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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
スミレの知らない世界
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フィカルは見た 今は遠い場所6

「よく寝てたから、体拭いとこうか? お湯沸かしてくるね」


 風邪を引いている時は転倒や症状悪化を防ぐために風呂には入らないものらしい。スミレは体を洗うのが好きなので風邪の時は入れないのが辛そうだったが、確かに熱で出た汗が少し気持ち悪い。夏の野宿とはまた違う不快感があった。


 鍋を持って部屋を出て行くスミレを見ていると、入れ替わりにアネモネちゃんが部屋に入ってきた。風邪の時はサイドテーブルをよく使うため、アネモネちゃんの花瓶は今この部屋にはない。小刻みに足を動かして入ってきたアネモネちゃんが、勢いをつけてベッドの上へと飛び乗った。柔らかい巣材に足を取られつつも膝の上まで昇ってくる。


「……」


 葉を自在に動かして何かを表現しているようだがわからない。動きが複雑なので恐らくスミレでもわからないだろう。そのまま見つめていると、葉で自分の花びらを挟んで千切ろうとした。


「必要ない」


 アネモネちゃんは鎮痛作用を持つ。スミレが風邪を引いた時に食べていたので、本当に安全なのか確かめるために生えそろってから爪の先ほどの花びらを貰い食べてみたことがある。害はないようだったが、僅かに五感に狂いが出るような感覚がしていた。

 魔王風邪の症状も和らげることが出来るだろうが、そこまで感覚を鈍化させると恐らく剣が非常に鈍る。スーが普段通りであれば考えたかもしれないが、そうでない今は利点が少ないように思う。

 指で葉を解くように触ると、暫らくアネモネちゃんはこちらに花を向けていたがやがて大人しくなった。


「あ、アネモネちゃんお見舞いに来てたんだね。ごはん作る時も食材一緒に選んでくれたんだよ。フィカルのことが心配なんだねー」


 湯気の立つ桶を抱えて戻ってきたスミレがにこにこと笑うと、アネモネちゃんが跳ねた。

 桶からは僅かに植物の精油が香っている。喉や鼻の通りを良くするもののようだ。少し熱そうな湯に布を浸し、スミレがしっかりと絞ってこちらへ持ってくる。


「自分で拭けそう? もちろん背中は拭いてあげるけど、まだだるかったらじっとしててね」


 まず掌を取ってタオルを当てたスミレが熱過ぎないかと尋ねてくる。それに首を振って、じっとしておくことにした。手首まで拭き終わったスミレが今度は布の違う面を顔に当てる。

 熱めの湯で絞った布でしっかりと皮膚を拭われると、乾いた後がとてもさっぱりしていて気持ちが良かった。温かい食事で上がった体温が程よく冷まされるのも心地良い。

 首まで拭うと布をまた湯に浸けて絞り直して、スミレが服を脱ぐのを手伝ってくれる。誰かに服を脱がされるというのは不思議な感覚だったが、スミレが恥ずかしがっていてとても可愛い。


「えーっと、背中を先に拭くね」


 やや視線を背けながらスミレが背後に回った。ベッドに伸ばしたままの足の上をアネモネちゃんが左右に飛んで遊んでいる。

 首の付根に布が押し当てられて、温度が皮膚に移り始めるとしっかり押し当てられた布が背中を縦に滑っていった。面積の広い部分だからか、背中を拭われると随分すっきりとする。手早く背中を拭い終えたスミレがそのまま腕に布を滑らせて肩から手首まで何度も往復し、膝立ちでベッドに乗り上げて背後から反対側の腕も同様に拭った。


「寒い? もうちょっと我慢してね」


 毛布を背中に掛けたスミレが、もう一度桶へと布を戻す。

 今度は正面に回ってきたが、スミレの目が少し泳いでいる。裸を見ることに対して照れているのだろう。何度も見ているのにスミレは見慣れないらしく慌てるスミレは可愛いが、同様に自分の体も明るいところでは見せたくないというのは少し面白くないことでもあった。

 

「はい。新しいのに着替えてね。足もやるけど、その、一部は自分でやって下さい……」


 スミレが困った顔をすると心配になるが、時々なぜかもっと困った顔を見たいと思ってしまうことがある。

 魔王風邪が治ってからもう一度この顔を見たいと思いながら頷いておいた。


 体中を拭き終わり、ズボンを着替えている間にスミレは敷いているシーツも手早く替えた。着替えた服も替えたシーツも肌に柔らかく、さっぱりとして眠気を誘ってくる。

 寝転がって息を吐くと、スミレが頬を優しく撫でた。


「夜は熱が上がるかもしれないんだって。喉が渇いたらお水も置いておくし、もし吐きそうになったときのために革袋も置いておくけど、何かあったら呼んでね。これ、子ヤギちゃんに付けたベルの予備のやつだけど」


 からんと低めの音がする鈴は、革紐で持ち手が付けられていた。

 水の入ったコップも手繰り寄せやすいところに置き、藁の入った革袋も枕元へと置かれる。


「下で片付けしてるけど、鳴らしてくれたらすぐに来るからね」


 回収したシーツを抱えながら言うのを見つめているとなぜか不安が湧いてきて、手を伸ばしてスミレの手首を掴んだ。まだ熱が高いからか、スミレの腕がやや冷たく感じる。


「どうしたの?」

「スミレにここにいて欲しい」

「いいよ」


 心細いとはこういう感情なのか、階段を降りた距離にいることも嫌だと感じた。家の中にいるのに、スミレが見えなくなるのはどこかに行ってしまうような気がするのだ。体の痛みよりこの気持ちのほうが辛く感じる。

 困った顔をすると思ったが、スミレは意外にもあっさりとシーツを手放してベッドに腰掛けた。


「風邪引くと寂しくなるよね。私も子供の頃、よくお母さん行かないでって言ってたよー」


 病気をしていると心細くなるのは普通なのだとスミレが言う。やることがまだ残っているだろうに何も言わずにそばにいることを選んでくれたスミレを見て、少し不安が和らいだ。


「隣にいて」

「いますよー。広いベッド作って正解だったねぇ。よいしょ」

「寝間着に着替えて眠って欲しい」

「あとでフィカルが寝たら着替えるよ。桶の水捨てたいし。でも起きてるうちはずっと一緒にいるね」


 頷くと、スミレは小さい声で昔話をしてくれた。

 聞いたことのない世界の話を聞きながら目を閉じると、再び眠気がやってくる。






ご指摘いただいた間違いを修正しました。(2017/11/11)

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