湯けむり旅情誘拐事件11
大興奮だった竜愛研究会の皆さんは口述筆記した私の話で一晩中盛り上がり、翌日改めてまとめた膨大な質問を私にぶつけた。全員徹夜のために疲労を交えたギラギラ感を振り撒いていてちょっと怖い。熱心で楽しそうなグループだと思うけれど、少し離れた位置で見守っていたいと思う人々だった。
私とフィカルはギルドのソファに座り、テーブルを挟んだ位置にある対のソファには竜の研究者であるノイアスさん、商人のマルナハさんが座っている。そして周囲を取り囲むように残りの研究会員の人々が立っていた。
「幼竜はどれくらいいたのかね? 大きさは? 重さは?」
「えーっと、10匹くらいですかね。まだ他にもいたかもしれないですけど。これくらいで軽かったです」
「見取り図を描いてくれたまえ」
「あ、はい……こう温泉が楕円形で……ここから更に奥に行けるんですよ。それで部屋があって、」
「明かりはヒカリホオズキと日光だけだったのですか?」
「そう言われてみれば、奥の方も薄明るかったですね。ヒカリホオズキが部屋に置いてあったけど、他に何かあったかな」
「アズマオオリュウは泳げていた? 泳ぐのが好きなのかな?」
「温泉の中を移動してましたけど、泳いでたのか底を歩いてたのかわかりません。でも頭まで潜ったりしてたので、泳げると思いますよ。仔竜も泳ぎが上手だし」
「あ、赤ちゃん竜を絵に描いてくれッ!」
「えっ描けるかな……? こう、頭も丸くてお腹がぽんぽこりんで」
「ぽんぽこりん!」
「ぽんぽこりんですと!!」
「なんか可愛くない……もっと可愛いんですよ実物は! こう、目もくりーっとしてて!」
「くりーっと!!」
色々な質問をわんこそばのように投げかけられて、何かのクイズ大会に出場しているかのようだった。
あまり上手いとはいえない赤ちゃん竜の絵を聖典のように扱われるとちょっと恥ずかしい。竜マニアの皆さんは見取り図から大きさを予想したり、腕を丸めて赤ちゃん竜をエア抱っこしている。今夜も徹夜だとか言っているけれど、倒れない程度にして欲しい。
ノイアスさんも手帳に色々と書き加えつつ私に質問する。
「そのアズマオオリュウの巣はウガネラ山脈で間違いないのですかな? 東で山脈といえばウガネラ山脈が最も大きいのですが」
「吹雪だったのではっきりはわからないですけど、ずーっと飛んでいって最初にぶち当たった山脈だと思います。山とか森はあったかもしれないですけど、アズマオオリュウの高度より高いものはそれまでなかったし」
「ふむ、山の高さから考えても間違いなさそうですな……しかし、ウガネラ山脈に火山はないはずなのですが」
「へぇ……そういえば確かに硫黄の匂いはしてませんでしたね。流れ込む水もぬるくて、温泉は熱めだったので地熱だと思ってましたけど」
「大体の場所はわかりますかな? 雪が溶けてから一度現場を見に行ってみたいのですが。アズマオオリュウが毎年そこで越冬をしているのであれば、これまでの学説を覆すものになります」
「えっと……フィカル、わかる?」
南東あたりに真っ直ぐ飛んでいたのはわかるけれど、なにせ周囲が一面白かったので大きな山脈のどの辺りにあったのかなどは記憶にない。隣で座って本を読んでいたフィカルに話しかけると、少し首を傾げられた。
「あれは新しい」
「えっそうなの? なんで?」
「土が新しい。苔もなかった」
「確かにそうだね! 湿気も光もあるからキノコとか苔で覆われててもおかしくないかも。フィカルすごいね。探偵みたい」
フィカルは無表情のまま僅かに目を細めて、そのままぎゅうと私を抱きしめて自分の膝の上に乗せた。そのまま読書を再開してしまったので、私とノイアスさんは微妙に気まずい空気を味わったのだった。
コホン、と咳払いをして、ノイアスさんが仕切り直す。
「では今年作られたものなのでしょうな。毎年場所を変えて集団越冬しているのか、それとも妖精の冬だからそうしているのか……」
「ああ、雪が降ってるからって可能性もありますね。寒いのがとても苦手なようでしたし」
