月刊ヌー特別増刊号 迫りくる異世界特集
P.68
「異世界から届いた3つの手紙」
・少女の書いたもの
本号特集を組む大きなきっかけのひとつとなったのがこの手紙である。編集部にその話を持ちかけてきたのは、本誌記者の同級生R氏(仮名)だった。
「お前、こういうのに詳しいんだろ――」
飲み会の席で取り出されたのは、二通の手紙だった。
「お父さん、お母さん、M(仮名)、お元気ですか。私は元気です。いきなりいなくなってごめんなさい。でも、すごく元気です。安心して下さい。この手紙が皆のところに届くことを祈って……」
そう始まる手紙は、一通につき五枚以上に渡って綴られていた。内容は、少女が家族を案じながら、今自分は異世界にいるということを知らせるというものである。便箋の隙間を惜しむようにびっしりと書かれた文章には整合性がありながら、我々の住む世界ではありえないことも描写されていた。
「トルテアは、すごく平和な街です。電気もガスもないけど、私は薪でごはんを作れるようになりました。お米はないけれど、似た穀物はあります」
少女は高校生だったという。異世界の扉を渡ってトルテアという場所に辿り着き、そこで安全に暮らしているということが綴られていた。文面からは竜や魔術などもある、いわゆる「剣と魔法の世界」であるということが伺える。
街の名前、存在する動物、暮らしの出来事などを細やかに綴りながら、隙間に絵を描いてわかりやすく説明している点は、どこか女子高生の授業ノートのようである。
・不可解な偶然
この手紙一通であれば、何かのいたずらかも知れないと思うところである。しかしその手紙は二通あり、それぞれを全く関連のない場所で入手したのだという。
本誌記者の同級生は外資系企業に勤めており、日々様々な場所へ出張しているという。この手紙を初めて手に入れたのはドイツ・ベルリンの片隅にある小さなバーで、その手紙を拾ったというバックパッカーから譲り受けたらしい。バックパッカーによるとヨーロッパをまたぐ旅の途中で道に落ちていたものであり、宛名に(JAPAN)と書かれていたため気になって拾ったのだという。旅先で日本人に出会ったら託そうと持ち歩いていたということだった。
二通目はR氏が南米で商談をしている最中に発見した。商談相手との夕食までにひと休憩しようと庭を散歩している最中に手紙が落ちてくるのを見つけたという。
「落ち葉みたいにヒラヒラ落ちてきたけど、周囲は木が生えているくらいで飛行機も背の高い建物もなかった。手に取ってみると、見たことのある宛名で二度驚いた」
内容には細かな違いこそあるものの、ほとんど同じ内容が書かれていた。本誌記者が筆跡鑑定に出したところ、同じ人物が書いたものだという結果である。
同じ人物が書いた手紙が全く違う場所で発見され、不思議な手紙の内容も一致している。それぞれの手紙が発見されたのは、カッパドキア異世界活性線によって繋がれている場所である。
手紙の中で、少女は異世界の文字を披露していた。ひらがなのように曲線を組み合わせた不可解な文字の羅列の下に、日本語訳が書かれている。K大言語学者へとその解析を依頼すると、驚くことに言語として成立しているという報告が来た。
「文字に法則性があり、単語や文章の区切りも見られる。発音は分からないが、もっと文章があれば地球上の言語のように解読できるだろう」
一般的な女子高生が、一つの言語を単独で作り上げることは恐らく不可能だ。地球上のどの言語とも似ていない文字と文章の配列が、異世界の存在をより強く我々に訴えかけていた。
・更に驚くべき事実
本誌記者はR氏から得た手紙の情報を元に、宛名に書かれている少女の家族の捜索を開始した。封筒に書かれていた首都圏の住宅街にあるマンションは実在するものということが判明し、実際に行ってみるとなんと宛名として書かれていた一家がそこに住んでいたのである。
取材に応じたのは手紙文中にもあったM.Yさん(仮名)である。手紙を渡すとじっくりとそれを読み込み、二通とも何度も目を通したあと、彼は深く頷いた。
「確かに、これは姉のS(仮名)が書いた手紙です」
彼に詳しく話を聞くと、Y家は両親、長女、長男であるMさんの四人でマンションに住んでいたのだという。ごく一般的で平和な家庭だったが、それは彼が高校一年生のときに崩壊することになった。
「ある日、姉がいきなり行方不明になったんです。夜あまりにも遅いので捜索願いを出したんですが、見つかることはありませんでした」
手紙の送り主であるSさんがいなくなった当日、彼女は学校へ出席していたことが確認されていた。下校途中にあるコンビニの防犯カメラに写っているのを最後に、彼女の足取りは途絶えてしまったという。
「いなくなった頃は大騒ぎになりました。事件に巻き込まれたんじゃないかって警察がパトロールしたり、高校も警備が増員されたり。結局、姉が帰ってくることはありませんでした」
・もう一つの手紙
当時のことを回顧しながら説明するMさんは非常に淡々としていた。姉を失ったという悲しみを押し殺しているというものではない。それを不思議に思って訊ねてみると、彼は懐から手紙を取り出したのである。それは記者が持っていった二通と同じ封筒と便箋で書かれたSさんの手紙だった。
「2年前くらいに届いたんです。消印はアラスカでした。これを読んで、ああ姉は生きてるんだと思って」
手紙が届く前から、家族は不思議と長女Sさんが死んだのではないかという絶望的な不安を感じることがなかったのだという。
「いなくなったという心配はありましたが、どこかで元気に生きてるんじゃないかという妙な確信めいたものがあったんです。手がかりがひとつもなかったので、そう思っていたいという現実逃避なのかと思っていたのですが」
穏やかで危険なことはしない性格の少女がいきなり消えたとなれば、家族は事件や事故を想像して夜も眠れないということが多い。けれども、Y家にはそういった悲壮さがほとんどなかったという。
「言葉にしませんでしたが、姉はどこかで元気にしていていつか帰ってくるんじゃないかという気持ちがありました。両親もそう思っていたようで、姉が行方不明になってからの立ち直りは普通より早かったんじゃないかと」
Mさんの母親は、娘の部屋の埃を払い、シーツを毎日取り替え、いつでも帰ってこれるように整えていた。父親は高校に掛け合い、Sさんが戻ってきたときには復学できるように休学手続きを取っていたという。
Sさんが行方不明になってから数年が経ち、弟のMさんも大学を卒業して社会人になった。その頃に手紙が届き、家族で開封したのだと彼は語る。
「間違いなく姉の字でした。異世界にいるというのはびっくりしましたが、あの姉ならそういうこともありそうかなと。帰って来れないことについてはとても残念ですが、生きて元気にしてるならいいかという気持ちもあります」
手紙によると、送り主のSさんは異世界で暮らし、既にそこで結婚していると書かれていた。細かい記述から異世界で彼女が幸せに暮らしている様子が読み取れる。
記者が渡した手紙を大事そうに持ちながら、弟のMさんは手紙を書いてみるつもりだと語った。
「姉は家族がどう思っているのかとても心配しているようなので、安心させてあげられたらと思ってます。姉の手紙が何通も見つかるなら、こっちから手紙を書いても届くかもしれません」
家族を残して異世界へ行ってしまった少女の手紙は、家族へと届いていた。今度は彼女へと家族の思いが伝わることを本誌記者も願ってやまない。




