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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
スミレの知らない世界
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未だ芽吹かぬ恋2

「相っ変わらず陰気臭いなぁ。日当たりはいいのに台無しだ」

「文句を言うだけなら帰れ」


 キルリス一人のための執務室へズカズカ入り込んだロランツは勝手な文句を付け、黒いカーテンで閉め切っていた大きな窓を開け放った。日差しに暖められた風が部屋の中を吹き抜けロランツの心を爽やかにし、部屋の書類を台無しにする。キルリスは飛び散った紙を集め、青筋を浮かべながらも冷静に友と称したくない相手へと告げた。


「デギスの調査へ付いて行っていたのではないのか。暇なら帰れ。仕事しろ。もしくは帰れ」

「行ってきたよ。いいのかなーそんな態度で。せっかくデギスの母君が作ったドクツグミのパイを持って来てあげたのになあ」

「……まあ座れ」


 布に包まれて小ぶりの籠に入れられていたそれを見せつけると、キルリスは来客用の椅子を勧め、続きの小部屋から皿とフォークにポットを持って来る。一切れをロランツへ切り分けて、あとはそのまま皿に乗せて執務机へと置いた。その間にポットはひとりでに沸き、ロランツが2つのカップに注ぐ。


「まだ随分温かいではないか。またガルガンシアの魔術師をこき使ったな」

「頼んだら送ってくれただけだよ」

「それで? 土産話もなしにわざわざここまで来たわけではあるまいな」


 赤と黒の層が見える切れ端を大きく切ってフォークに刺しながら、水を差し向けると、同じくパイを味わいながらロランツが頷いた。


「当たりみたいだね。明らかに一匹、おかしな行動のやつがいた。デギスが毎日探し回った甲斐があったわけだ」

「ホクセイカガチとはまた厄介だな。あの図体のでかい奴をカーナヤまで運ぶのか」

「周囲は毒沼、群れの他のやつは凶暴、近くに竜もいる。わくわくするね」

「一人で言っていろ。……魔術師を出すにも人選に気を使う必要があるな」


 思案に耽りながら、キルリスはロランツの5倍の早さでドクツグミのパイを平らげていた。一口で喉が干からびそうな甘さのこれを、ろくにお茶も飲まないで食べるキルリスは舌が狂っているとロランツは常々思っている。魔術師はおかしな薬を日常的に摂取するせいで味覚が死んでいるのだろう。自分もいくら魔力が高いとは言え、魔術師ほんしょくほどではなくて良かったと思うロランツである。


「キルリスはどう? 最近。魔術師会の黒幕には慣れた?」

「誰が黒幕だ。相変わらず腐っているが、まあ思う存分甚振る相手に事欠かないのは悪くない」

「相変わらずねじれまくってるね……あの両親の血とは思えない。あ、これサーリスさんから預かってたお土産ね。ミュナさんも寂しがってたよ。時々は顔出してあげた方がいい」

「貴様、また父上と母上のところに遊びに行ったのか……」

「親不孝な息子を持った2人が可哀想でねぇ」


 キルリスは顔を引き攣らせるが、遠方に住む親からの言付けを友人経由で受け取ることはもはや珍しくはない。ここ数年はろくに顔を見ていないが、ロランツのお陰で元気にやっていることだけは伝わるので最近は諦めていた。


「収穫したら芋も送るって」

「芋くらい買えるが」

「親が丹精込めて作った芋だよ? 届いたら呼んでくれ。俺も食うから」

「貴様が料理するのであればな」


 ロランツはカップにお代わりしたお茶でパイを流し込む。


「そう言えば、フィカルとスミレから結婚式のお祝返しが届いたな。うちは竜の鱗で作った防具だったけど、デギスには竜の牙の鏃だったって。キルリスは?」

「乾物だ」

「は?」

「ジャマキノコを干したもの。大箱一杯に入っていた」

「それは……ブッ、気が利くねえ!」


 薄くスライスして波打たないように干すのは手間がかかっただろうが、箱を開けて一面真っ赤だったのには流石にキルリスも驚いた。ジャマキノコの断面の赤が干して更に濃くなり際立っていたのだ。干すことによって魔力の凝縮が起こる上に沢山送られてきたのは魔術師としては有り難いが、結婚祝いの返礼品としてはどうなのかと首を捻ったのは最近のことである。


「あーおっかし……やっぱりどっか独特だなぁ、あの子。異世界人だからかな? フィカルも変わってるしね」

「知らん」

「他の異世界人をあまり知らないしなあ。あぁでも昔、似たような子を助けたよね。ほら、まだ15とかそこらだった頃」

「……用が終わったのならさっさと帰れ」


 ドクツグミのパイを半分ほど食べたキルリスがフォークを置いて蓋を被せる。窓から飛び込んできた桃色の烏が書類を吐き出すとさっと目を通し、また書類を飲み込ませて「頭が付いてるならそれくらい自分でどうにかしろ」と叱りつけてまた外へと放り出してロランツへと向き直る。


「大体、あれも毒沼で魔草を捕まえた時もお前が興味本位で引っ張ってきただけだろうが。最後まで面倒見ないなら手を出すなと何度言えばわかる」

「後のお世話はキルリスの仕事だから」

「張り倒されたいのか」

「そんなに怒ってばかりだとそのうち青筋切れるよ」

「帰れ!!」


 ロランツは肩を竦めて立ち上がる。長年の付き合いなのでキルリスの怒鳴り声は怖くもないが、ネチネチと嫌味を言いながら纏わり付かれるようになると面倒なのでその前に退散することにしているのだ。


「じゃあ、日程すり合わせるから空いてる日と人数また連絡よろしく」

「何故こちらに調整役をさせる。お前がやれ」

「俺は一旦領地番に戻るから」

「覚えていろ……」


 もう忘れた、と笑いながらロランツが身軽に窓から飛び降りる。怒りに任せて力強く窓を締め、カーテンもしっかりと引いておく。たまに、いや頻繁に何故今まで友人関係を続けているのかと真剣に悩みたくなる相手であった。

 溜息を吐いて、パイを再び籠の中に入れる。陶器の蓋で中身が崩れないのを確かめてからポットもその上に乗せ、キルリスはそれと共に一度私室へと戻った。寝室のベッドの影になる場所に木箱が蓋をされて置いてある。その上に籠を乗せ、キルリスは木箱に触れながら体内を流れる魔力を練り上げた。もはや息を吸うのと同じくらいに馴染んだ魔術が展開する。


 停滞した屋内の空気が震え、瞬きの後には柔らかな太陽光を感じた。






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