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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
とくにポイズンしない日常編
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回想は春の日の中で

「おっなんだぁ、逢引かっ?」


 盛大に茂みをガサガサさせて顔を出したのは、イノシシでもクマでもなく、いやクマには少し似ているが人間だった。行き倒れ予備軍2人を前にトンチンカンなことを言いながらガハハハと豪快に笑うのは2メートルは超えるであろう大男で、ボディービルダーのように筋肉がもりもり付いているのでより大柄に見える。髪の毛と髭は濃い茶色の剛毛がボサボサと生えていて、薄汚れた簡素な長袖のシャツにズボン、上半身は何かの毛皮で作ったマントのようなものを斜めがけしており、腰には剣、右手には斧を下げている。

 見るからにクマ男というか山の民というか、その辺で野宿するのに慣れていそうというか、つまりは心強い助けの出現である。


「助けてください!」

「わかった!」


 率直に頼み込んだ私に対しての快諾も非常に頼もしい。

 クマ男いわく、彼はこの近くの街に住んでいて、仕事でこの森を定期的に見回っているということだった。


「素人がこの辺で迷子っつうのはよくあるが、今日はまた珍しいもんが落ちてたなあ」


 そう言ってクマ男は手に持っていた斧を背中に仕舞って行き倒れていた男をヒョイと肩に担ぎ、私を反対の手で子供のように抱えて、ずんずんと私の5倍くらいの速さで歩き出した。特に無理をしているようにも見えず、ガハハハと昨日は鹿を捕まえただのうちのガキも子供の頃はよく迷子になっただのと世間話をしながら気軽に歩いている。

 その胆力に驚いている間に街へと辿りつき、私達の行き倒れ生活はあっさりとピリオドが打たれた。


「あんたっ!! また怪我人を乱暴に扱って! 他人はあんたほど頑丈じゃないんだよ!」

「す、すまねえ」

「昨日の今日で医院のベッドはいっぱいだよ。あたしは先生を呼んでくるから、ルーディスの家に運んどきな! ベッドにはシーツを敷くんだよ!」

「はいよぉ」


 その辺でとうとう私の意識は途切れて、気付けば木造の家の中で男ともども介抱されていた。


 クマ男はガーティスさん、そしてガーティスさんが街につくなりすごい剣幕でまくし立てた肝っ玉母さんが奥さんのメシルさん。主に私達の世話を焼いてくれた恩人である。


 彼らは私達が連れ立って行き倒れたと思っていた。その理由は、同じように気を失っていたらしい男が私の腕を意地でも離さなかったからである。こんこんと眠り続けているのに、めちゃくちゃ握りしめられているわけでもないのに、男はしっかりと私の腕を掴んでいて、そのお陰で私は更に2日ほどお風呂を我慢せざるを得なかった。男の名前すら知らないということを必死でアピールしてみたものの、死んだように眠ったあと平然と起き上がった男――フィカルが明らかに私に懐いていたので、ケンカでもしているのかと呆れられて終わったのである。


 それから色々と話をしてみた結果、私の名前のことで彼らが勘違いして私は遠い村の生まれで虐げられた挙句森に捨てられたと思われ、男は強盗か何かに襲われたショックで記憶喪失だと思われた。大雑把に考えれば間違ってはいない。男は本当に無口なのでよくわからないが、起きてそんな扱いになっても特に反論はないようだった。


 そこから汗を流すように案内されたお風呂が汚すぎて一悶着あったり、男が雛鳥のように私に付いて回るようになって街中から生暖かい視線を受けることになったりということがあり、ガーティスさんが私達を運び込んでくれたのが空き家というのもあってこの街でとりあえず暮らしていくことになった。



 この世界には、いわゆる冒険者ギルドがあった。叫ぶ植物と遭遇していたので、想定の範囲内である。

 ガーティスさんはこの街のギルドのまとめ役をしていて、その縁もあって私はそのギルドの手伝いをさせてもらえることになり、回復したフィカルは冒険者として働くことになった。まったく知らない世界で、ましてや科学技術がない。そんな中で暮らしていくことはもちろん簡単ではなかったけれど、大人しい大型犬のようなフィカルが手伝ってくれたこともあって少しずつ生活も軌道に乗ってきた。

 その矢先である。フィカルが消えたのは。


 初めての冬ということで早めに冬支度を整え終わった次の日の朝、朝食の片付けを手伝った後にフィカルが珍しく私に声を掛けた。


「少し、出掛けてくる」

「えっ? えっと……遠くに行く仕事?」


 こっくりとフィカルが頷く。そのまま沈黙が続くので、私は質問を続けることにした。慣れたものである。


「泊まりで行くの? ガーティスさんも知ってる仕事?」


 こっくり。基本的に、フィカルはこの頷くという行為でコミュニケーションを完結させる。私はガーティスさんが把握しているのであれば無理な仕事ではないだろうと彼を送り出した。


 それから秋が終わり冬が終わり、今日までフィカルは帰ってこなかったのである。



「むちゃくちゃ、死ぬほど、心配、したんだからねー!」


 ぐにぐにぐにー。私に好き勝手頬を伸ばされ終わったフィカルは、すまない、と小さい声をぽつんと落とした。

 正直に言うと、死ぬほどは心配していなかった。彼を送り出した2日後、帰ってこないフィカルのことを心配してガーティスさんに聞くと、頼んだ依頼はきちんと完了しているとの返事をもらう。そこから更に調べてくれて、出掛けた地方でさらに依頼を受けたということだった。そんなやり取りを何度か重ねて、ガーティスさんが「男には冒険に出かける時期があるってもんだ」とのたまい、メシルさんがその後頭部をすぱんと叩いて、私はようやく気持ちに整理をつけた。


 もともと、私達は連れ立って歩いていたわけではないのだ。また別々の人生を歩いていっても不思議ではない。どこか寂しくなるような考えも飲み込んで、時々ガーティスさんにフィカルがきちんと生きて依頼をこなしていることを確認し、毎日仕事と家事をこなした。

 もうこのまま帰ってこないかもしれないと考えると悲しくなった分、きちんと言ってくれればよかったとイライラすることもあった。実物のフィカルを目の前にして、そのどちらもがしゅんと鎮火してしまっている。再会するなりのフィカルの嬉しそうな様子も消火活動を手伝ったようである。


 背の高いフィカルに持ち上げられて同じ目線にいると、昇ってきた朝日に照らされて銀色の髪が虹色に輝くのがよく見える。ほとんど変わらない表情の中で紺色の瞳が、柔らかく細められてまっすぐに私を見つめていた。微笑み返すと、もう一度ぎゅうと抱きしめられる。


「……だから、苦しいってば」


 春の一日が始まろうとしていた。






ご指摘頂いた箇所を修正しました。(2017/08/02、2017/09/17)


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[気になる点] フィカルは何歳でしょうか? 主人公と釣り合う年代(16〜20歳)かそれより上の年齢かで 「まあ許せる」になるか 「依存すんなきめぇ」「逢引きとか言うなきめぇ」になるか 感想が全く違って…
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