おうち騒動11
色々と考えていそうなチリルさんを放置して、ウロコを見つけ終わった子供達と仔竜を連れてギルドへ戻る。途中でスーとフィカルが私達を待っていたけれど、森から出た気配もなかったのにどうやってここまで来たのか不思議なくらいだった。フィカルがもし日本に来ていたら、職業は忍者だ。
「大丈夫か?」
フィカルはチリルさんと私が対面したことを心配していたので、ぐっと拳を握って頷いておいた。
私を心配してくれるのは嬉しいけれど、そのために一緒にいてチリルさんとフィカルが接近するほうが嫌だったのだ。一応仕事で来ていて魔術師の誇りを持っているチリルさんが私に攻撃してくるとも思えなかったし、私にはボディーガードもいたので不安はなかった。
ギルドで子供達が仕事終わりの手続きを済ませるのを見守りつつ、チリルさん問題は片付きそうだと簡単に森でのことを話すと、フィカルだけでなくギルドにいた他の女性もよかったと喜んでくれた。フィカルはその人達から「新妻不安にさせるんじゃないよ」「大事な時期なんだから」と背中や肩をバシバシ叩かれている。フィカルは相変わらず無表情だけれど、言われたことに頷いていた。
「あれ、フィカル何持ってんの?」
子供達に手を振ってギルドの受付でちょっと仕事を終わらせて帰る準備をしていると、フィカルが縦長の袋を掴んでいることに気付く。もこもこと膨らんだそれの口を開けてくれたので覗き込むと、焦げ茶の栗がみっしり詰まっていた。
「栗だ!! どうしたの? 買ってきたの?」
この世界では栗は春が旬の食べ物である。甘くて美味しいというところは同じだけれど、トルテアでよく見る栗は明るい水色の実をしているので、視覚的にちょっと抵抗がある食べ物の一つだった。
けれども栗はあちこちに生えていて種類も多いらしく、去年の旬の終わりに地球のものと同じカラーリングの栗を発見して大喜びしたことがあった。あいにくトルテアに来るまでの街で多く売れたらしく一度だけしか買えなかった上に少ししか手に入らなかったけれど、栗らしい栗だとウキウキしながら食べていたのをフィカルは覚えていたらしい。
「もう栗が売ってたんだねー。最近あんまり市場チェックしてなかったから気付かなかった」
「チリルが使っていた」
「え? チリルさんが? どこで?」
王都では栗を甘辛く炊いておかずとして食べることもあるらしい。チリルさんが作った弁当にそうやって調理された栗が入っていて、フィカルは私が好きな栗だと匂いで気付き市場の商人に入荷したら取り置いて貰えるように頼んでおいたそうだ。
「だからお弁当に興味持ってたのかー!! フィカルは料理で釣られるタイプなのかとモヤモヤしてたよ!」
去年のたった一回のことを覚えていてくれて嬉しい。フィカルを栗ごとハグすると、ぎゅっと腕を背中に回されて頭のてっぺんにちゅーが落ちてきた。
「あーほらほら新婚はさっさと帰った帰った!」
「ちょーっと険悪になってたかと思ったらお熱いこったよ」
「独身者に毒だよ!」
呆れ顔の人達にギルドから追い出され、外で待っていたスーと仔竜と共に一緒に帰る。疲れている時はスーに乗って帰ることも多いけれど、仔竜を街並みに慣らせる目的もあって最近は歩くことが多かった。
手綱を付けられた仔竜はあちこちの窓を覗き込んだり、通りがかりの人に挨拶をしたりしながらウキウキと歩いている。スーは仔竜の尻尾の先が建物などに当たりそうになると踏んづけたり唸ったりして注意を促していた。
少し前に仔竜にヤキモチを焼いていたスーなのでうまくやっていけるか心配していたけれど、仲間になったということがわかっているのか最近では食事の時などに連れ立って飛んで狩場などを教えているようだった。仔竜が純粋に慕ってくるのでほだされたのかもしれない。ただ、夜はスーが庭で寝たいからと仔竜を屋根に寝かせると夜中に転げ落ちてくるようで、相変わらずスーが屋根、仔竜が庭が定位置になっているようだった。引っ越せば土地が広くなるので仲良く地面で眠ることが出来るだろう。
「ピギャ……」
仔竜はここのところ、隙を見ては私に恭しくお辞儀をしている。そのちょっと誇らしげで大げさな動作もお辞儀をした後のキラキラした目もとても可愛いけれど、私はまだ名前を決め兼ねていていつも撫でまくって誤魔化してきた。
大きな鼻先にのしかかるようにして過剰に褒め称えながらひたすら撫でていると、仔竜はご機嫌になってもっと撫でてもらうことしか頭になくなるのである。しかし最初は次の日の朝まで忘れていたのが最近では6時間くらいで思い出すようになっていたので、そろそろ名前を付けなければと焦っているのだった。
チリルさん問題が解消された今、目下の懸案事項は仔竜の名前どうするか問題に絞られている。
「どうしよう……モスグリーンだからモス……は蛾っぽいし、グリちゃんも絵本に出てきそうだし……フィカル、なんか良い名前ある?」
「ミー」
「それ、私の名前から取ったんだったら却下ね」
夜、家を建てるのに必要なものの発注書を書いていたフィカルに相談すると、何だかデジャヴな名前を候補に出された。釘を刺したら黙ったので図星だったらしい。フィカルに貰った紙に案を書き連ねていると、フィカルが再び顔を上げた。
「ルー」
「え? ルー? それはどこから来たの?」
「昔、親切にしてくれたエルフの名前からだ」
「エルフ?! エルフってあの耳尖っている人達?」
自分の耳の上でジェスチャーをしながら訊くと、フィカルはそんなに尖ってはいないと首を振った。つまり少しは尖っているということである。長命で賢いエルフというのがフィカルの世界にはいたらしかった。むしろこちらで会わないだけだと思っていたらしく、私の世界にもいないと言ったら少し驚いていたようだった。
フィカルの国はほとんどが普通の人間だけだったけれど、子供の頃に神官のエルフと出会って優しくしてもらったらしい。フィカルが少し目を細めながら喋ってくれたのを見て、私は嬉しくなった。フィカルにも懐かしむ思い出があったことも、それを話してくれたのも良いことだ。
「仔竜の名前に借りちゃって良いのかな。その人の名前は何ていうの?」
「フィアルルー。平穏を守る者という意味がある」
「素敵な名前だね!」
翌朝、ドアを開けると仔竜は仰向けのままグダグダしている途中だった。まだ眠気が残っているのか、体の下に敷いた翼を左右交互に動かしてぐらぐらと揺れている。けれども私の姿を見てピンときたのか、素早く立ち上がると土を落とした翼を堂々と広げ、私の足元に頭を下げる。朝日によってモスグリーンの鱗が茶色い光を弾いて美しかった。
「待たせてごめんね、アル。これからもよろしくね」
名前で仔竜を呼ぶと、私を見上げていた黄色い目に浮かぶ縦長の瞳孔がぶわっと広がり、仔竜は喜びを込めて高らかに鳴いた。
ルー語を喋りそうなフィカルの案から一工夫してみたけど、気に入ってくれたようで何よりである。




