で締めれば着替えは完成だ。いまだに私を布団へと引き戻そうとする湯たんぽの誘惑に負けないように立ち上がると、もぞもぞと掛け布団が動いて、湯たんぽ改めフィカルが顔を出した。光に当たれば虹色に光る銀の髪が、いつもよりも奔放に跳ねている。両手を使ってそれをほぐしてあげると、目を細めて無表情のフィカルがはぁと溜息を吐いた。


「おはよう、フィカル」


 こっくりと頷いたフィカルは不満そうに私を見上げ、それからのろのろと準備を始める。水差しの水で顔を洗って、ウエストポーチを付ければ準備万端。帯剣したフィカルに声を掛けて部屋を出ると、既に朝食のいい匂いが漂ってきていた。

 1階の食堂に顔を出すと、それぞれ腕に2つずつ皿を乗せた女将がニッと笑った。


「さぁ、とっとと食べてさっさと働きな!!」


 私とフィカルは今、カルカチアという街に滞在している。

 トルテアから西へ馬で四半日ほど行ったところにある隣街で、街の周辺部は畑が多く小さな林もありトルテアと雰囲気が似ているが、中心部は交易で賑わっている。東南端にあるトルテアに比べると大きい街だった。

 農業が盛んなこの街周辺部では、今収穫の最盛期を迎えている作物がいくつかあった。その多くはカルカチアの街の人々の手で収穫されていたが、収穫した作物が多くなるに連れ王都などの他の街へ輸送する人や商人へ売り捌く人手が必要になる。その埋め合わせに依頼された収穫作業の依頼をトルテアの人々が請け負っているのだ。


 フィカルの稼いだお金で、働かなくても生きていける程度には余裕がある。けれども、ここでは助け合いが何よりも生活上で大切にされていた。自分だけの生活を考えていればいいわけではなく、親しい相手も楽しく生活できるために手を貸す。魔物の被害などがある世界だからか、そういった繋がりが密になっている。もしかしたら日本でもそういったことが大事だったかもしれないけれど、高校生としてはあまり実感したことがなかった。


 なにより、ギルドに所属して色々な仕事をしてよくわからない生き物や植物を知っていくのは純粋に面白い。この間、自力で転がっていくドングリを見つけて爆笑していたらフィカルやギルドの人に可哀想なものを見る目で見られたけれど。


「ギャオオォッ!!」

「あーやかましいっ! フィカルにスミレ! さっさと片付けてアレどうにかしなッ!!」


 10日間、農業に従事するという仕事で早朝の仕事もあるということから、依頼者は宿屋も斡旋してくれた。赤錆色の髪の毛を一つにくくった鷲鼻でつり目の女将さんは、あの細身のどこにそんな力があるのだというくらいに気が強い物言いをしてガタイのいい猛者も多い宿の風紀を守り畑へと蹴り出している。

 ちなみに私達がカルカチアへ到着し、部屋に広めのベッド一つしかないことで変えてもらおうと意見をしたところ、「一緒に住んでんなら夫婦と思うだろ、他は空いてないよ。嫌なら野宿しな」というありがたいアドバイスを頂いた。

 そんなわけで私とフィカルはここへ来て3日、同じベッドで眠っているのだ。


 ハガネヅタという蔦が存在する。新芽のころは普通だが、1日もすると段々と燻し銀に近い色になり、非常に固くなる。1週間もすると耐熱性もつく。2年ほどで色が白く抜けはじめ脆くなるため、カゴなどに加工する場合は朝に伸びたそばから曲げて編んでいく。焼き網、魔獣避けの香炉入れ、冒険初心者用にしては割高な鎖帷子などに使われる。前後に分かれた身頃を紐で結ぶというハガネヅタの鎖帷子は、飛行しない種族であればどんな魔物の牙も貫くことがないらしい。


 畝の作られた畑に、葡萄のような葉を付けるハガネヅタが等間隔で植わっている。前日に編んだ形のままになっているそれの続きを手早く編んでは次のハガネヅタに移り、畝の最後まで行き隣の畝へ。そこが終わればまた初めの苗に戻って今伸びた部分を編んでいく。その作業を畝3周ほど続けていくと日が昇り、やがてハガネヅタの成長は止まるので、編み途中の茎に軽く土を被せて明日へと備えるのだ。


「くるっとしてひねる……くるっとしてひねる……」


 私やフィカルが担当する畝のハガネヅタは1年めの細いもので、魔除けの香などを入れる小さい半円形の籠を編むためさほど難しくはない。けれど初めてやる作業はなかなか難しく、みるみる成長していくハガネヅタの面白さを楽しむ暇もなくひたすら手を動かす。

 私は2列担当するのでいっぱいいっぱいだけれど、フィカルは作業が速く、初日から3列を任されていた。勇者すごい。

 ちなみに隣の畑に植わっている3年物のハガネヅタではカルカチアのおばさんたちが驚異的なスピードで鎖帷子を編んでいた。鎖帷子は3つの苗を複雑に編み込んで作る職人技である。


「うん、いい出来だね。明日は編み終わりにナイフを使うから、忘れずに」

「はーい」

「ご苦労さん。次は林で作業だろ? 気ぃつけてな」


 畑の持ち主であるおじさんに手を振って、私達は歩いて林へと向かっていく。するとすぐにスーが飛んできて隣へと並んだ。仲間意識の強いスーは相変わらずフィカルに邪険にされつつもめげずに付いてきている。夜はトルテアの森へと寝に帰っているらしいけれど、日中はこうして邪魔にならない程度について回っているのがスーの可愛いところだ。


「スー、次は一緒にお仕事だよ」


 グゥグゥと鳴いたスーは私の横をゆったりと歩きながら、乗れと言わんばかりに背を低くして首筋を私の先へと伸ばしてくる。スーに騎乗すると、飛ばなくても非常に上下に揺れる。スーはフィカルに乗り回されることが嫌ではないらしく親切心から私のことも誘ってくるのだが、依然として出来るだけ避けたい移動手段だった。






ご指摘頂いて文章の誤りを直しました。(2017/03/03、09/19、12/15、12/20)


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