「いずれにしろ、幼竜もいる巣穴の様子を聞けるというのはとても貴重なことです。スミレさん、おそらくあなたはアズマオオリュウについての研究の第一人者で間違いない」
いや、私は別に研究とかしてない。
やんわりそう伝えるけれど、ノイアスさんはズイズイっと身を乗り出してきた。
「他にも北西地方の調査に役立つ竜の鱗や牙を持ち帰ったこと、もちろん既に主のいる竜と交流出来るという特殊な状況、我々に様々な情報や資料を提供してくれた功績など、どう讃えても足りないくらいです」
「いや、そんな讃えるとか言うほどじゃ」
「そこで我々の協議の結果、スミレさんを我が『竜を愛で好む竜のための研究会』の名誉会長として任命したいと思います」
「えっ……こ、断る!」
「そう仰らず! 我々が出す研究論文も読み放題ですし、竜のための物品もうんと融通出来ますぞ!」
特に論文を読み漁るほど竜が好きというわけでもないし、物品といっても既におみやげとして沢山もらってるので今は他に欲しいと思うものなどもあまりない。
それよりも、既に「会長」「名誉会長」などと口にしているところを見ると、なんだかデメリットの方が大きそうな気がするのだ。
「何も普通の会員のように年一本の論文と年一度以上の集いの会への参加を強制するつもりはありません! もちろん論文を寄稿して頂けるなら非常にありがたいことではありますし、集いの会では非常に有意義な時間を過ごせるでしょうが!」
「い……いえ……そういうつもりはなくて……会長とかそういうの全然私無理なんで……」
「ガンデナを始めとする竜医師も多く所属しているので、もしもの時も安心ですぞ! ぜひ名誉会長の座に!」
「だから会長とか言われるほど何もしてないので……」
「まぁまぁノイアス氏、少し落ち着いてはどうかね」
熱意に引き気味だった私を察して止めてくれたのはマルナハさんだった。
「このようなむさ苦しい集団の名誉会長などにいきなり指名されてはスミレ氏も困るでしょう。しかし、我々が感謝しているのも事実なのですよ」
「はぁ、どうも」
「竜はまだまだ未解明な部分も多い魔獣です。研究するということは、人々の安全のためにも、竜の安全のためにもなる。それにどうか協力してはくれませんか」
「それは別にいいんですけど、名誉会長とかは……」
「では名誉会員というのはいかがですかな? いえ、名誉とついているのは通常の会員と区別するためで大きな意味はありませんよ。通常会員は会則で色々と面倒事もありますが、名誉会員であれば名前だけ載せて、あとは今まで通りに暮らしていただければ良いのです。王都まで招集をかけることもありません」
「えぇと……それなら別にいいかな?」
私が頷くやいなや、マルナハさんは懐から箱を取り出した。結婚指輪とかが入っていそうなしっかりした箱を開けると、金色で竜をかたどったピンバッヂのようなものが入っている。名誉会員としてこれを受け取って欲しい、もし集会に出る気になったらよかったら着けてきて欲しいと頼まれた。今のところ集会とやらに出席する気持ちはないので、家においておけばいいかと受け取ると、会員の皆で喜んでいた。
そのピンバッヂをまじまじと見たのはその日の夜、家に帰ってからのことである。
「……あっ?!」
十円玉くらいのサイズのピンバッヂを何気なく裏返すと、文字が彫りつけてある。
『名誉会員 トルテア街 スミレ殿』
その場で彫っていなかったのだから、これは予め作られていたものなのだ。つまり、最初から彼らは私を名誉会長ではなく、名誉会員にするつもりだったのだ。
マルナハさんは王都にも出入りする商人である。最初に名誉会長にすると言って私を引け腰にさせ、名誉会員ならいいかと思わせて丸め込んだのだ。
さすが商人。
「ああぁ……はめられた……」
毛皮の敷物の上で崩れ落ちた私をフィカルが回収し、吹雪の夜は更けていった。
ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/08/25)




