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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
章タイトルも決められないこんな番外編じゃ編
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竜達の夏、トルテアの夏3

 もぞもぞ、と温かいものが背中を動いている。それに目覚めを後押しされて息を吸うと、ぎゅーっと抱き締められた。私の意志とは無関係にぎゅーっとされるので、私も抱き締められているのとは無関係に伸びが出来るようになってしまっている。ぐーっと体を伸ばしてから脱力すると、頬にむにっと柔らかいものが押し付けられた。背中の大きな手はスリスリと撫でながら少しずつ下に降りていて、ぐりぐり擦り寄ってくる顔は首筋を緩く噛む。ふわふわした巨大マシュマロの中で足が絡んでいる。

 しぱしぱする目を開け閉めしながら、私は銀色の髪を緩く梳いた。


「フィカル……暑い」


 トルテアの魔術師コントスさんが新築祝いに持ってきた魔草、タスケヅタがここのところ急激によく育っている。朝顔と同じくらいの小さい種を家の外壁のそれぞれ中心に撒くと、にょきにょきと壁伝いに青くて細い蔓を伸ばし、小指の爪ほどの葉を付けてこげ茶色の外壁を唐草模様に仕立てている。伸びている先のほうはクテンクテンと動くようになっていて、新芽のところはベタベタして少し甘い匂いがする。その部分で羽虫やアリなどを積極的に捕獲しては近くの蔓に付いた花に運んでムシャムシャしてくれる素敵な魔草なのだ。

 守り神様などの人工的に開発された守護魔草の原種に近いものらしい。北西地方に生える苗で手入れが少し難しいのと魔力を多く要するため東南地方では野生で生えることはないけれど、うちは魔石があるせいかにょきにょき伸びてはピシリピシリと虫を捕まえている。この子のお陰でうちは窓を開けっ放しに出来るのだった。


 雨季の雨と雷を栄養として植物や魔草が多く育ち、トルテアの森はわっさりと一回り大きくなったように感じる。それをエサとする小さな昆虫や動物が活発になり、それを捕食する動物たちも多い。分厚い雨雲の去った空からの太陽で生き物たちが生き生きと活動している……のだけれど。


「グゥ」

「ギェ……」


 うちの庭では竜が2匹、行き倒れていた。

 夏休みに田舎へ行って、扇風機を稼働させた畳の部屋にいる小学生のように、デロンと倒れ込んで気温が下がるのを待っている。土と仲良しなアルなど、ごろごろぐりぐりと体を転がすうちに半分土の中へ埋まっていた。太陽の当たる面よりも地中のほうが涼しいのだろう。ぐりぐり掘るとスーがのたっと動いてアルを転がしそこに寝転んでほんの少しの涼に浸る。暑い地面に放り出されたアルはまた地面をごろごろぐりぐりして……というのが何度も繰り返されたようで、庭から見える景色があちこち竜の形にほじくられていた。

 気持ちはわかる。まだ日が長くなる期間でもないのにとても暑いからだ。


「帆布、もうずっと張っとこう。暑いしスー達が可哀想だから」


 雨季が明けて汗ばむくらいの晴れになったときは、街の人達も皆笑顔で太陽を歓迎していた。それから薄手の長袖がいるくらい涼しい日と半袖でも暑い日が何度か交代していたけれど、ここ3日はもうずっと暑い。まだ日も高くないというのに汗ばむくらいだった。


 フィカルが屋根の上で大きな帆布をポールに結び付けている間、私は家の外に付けられた手押しポンプに水を入れて、干してあった木製のバケツに水を汲んで庭に撒く。バケツのままで打ち水をしていると、干からびかけていたスーとアルがすぐに寄ってきてバケツを咥える。私が重いバケツを運んで低く打ち水をするより、自分達でやった方が早くて効率的だと既に学んでいる賢い竜達である。


 水を入れ終わると牙で壊さないようにそっと咥えて歩き、顔を傾けて口の隙間から水を庭に撒く。竜は動きが素早いのと、スーもアルも2回に1回はバケツを咥えたまま鼻先を上に向けて水をグビッと飲んでしまうので私は休む間もなく手押しポンプを上下させていた。ポンプも竜に手伝ってもらいたいけれど、壊すと修理が大変だし、キコキコやりすぎて周囲が水浸しになりそうな予感がするので踏み出せない。


 打ち水を終えて花壇に水をやる頃には、スーもアルも張り終わった帆布の影でぐてんとしていた。長い尾の先までも日に当たりたくないというように影の中に入れている。森の中の方が影が多いので涼しいだろうに、と思うけれど、スーもアルも私達が家にいる時は庭をあまり離れようとはしない。

 この暑さで街中にいるのも辛いという冒険者達も多く森に避難しているので、ここのところ狩りや採集の仕事が飛ぶようになくなっていた。冒険者として生計を立てていない普通の人でも、ギルドに入っていて森に入れる人は多く涼しさを求めて来ているので、森の浅いエリアはすぐに人が見つけられるほど混雑していた。


「今日は受付の仕事だからずっと街にいるよ。だからスーもアルも森で涼んでていいよ」


 ギルドの建物前でバイバイと手を振ると竜達は寂しそうな声を上げるけれど、私とフィカルが背を向けた瞬間競うようにばびゅんと飛んで森へと突っ込んで行った。正直だなぁと思いながらも、私達は暑い日差しから逃れるように建物の中へ入った。窓を全開にしていてもむわんとした風が入ってくるだけだけれど、それでも影にいるだけで随分違う。


「おーつかれー。あー、もう外が暑いなんて帰るのも億劫だわ」

「帽子被ってった方がいいですよ」


 夜番だったタリナさんがうんざりした顔で帰り支度を始める。いつもは休憩している冒険者がたむろしているはずの事務所もほとんど人気がない。その代わり、建物の横にある作業用の庭から騒ぎ声がしていた。暑さに倦んだ人達が頭から水をかぶっているのだろう。


「まだ朝なのにあんな状態じゃ、昼間はあいつらどーすんだろね」

「でも気持ちはわかりますよ……水風呂に浸かってたい」

「確かにねー。もう服が暑いったら」


 この世界では基本的に肌をあまり露出しない。夏でも日が長い時期は流石に半袖も見るけれど、それでも女性は特に長袖のままという人も多いのだ。風を通すような生地なら長袖は日差しを防いでそれほど辛くはないのだけれど、ここまで暑いとどうしても蒸れる。

 家の中ではキャミソールタンクトップ短パンばっちこいなので涼しいけれど、外ではごくごく薄い生地でも七分袖くらいのものを着ているので涼しさは全然感じられない。上半身裸になっているムキムキ冒険者達が羨ましいくらいだ。


「おう、ここも暑いな」

「ルドー!! よく来たほんとに待ってた愛してるサイコー!!」


 タリナさんがハートを飛ばしそうな勢いで走っていったのは、別にルドさんのことが大好きだというわけではない。タリナさんが飛びつきたいのは、ルドさんの腕が抱えている大きなタライ、に入っている氷の塊にである。


「手が空いたから持ってきた。あと貰った果物も」


 ごろごろ入った氷の隙間できんきんに冷えた柑橘類。私もすぐ近くでフィカルが無表情のままじっとこちらを見ていなければルドさんに飛びついていたかもしれない。

 いや、違うよ。涼しさを求めているだけなの。そんなに見なくてもやらないから。






ご指摘いただいた間違いを修正しました。(2017/10/18、12/20)

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