仔竜、都会へ行く3
「ほぉおおお……これがアズマオオリュウ……おぉ……なんと……おお、どうもどうも……」
「ギャルッ」
もじゃもじゃした焦げ茶の髭を震わせながら、ギズリスさんはアズマオオリュウとの出会いに感激しているようだった。見開いた目で凝視されているアルは初めましての相手に良い子でお返事をしたけれど、それよりも見たことがない焦げ茶の竜に興味津々のようだった。
ギズリスさんの竜であるニズリスはずんぐりとした角のないトリケラトプスっぽい見た目は迫力があるものの、近くで見ると意外にもスーよりほんの少し小さいサイズだった。アルはまだ仔竜だけれど既にスーのサイズは超えているので、近付くとニズリスがより小さく見える。
だれ? あそぶ? と無邪気に近寄るアルにニズリスはやや困惑したものの、竜は子を大事にする種なためか動かずに佇んでいる。ティラノサウルス顔のスーやアルと比べてニズリスはのんびりしていそうな顔をしているけれど、性格もそうなのかもしれない。
「アル、おいで〜。頭見せてね」
両手を広げるとアルは喜んで撫でられ体勢をとる。大きな黄緑色の目に入るようにギズリスさんがゆっくりと手を伸ばすと、アルは自分からその手に擦り寄ってギズリスさんを感動させていた。主ではない私を乗せてしまうスー以上に、人に触られることに抵抗感がないということを説明すると、しきりにどうもどうもと呟きながらギズリスさんは小刻みに頷く。
「全くもって健康体ですな……どうも傷ひとつなく……体の割に頭と手足が太いのはまだ成長するという……いやぁ……いいですなぁ……素直に触らせてもらえると……どうも感動してしまいますなぁ……」
手をかざして目の動きを見たり、口を開けさせたり頭を触ったりした後、ギズリスさんは異常がないと教えてくれた。ノイアスさんから届いた手紙で心配ないとわかってはいても、実際に竜医師に診てもらうとホッとする。
竜は基本的に主以外の人間から触られることを嫌うので、竜医師というのは竜に嫌われる職業らしい。主から抑えられていても攻撃してくる竜もいる上に、ギズリスさんは要請を受けて街の竜を見るよりも野生で怪我をしている竜を探して診ることが多く、死の危険を感じながら仕事をすることも多いのだそうだ。アルが大人しくされるがままになっていることにとても喜んでいた。
ごろごろと遊ばれて楽しそうなアルが羨ましくなったのか、知らない人達を警戒して静かだったスーがフィカルの腕に擦り寄っては押しやられている。邪険にされていても楽しそうなのは、フィカルの反応が貰えるだけで嬉しいからだろう。うちの竜達はとても健気である。
「いやはや……仔竜ということで指示を聞けない危険性を想定していたのですが……これではどうも……反対に人を信頼し過ぎる心配がどうも……」
「人間に慣れ過ぎると良くないですか?」
「どうもこの辺は優しい人が多いようですが……これから王都へお呼びする身としてはどうも……人が多ければ悪人もいますからね……街はどうも合いません……」
「えっ王都にお呼びするって、アルを連れて行くという意味ですか?」
「はいどうも……スミレさんが竜を持つことについてどうも色々あるようで……」
竜を従えるためには竜騎士団に加入するか、冒険者ギルドで星6ランク以上にならなければいけない。星3の私は今のままでは竜を持ってはいけない身分なのだ。
ちょうど去年の今頃同じような状況だったフィカルは、ランクの昇格を受けていなかっただけで実力としては十分に見合ったものを持っていた。しかし、私は星4すら難しいだろうという由緒正しき平均的体力の持ち主である。
本来なら持てるはずのないランクで竜を従えてしまったという去年のフィカルが抱えた問題点に、更に実力もないのに竜を従えてしまったという解決策のない状況。それでも一度主を定めた竜を振り切ることは出来ないのである。
当事者ながらどうにも出来ない状態なので、アルがお辞儀をして私に従うと示してすぐにどうにか解決策を見つけてくれそうだったりコネがききそうだったりする人達にヘルプの手紙を送っていた。
その結果、ギズリスさんが様子見としてやって来てくれたということらしい。
「あの、私はどうなるんでしょうか? アルと暮らしていきたいのですが、難しいですか?」
「いやいやどうも……我々竜愛同好会としても王城や中央ギルドと協議いたしましてですね……貴族の方からの後押しもありまして……この仔竜、アルが有害でないのであれば、特別に竜を保持する資格を与えても良いのではないかと……どうも、スミレさんの特殊な立場のためにですね……」
フィカルのように強くはない私に見合わない星6ランクや竜騎士団の地位はあげることは出来ないが、私はスーが懐いていたり、仔竜が懐いていたり、アズマオオリュウに保護してもらったりという割と珍しい経験をしている。王都の中央ギルドや竜の研究界隈では研究が遅々として進まない竜の生態について解明するきっかけになりうる存在として期待されているのだそうな。
私が竜の研究者や竜医師になる意志があるのであれば、特例で竜を持つことを許すという話が持ち上がっているらしかった。
「アルと一緒にいられるなら、研究者になりたいです。竜医師は難しいかもしれないですけどスー達のためにも勉強したいと思っていたので、そんなことでいいなら全力で頑張ります」
それが条件だと言うなら、答えはイエス一択だった。
黙っていたフィカルが黙ったままギュッと抱きついてきたけれど、ギズリスさんは動じずに頷いてくれる。
「それはそれは……竜医師としても嬉しいことですな……いやどうも今回は本当に特別のことで……通常では認められないことで王都の中枢でも揉めたようですが……どうももっと上の方からの一声もあったとかで……」
「もっと上?」
「研究会員からの噂によるとどうも……国王陛下がどうも褒賞という形でどうかと……」
そういえば色々ありすぎてすっかり忘れていたけれど、トラキアス山に黒い魔力を捨てに行ったことについて国王陛下からご褒美をあげるとか何とか言われていたのだった。特に欲しいものもないし下手におねだりなんかするとスゴイ規模になりそうだったのでむしろ積極的に忘れていた感じとも言える。
王城で政治などを取りまとめているのは主に貴族の人達だけれども、国王陛下はさらにそれをまとめる立場である。その人がいいんじゃないと言えば、反対していた人達も考えざるを得ないだろう。
コネに縋ろうと思ってはいたけれど、思った以上にすごいコネが発動していたようだ。持つべきものはコネである。コネ万歳。
「許可を出すためにまず私がある程度の安全性を確かめてからですな……どうも手間をかけますが王都近くまでアルと共に来て頂いて……今回のために作られた審査委員会にアルを認めてもらいたいのですが……」
審査委員会は中央の冒険者ギルドや竜騎士団、貴族の人々などから構成されているらしい。もちろん竜愛研究会からも代表者が出ているけれど、私が許すのであれば審査員ではない会員もアルを見たいとのこと。楽しみにしていたノイアスさん一行がアズマオオリュウとニアミスしたのを知っているので快諾すると、既に多くの会員が予定を空けて待ち受けているそうだ。審査をするための王都近くの平原の整備も主導しているらしい。
「行きます行きます。もう今すぐにでも行きたいくらいでいたたたた苦しい苦しい」
このまま王都まで行きたいくらいの勢いで頷くと、私を抱き締めていたフィカルが腕に力を込めて久々に背骨がミシミシ鳴る。
まだ数日アルの様子を観察したいというギズリスさんの言葉を手助けに緩めてもらい、フィカルが家を建てている途中だということも考えて日程を調整することになった。
ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/10/04、12/20)




