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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
スミレの知らない世界
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スーの優雅なる夜間飛行1

 スーは優れた竜である。

 とても強いスーよりもとても強いフィカルと、そのツガイであるスミレの群れに属している。スーは強いため群れのボスにもなれるけれど、主であるフィカルがいるし、スミレはスーをよく撫でるのでその地位にこだわってはいなかった。

 フィカルは怒らせると怖いけれど、スーが肉を運ぶと褒めてくれる。スミレは小さくて弱い人間なのにスーの優れたところをよくわかっていて、いつでも可愛がってくれるのでスーは満足していた。


 フィカルとスミレはスーが認めるほどの人間なので、スーのことをもちろん大事にしている。スーに役割を与えるし、エサを探すのも任せるのだ。フィカル達はスーとは違って火を使って攻撃することはしないが、食事をする時にはほとんど毎回火を使う。その火種もスーが作っている。フィカルとスミレはスーをとても大事にしていて、特にスミレはスーのことをきちんと褒める。もちろんスーは自分が凄いことを既に知っているけれど、スミレに凄いと褒めてもらえるととても嬉しかった。

 スーはこの優れた群れにいることにとても満足していたのだ。


 その群れに最近入ったやつがいる。

 ちびだ。

 土の魔力を持つ大きな竜のこどもである。ちびで、飛ぶのも下手で、獲物を狩るのも下手だった。ちびは最近大きくなっているが、まだこどもだからちびはちびだ。

 前からうろちょろしていて、寛大なスーはこどもだからと殺さないでおいただけなのに、この前スミレを主にしてしまったのだ!

 勝手に群れに入ってきて、むかつくやつである。


 群れから追い出したかったけれど、スミレがちびのことを気に入っているようなので我慢してやったのだ。スーの凄さがわかっているのかちびはスーにも近寄って来て鬱陶しいけれど、スーは我慢してやっている。スーは器の大きな竜だからだ。


 スーはいらいらするとちびのことを苛めたりしたが、こどもなのでもちろん手加減はしてやっている。スーは強い竜なので、群れのちびの面倒も見なければならない。ちびは群れで1番下なのだから、スーに美味しいものをくれて当然だし、楽しいことをスーにさせて当然だし、スミレに撫でられるのもスーに譲って当然である。スーの方が強いからだ。何かあればスーがちびを守るのだから、スーがいい思いをして当然なのだ。


 もちろんスーは誇り高き竜なので、群れでの役割はきちんと全うする。

 だから旅先で夜中にアルが空腹で鳴き始めた時、スーはフィカルに倣ってうるさいと怒ってから、仕方なく肉を探してやることにしたのだ。


 スーは竜のこどもにも甘えさせないので、いつもは肉を獲ってやることはしない。自分の食べ物も獲れない竜は死んでしまうのが普通だし、面倒だからだ。ただちびはこどもなので、スーの上手な狩りを見せて真似させたり、食べ物がどこに住んでいるかの見つけ方を教えたりしてやっていた。スーは非常に優しい竜である。

 いつもならちびを連れて行って夜の狩りをさせるけれど、今日はスーは一人で飛んでいた。

 昼間、ちびは痺れるのを食べて痺れていたからだ。


 スーはそれのことをよく知っていた。

 スーが群れに入る前にいた場所には毒沼がたくさんあって、その近くに生えている草の匂いがしていたからだ。あれはいい匂いだが、食べると痺れてしまう。痺れると弱くなるし、たくさん食べすぎると強い竜でも死んでしまうこともある。だから普通、食べる時は少しだけ、森の枝で隠れられる場所に行って食べるものだし、いっぱい食べた時は痺れ消しの草を齧らなければならない。スーは痺れるのが嫌いだからいい匂いでも食べることはほとんどなかった。


 ちびはちびだから、大きいのにそれを教えられなかったのかもしれない。だから人間が沢山いるところで痺れて、スミレ達がとても心配していた。自分の身を守れないような竜など恥ずかしい生き物だけれど、優しいスーは群れを大事にするので、痺れ消しを持ってきてちびのことを助けたのだ。

 すぐに元気になったちびはまたスーに甘えようとしたりして邪魔だったが、スミレが喜んでいたから我慢する。スーは理性的な竜である。


 ちびはまだものをよく知らない。自分で縄張りを探す方法も知らないし、ちびだから他の竜と戦ったこともない。毒の見分け方も知らないし、人間が危険な存在だということも知らないのである。


 フィカルとスミレはスーも認めるくらいの優秀な人間だけれど、それは特別なのだ。普通の人間はうるさくて、弱くてすぐに死ぬくせに、竜を見つけると襲い掛かってくることもある。集団で道具を使って竜を陥れることもある、卑怯なやつである。襲うともっとたくさんの人間が集まってくるので賢いスーはそんなことはしないけれど、そんな小さな生き物には気高いスーのことを触らせるのは嫌だし、信頼する気持ちにもなれないのが普通だ。


 ちびはバカなのでそれをわかっていない。人間をみんなスミレみたいな生き物だと思っているのである。ちびがバカだということはさすがにスーの責任ではないので放っておいたが、スーは今夜、飛び立つことにした。


 人の多く住むところに毒沼はない。今は他の竜がたくさんいるので、もし痺れるのが生えてたとしてもちびが食べようとするとそいつらが止めただろう。

 人間は狡猾な生き物である。ちびは人間を好きなバカである。スーは群れを守れる賢い竜である。

 スーは賢いので、人間の中に痺れるのの匂いをつけたやつがいるのを覚えている。


 スミレ達が眠るところから少し離れた場所にある林へとスーは降り立った。ちびにやるための小さい獲物を捕まえていると、遠くで馬の走る音が聞こえた。

 馬は人間がよく使う生き物である。普通は夜には動かないが、人間が使っている馬は夜でも動くことがある。獲物を木の上に隠して、スーも葉に紛れる。スミレ達がいた場所から一直線に走る人間の匂いは、風下にいるスーによく届いた。


「くそっ、あれでも死なないなんてな……、竜ってやつは頑丈だぜ」


 何か小さく鳴きながら馬に揺られている人間は、スーが近付いていることを知らない。馬が気付いて怯えない距離を保って、スーは音を立てずにその人間を追った。

 月のない夜は弱い生き物たちが視界を奪われ息を潜める。最も優れたものだけがそこを支配できるのだ。

 今夜は竜の領域である。






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