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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
雪が溶けたら何になる編
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湯けむり旅情誘拐事件7

 アズマオオリュウの住む空間は温泉や地熱のせいで暖かく、温泉から出るとマントどころか長袖を着ていても汗ばむくらいだった。長湯している間に洗ってスーの炎で乾かしてもらった、インナーのキャミソール一枚で気持ちいいくらいである。


 座っているとじんわりと温かい砂の上で、隣に半分ほど埋まっていた赤ちゃん竜を抱っこする。ハアハアとまだ牙も生えていない口を開けているのが可愛い。


「のぼせちゃったの? 大丈夫?」

「クァッ」

「スミレ」

「親御さん近くにいるかな? 温い水飲む?」

「スミレ」

「ギャギャ」

「仔竜ちゃん、涼しい所に運んであげて」


 何かと背中に乗せたがるようになった仔竜に赤ちゃん竜を預けると、落とさないように翼を少し起こしながらノシノシと歩いて行く。そのうち赤ちゃん竜が回復したらしく、もっと連れまわせと喜んでいた。仔竜もサイズは既にスーよりも大きくなっているもののアズマオオリュウの中ではまだまだ小さいので、温泉に浸かる成竜の頭を飛び石代わりにしたりと傍若無人に遊び回っている。


 スーは大勢のアズマオオリュウにフガフガと嗅がれまくったのが嫌だったのか、いつもより大人しめだった。岩盤浴をしているものの、滝の飛沫がかかる涼しい場所を陣取っている。ティラノサウルスめいた顔立ちで表情筋などなさそうなのに、わらわらと赤ちゃん竜が登ろうとするとイヤそうな顔になっているのが面白い。普通の竜や人間であれば容赦なく振り落とすのにそうしないのは、幼い竜を大事にするのは竜の本能だからかもしれなかった。

 それでもよじ登られるのは好きではないらしく、紅い鱗が最も濃い尻尾をゆらんゆらんと動かしては飛びかかってきた赤ちゃん竜をブンと滝の方へと投げ落としている。最初にドボンと投げた時にはほとんどのアズマオオリュウがスーの方を凝視して見てる方が汗をかいたけれど、投げられた赤ちゃん竜が大興奮でまた尻尾に飛びかかっていったので今ではお守り役として歓迎されているようである。


「クァウ」

「お腹すいたの? 食べれる?」

「スミレ」

「ピェッ」

「キェーウ!」


 赤ちゃん竜では一口で食べられない巨大マシュマロは、周囲の成竜によってあちこちに置かれている。歯が生えていないといえど竜、器用に赤ちゃん同士でマシュマロを引っ張り合っては噛み千切って食べていた。千切れた時に両方の赤ちゃん竜が勢いで後ろにコロンと倒れるのだけれど、まあるいお腹を上にしてジタバタするのがなんとも微笑ましい。


 起きるのを手伝っていると、大きなアズマオオリュウがこちらへと近付いてきた。その両手の隙間からぴょこっと小さな頭が見えている。巨大竜は少し手前で止まると私に鼻先をそっと当てて小さく鳴く。

 それから屈んで手を地面につけると、赤ちゃん竜がポテポテとこちらへ近付いてきた。


「ミズタマリモドキに張り付かれてた赤ちゃん? 元気になって良かったね〜」


 よたよたと砂地を歩いた赤ちゃん竜は、私のすぐ近くでぽてんと転ぶ。暫くジタバタした後、そのままズリズリと腹ばいで砂を掻いて進み、私の太腿にこてんと頭を乗せてクァーと鳴いた。


「かっ……かわいぃ〜」


 通りすがりに温泉から上がろうとしていたアズマオオリュウもこの一連の動作を見て身をくねらせながら喉を鳴らしていたので、どうみても可愛かったはずだ。親竜が口を開けてポロポロと巨大マシュマロを落とすと、仰向けになってパカリと口を開けている。その一つを拾ってそっと口に近付けるとかぷんと噛み付いた。千切る手伝いをしようと上に引っ張ると、ぐいぐい噛み付いたままの赤ちゃん竜がぶらりとマシュマロに噛み付いたままついてくる。


「釣れた……かわいい……」


 持って帰りたい。


「スミレ」


 先程から投げかけられていた声がムッとしたものになり、ザバリと水音がする。そのままこちらへ歩いてくる音がするので、私は赤ちゃん竜で視界を埋めたまま慌てて声を掛けた。


「フィカル、ちゃんと拭いた? 服着てから来てね?」

「何故こっちを見ない」

「いやフィカルがお風呂入ってるからに決まってるでしょ」


 フィカル本人が気にしなかろうが見せつけたかろうが、異性の入浴シーンを見つめる趣味はない。離れるのはフィカルが心配するので近くにいるものの、先程から幾度となく振り向かせようと名前を呼んでくるのだった。もちろん振り返るわけない私に焦れてフィカルはお風呂から上がったようだけれど、どうも私とフィカルの間に布と着替えがあるのにそこで立ち止まった気配がない。


「濡れたままだと風邪引くし私も濡れたくないからしっかり拭いてね」

「スミレ」

「聞いて私の話」


 そっと回された腕は水気が切られているものの、後ろから肩辺りにぽたぽたと髪の雫が垂れている。ぎゅっと力を込める腕には何も付けられておらず、背中にくっつくフィカルの体温が妙に伝わってくる。耳の後ろにフィカルの鼻があたり、そのまま下へと辿って肩にゆるく歯が立てられる。

 私はゴイサギのような声を上げた。


「フィーカルーゥ! 服ゥ!」

「スミレ」

「セクハラだからー! 皆見てるから!」

「誰もいない」

「いやいっぱいいるから! すごい見てるほら!」


 その辺りででれんと横たわった湯上がりのアズマオオリュウ達が、でれんとなったまま目だけでこちらをじっと見ている。ようやく巨大マシュマロを噛み千切ってぽてんと私の膝の上に着地した赤ちゃん竜も、大きな目をぱちぱちさせながらこちらを見上げていた。人間じゃなくてもそう凝視されてしまうといたたまれない。


「昨日も今日も全然くっつけていない」

「わかった! でも服は着て。ほんとに。着てすぐ」


 私があまりにも真剣に言うので、フィカルは渋々離れて着替え始める。しっかりと着込んだフィカルが回り込んで私を赤ちゃん竜ごと持ち上げるまでの間、私は目を瞑って自己暗示に励んでいた。

 見ていないけど、フィカルはきっと下着は穿いていたはず。上が裸だっただけで、下着は穿いていたと思う。見ていないから、そういうことにする。






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