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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
雪が溶けたら何になる編
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不審な商隊の正体6

 竜の牙に誘拐されたことについて事情聴取を受けるために王都に行った私達が、ロランツさんに上手いこと丸め込まれて国王陛下と謁見し、その後で参加した夜会で声を掛けてきたのがノイアスさんである。

 竜の研究者をしているだけあってノイアスさんは竜のことが大好きで、竜について話し始めると大人しそうな壮年という見た目からは考えられないような興奮度合いを見せていた人だった。


「先日、スミレさんからの荷物を受け取りましてな、聞けばトラキアス山に行っていらしたとか」

「あ、はい。スーが竜を何体か倒したので、鱗とか牙とか興味あるかなーと思って勝手に送っちゃったんですけど」

「ありまくりですよ! あれほどの種類のサンプルをあんなに沢山! 有り余る幸福に我々は緊急集会を開いて三日三晩徹夜して語り明かしてしまったほどです! あれほど倒れた会員が出た集会は初めてでしたよ!」

「えっと、喜んでもらえたならよかったです……?」


 私とフィカルは黒い魔力を引き連れて魔王のもとに行ったついでに、スーが倒した竜から採れた骨や鱗などをロランツさん達に売ってもらった。その際にノイアスさんにも送ったら喜んでもらえるんじゃないかと思いついて鱗や牙などを少し取っておいたのだ。王都のキルリスさんの家にお泊りしている間に住所を教えてもらって送ったのだけれど、妖精の冬の準備や疲れて寝込んだこともあってすっかり忘れていたのである。


 私の思いつきで送り付けた鱗その他はとても喜んでもらえたらしく、というか喜びが行き過ぎてしまったらしく、もうこれはお礼に行くしかない、ついでに変わった性格のベニヒリュウを間近で見たい物珍しいアズマオオリュウにもお目にかかりたい、と盛り上がって王都を飛び出したらしかった。


「こちら私の所属する『竜を愛で好む竜のための研究会』の同胞達です。他にも多くの会員がトルテア行きを希望したわけですが、いきなりの訪問になりますし脅かしてもいけないと思って選りすぐりのメンバーだけでやって参りました」


 そうノイアスさんが紹介してくれたのは、通称「竜愛研究会」の皆さんである。一行は商隊を率いているマルナハさんをはじめとして、北西地方で傭兵をしている人、竜医師をしている人、図鑑の編纂などをする魔獣学者、魔獣の素材から武器を作る鍛冶職人、防具を作る職人など様々な人達だった。ムキムキの筋肉をしている人もいるけれど、皆一様に非常に丁寧な挨拶をして礼儀正しく、かつ竜のことになると早口で捲し立てるような喋り方になる。異世界でもオタクという人種は似たようなタイプになるらしかった。


「お会い出来て本当に光栄です、主でないのにベニヒリュウが懐く人とこうして握手が出来るとは……」

「仔竜と交流して生きているとは百年竜歴史第三章に出てきた記録以外にありませんでした。この瞬間に立ち会えて言葉もない」

「ぜひ竜に対する接し方などを我々に教えて欲しい。竜は飼料についても非常にうるさい種が多いのに……」


 握手をする度にそれぞれが立て板に水を流したように喋り出すので、フィカルが10秒程度で剥がしにかかっていた。キラキラした目で会いにいけるアイドルを目にしたような人々を見て、ギルドに待機していた野次馬冒険者達が若干引いている。私も若干引きたかった。


「とにかく、外は寒いので中で話し合ってはどうですかね。部屋もありますし」

「そうですねこれは失礼しました! スミレさんにフィカルさん、我々もお土産を持ってきたのでぜひ受け取って頂きたい」

「そんな、わざわざありがとうございます」

「アッ我々はもう少しここで彼らを見させて頂いても? 勿論不用意に触ることはありませんし、竜の機嫌が悪くなるようならすぐに退散致しますので!」

「スミレ氏、またのちほど……!」


 竜をこよなく愛する人々にとっては妖精の冬もそよ風程度にしか感じられないらしく、ノイアスさんと商人であるマルナハさん以外の人達はスーやラルサを暫く見たいと中に入らなかった。スーは雪の上に生えてきたジャマキノコを食べる動作すら凝視されて少し居心地悪そうだったものの、威嚇するほどではないために大人しく見世物になっている。ラルサはツンツンして嫌そうにしていたものの、竜好きの来客に気を使ったルドさんが大人しくしているようにと命令したため、グギギと歯を鳴らし氷の欠片を零しながらも同じく見世物と化していた。


 建物の中に入った私達は熱いお茶で体を温め、改めて突然の訪問の非礼を詫びられたりお礼を言われたりする。


「申し訳ないんですけど、アズマオオリュウ達は雪が降る前に飛んで行っちゃってどこに行ったのかわからないんです」

「なんと……なんと……!」

「あと少し早く出発していれば……」


 ノイアスさんとマルナハさんは楽しみにしていた竜に会えないと知って気の毒なほど打ちひしがれ、それから弱々しく互いを慰め合って立ち直った。この程度の不運で折れていては研究者などしていられないらしい。アズマオオリュウが寒いのが苦手だという説について熱く語り始めたので、既に乗り越えたようだった。


「アズマオオリュウについてはまた暖かい時期にお邪魔したいと思います」

「多分春辺りにまた戻ってきそうとは思ってるんですけど、もう来なくなっちゃうかもしれないし、なんかすいません」

「イエイエスミレさんが謝ることでは! 野生の竜は基本的に会えないことが多いものですから」

「むしろスミレ氏がいるということで仔竜に会えるということ自体が驚くべき奇跡ですし」


 そしてノイアスさん達が持ってきてくれたお土産は、当然のことながらほとんどがスーや仔竜のためのお土産であり、人間用は王都銘菓だけという潔いものだった。

 これは竜が目を怪我した時の薬、こっちは竜が好むというマタタビ、とあれやこれやと解説してくれるのを聞くのは中々面白かった。竜のための薬や嗜好品などがこんなにあるとは知らなかった。このうち半分は『竜を愛で好む竜のための研究会』が開発製作を担っているオリジナル商品らしい。


「竜は主に北西地方で使われているものですから、私も普段はそちらで行商をしております。今回は北西地方の物を多く仕入れてこちらへ来たので、暫くはトルテアで店を開こうかと」

「この雪でトルテアに来る人も少なくなってたので助かります」


 行商も兼ねてやってきた竜愛研究会の人々は、宿を借りて暫くトルテアに滞在する予定とのことだった。この気候にもかかわらず、東南地方の環境や魔獣の生態なども積極的に研究したいと意気込んでいる。この熱意だけで吹雪の中をやってきたのだろうなぁ、としみじみ感じられるほどのパッションをそれぞれが秘めていた。






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