ちちんぷいぷい6
前略母上様、異世界は、私の想像を超えることが多いみたいです。
「お前がぷいぷいちゃんかよー! びっくりさせんなよなっ!」
「よく見たらかわいい〜」
「……マルマリトカゲと同じで臼歯しかないんだね……」
ズォオオオ……ズォオオオ……
先程まで怖がっていたマルマリオオトカゲと既に交流を始めている子供達の適応能力の高さを私は評価したい。四肢を畳んでぺっとりと小山になったマルマリオオトカゲを滑り台のように登りまくっている3人をつい遠い目で見つめてしまった。
「マルマリオオトカゲがマルマリトカゲの成体だって説が証明されたな……」
「学会で発表しましょう……」
生き物の生態を調べている博士というあだ名の頑固なおじいさんに今の状況を教えてあげたらきっと地団駄踏んで羨ましがるだろうなぁ。博士、マルマリオオトカゲも穏やかなやつがいるみたいです。いや、ぷいぷいちゃんだからなのか?
ルドさんも呆れた目で3人とぷいぷいちゃん、そしてその周辺で跳ね回るヒメコリュウを眺めている。
「しっかしフィカルはあっさり竜を従えてるわ、スミレはマルマリオオトカゲを懐かせるわ、お前らほんとに規格外だよな」
「いや、私は別に狙ったわけではなく……まさかぷいぷいちゃんがこんな超進化を遂げるとは思ってなかったし」
「それでもすげぇよ。こういうのが冒険者の才って言うのかもな」
ルドさんにぐりぐりと頭を撫でられて、私は思わず顔を上げた。既にルドさんは歩きだして手を叩き子供達を呼び集めている。
「さーお前ら、このまま遊んで帰ったら任務失敗だぞ」
「あっ!! 忘れてた!」
「あぁ〜そうだった、狩りしないとだ……」
「狩ったら、ぷいぷいちゃん、怒らない?」
渋々小川を飛び越えた3人はあからさまにテンションが下がっている。
今日の仕事の条件が一人1体マルマリトカゲの肉を狩ることなので、ギルドにそれを持っていかなければ仕事を達成出来なかったとされる。ペナルティのないものなのでまた日を改めて受領すればいいけれど、仕事の成功率はギルドで記録されて、ランクが高い依頼などを受領する際にあまりにも成功率が低いと拒否されたりすることもあるらしい。
「確かにマルマリトカゲを狩った途端に凶暴化されたらたまったもんじゃないな」
「そうだよね。えっとぷいぷいちゃん、私達ね、ご飯にするためにマルマリトカゲを狩りに来たんだけど……」
ダメ元で話しかけてみる。竜ほどではないけれど魔物は一般的に普通の動物よりも知能が高いといわれているし、少なくとも自分の名前や私のことを覚えているのだ。無用な殺生をしなければ本来現れないのだから、暴れないでいてくれれば助かる。
ぷいぷいちゃんはバレーボールの直径くらいの太さがある鼻を私に近付けてふがふがさせ、それからズォオオオと鳴いた。小さいときはぷいぷいって可愛い声だったのに、流石にこのサイズになると声はめっちゃ低い。
わかってくれた返事なのかな? と思っていると、茂みの向こうがわさわさと揺れて、そこから次々にマルマリトカゲが顔を出して近付いてきた。
ぷいぷいちゃんのサイズを見てからだと異様に小さく見えるマルマリトカゲはのたのたと歩いて、私達の足元に近付いてくる。それぞれの足をカリカリと引っ掻いて、コロンと仰向けになった。ひどく無防備な体勢のまま、マルマリトカゲはぷいぷいと小さく鳴いてじっとしている。
ルドさんがおののいた。
「おい……こいつら……もしかして狩られるために……」
「いやーやめて!! ぷいぷいちゃん!! なんて健気かつ残酷な!!!」
「何で逃げないんだっ」
「かわいそうだよぉできないよぉ」
「……こっち見てるよ……」
マルス、リリアナ、レオナルドも聖書に出てきそうなマルマリトカゲの行動に恐慌状態だ。マルマリトカゲにこんな行動をさせてしまうことも出来るぷいぷいちゃんは何者なの? いや、マルマリオオトカゲだけど。
その「食べられてしまうこともまた運命……」みたいな達観した感じが私達を罪悪感の坩堝へと叩き落としていく。
「本当にこれ、ころすのか?」
「むりだよぉ。食べられないもん」
「……でも、ぼく、今日鳥肉食べた。それもこうやって、狩られたお肉でしょう?」
レオナルドがマルマリトカゲを見下ろしてぽつんと呟いた。レオナルドの両親は冒険者だ。日頃から彼らの狩った肉や捌いているところを見たことがあるのかもしれない。
「生き物の命を貰って生きてるんだって、父さんが……」
レオナルドはぎゅっとナイフを握って言う。その声は段々震えて最後には消えてしまったけれど、マルスとリリアナには伝わったようだった。
結局子供達はひとしきり泣いて、泣いて、それからナイフを手に取った。
私も泣いた。ルドさんも目を赤くしていた。ヒメコリュウは水を飲んだ。
「皆、今日はよく頑張ったね……」
小川を越えて仕事を終えた一行は街へと帰ることになった。完全にお通夜状態である。ヒメコリュウは元気のない子供達を心配して3人の間を縫い回り、ぷいぷいちゃんは私の隣をゆっくりと歩いている。
やがて森の終わりへと近付くと、ぷいぷいちゃんが歩みを止めた。静かに私をじっと見つめているぷいぷいちゃんに向き合って、それから長い鼻先にぎゅっとしがみついた。
一人心細く暮らしてた頃に寄り添ってくれたぷいぷいちゃん。人間の身勝手で傷付けられたぷいぷいちゃん。それなのに助けてくれたぷいぷいちゃん。サイズが大きくなっても、しっぽを振ると可愛いぷいぷいちゃん。仲間を狩ることを許したぷいぷいちゃん。
元気でよかった、と呟くと、ざかざかとしっぽを振る音が聞こえる。硬い皮はゴツゴツした感触で頬に少し痛い。
「またね、ぷいぷいちゃん」
いつかまた、会えるといい。もうマルマリトカゲは狩りたくないけれど。マルマリオオトカゲは普段は姿を見せなくても、きっとマルマリトカゲを見守っているはずだ。川のこちら側で。
ゆっくりと歩くぷいぷいちゃんは、やがて木々に隠れて見えなくなった。




