決心と2
モヒモヒモヒモヒ。
上唇が器用に動いて食べ物を口に入れるんだなぁ。
「それでスミレさん、この子はどうしたんですか〜?」
「途中で付いてきたので拾いました」
人懐っこいですねぇと感心しながら、ナキナさんが羽の生えた白い子ヤギを撫でている。子ヤギはもっと撫でろとナキナさんの掌に頭を擦り付けては私がエンドレスで差し出すジャマキノコを食べてを繰り返していた。
子ヤギの可愛さにふにゃっとしていた顔をキリッとさせて、ナキナさんは私に注意した。
「本来魔獣はどんな危険な攻撃をしてくるかわからないので、基本的には近寄らないのが鉄則ですよ? 冒険者であればそこは抑えておくべきだと思います」
「今ナキナさんも触ってるじゃないですか」
「スミレさんの周辺は変わった性格の生き物が多いので大丈夫かなぁって」
私の知らない所で非常に不本意な評価が下されていた。
そもそもスーはフィカルが連れてきた竜だし、アズマオオリュウも竜の牙が捕まえていたから出会っただけで、別に私が本能を忘れかけた生き物を引き連れているわけではない、と思う。
「たまにいるんですよねぇ、妙に懐かれやすい人。私の友人でそんな感じの魔術師がいるんですけど、その子は竜医師になりましたよ」
「竜は大きいから診察大変そうですね」
モヒモヒと動く子ヤギの口は、ジャマキノコ3つめを完食しようとしていた。贅沢な餌です……と呟いているナキナさんも餌やりをしたそうだったので上げてみると、咀嚼しながら匂いを嗅いだ子ヤギがプイと方向を変えて部屋で跳ね回る遊びを始めてしまう。
「ええぇ……なんで私の餌は食べないのぉ」
ショックを受けて項垂れるナキナさんを慰めていると、部屋にキルリスさんが突然現れた。落ち込んでいたナキナさんはその瞬間にピシッと直立したので、キルリスさんは厳しい上司なのかもしれない。
「王都に連絡を付けてきた。お待たせする前にカーナヤに行くぞ」
飛び回っている子ヤギはフィカルがキャッチして、私とフィカル、子ヤギとスーはキルリスさんの魔術でカーナヤへと転移する。ナキナさんはまだ仕事があるというので、部屋に生えたジャマキノコの片付けをお願いする。ナキナさんはジャマキノコで新しい魔力回復薬を作ると意気込んでいた。
キルリスさんが「お待たせする前に」と言ったということは、そこそこ地位の高いキルリスさん以上の貴人が来るということなのだろう。薄々覚悟して行った先のカーナヤにある広場で暫く待って現れたのは貴人も貴人、10日くらい前に会ったばかりの国王陛下だった。
「おう、そなたらはご苦労だったな」
「お、恐れ入ります……」
すごい人が来るなら来ると予め言っていて欲しい。
国王陛下は王城の謁見室で会ったときよりも随分ラフな格好をしていた。生地はいかにも高そうで美しい刺繍が入っているものの、マントも床を引き摺らない丈で、ズボンもブーツも機動力を優先させたものだ。がっしりした体格と砕けた態度なので、街で出会えばベテランの冒険者に見えるかもしれない。壮年に見えるけれど、明るいプラチナの髪が白髪には見えないほどには若々しい。
その後ろには、ロランツさんとデギスさんが控えている。
「カーナヤには王太子時代に来たことがあった。貴族の中から星石を破壊する者が現れるとは実に嘆かわしきことだ」
争いがあって街が減ったのはずっと前の時代のことだ。それからずっと星石の数は保たれていたのに自分の代でこんなことが起きて、国王陛下は責任を感じているのかもしれない。フィカルの腕から飛び降りた子ヤギがベエェーと鳴きながら国王陛下の手を舐めた。ハラハラしながら見ていたものの、国王陛下は明るく笑って小さな頭をわしわしと撫でてくれている。愛嬌で不敬罪を回避した子ヤギである。
「じゃあまず、黒い魔力のことについて聞こうか」
「はい」
ロランツさんに促されて、私はこれまでのことを思い出しながら説明する。フィカルが口を開かなかったので、トラキアス山や魔王についての生の証言をするのが私一人だけなのだ。魔王が動き出すのは数百年単位の開きがあるので、記録は古い文献にしか残っていないのである。
冒険者としての興味もあるのか、道中の魔獣などについての話も含めて国王陛下や貴族トリオも質問を挟んでくる。スーがバクッと夕食にしたりフィカルがあっさりコマ切れにしたあれやこれやの魔獣が、竜騎士団の小隊があっさりやられるくらいの強さだったと知ってむしろこっちが冷や汗をかいた。
「そなたら、だからやたらと帰ってくるのが早かったのか」
「フウリュウであれば上空を通って一気に到着出来るかもしれませんね」
「いや、上は上で竜の巣窟だろ? 俺は地上の方が行きやすそうだと思ったがなァ」
アレコレと議論しつつ、トラキアス山の環境の良さに話題が移るとそれぞれが驚きの声を上げる。魔王がすごくデカイ羊だった件については全員が絶句していた。
「魔獣の王、獣を司るなりって話は姿形も含めてのことだったのか」
「そんなに大きい羊が存在しうるのか? 実際にどれくらいの大きさなのだ」
「いや……測ったわけじゃないですけど、この広場よりは広かったです」
「そりゃァ敵わねぇだろうな……斧がいくつあっても斬れねえだろう」
魔王の持つ役割、繊維状の魔石というのは魔王の羊毛だったこと、黒い魔力はあっさりと魔王の胃に収まってしまったことは、改めて記録に残すために詳細を書き出しておくようにとお願いされる。
魔王と黒い魔力についての話が終わり、星石の話になると、私の口はとたんに重くなる。フィカルが手を握ってくれているものの、私のテンションの下がり具合に子ヤギがくるくると私の周りを回り始める始末だった。
国王陛下とロランツさん達も真剣に耳を傾けているため、子ヤギの鳴き声だけがカーナヤに響いている。
「……だから、この繊維状の魔石を食べさせる方法で善きものという存在を見つけて魔力を蓄えさせれば、星石を作ることが出来るんです」
スーの鞍に括っていた袋に入っている繊維状の魔石を見せながら説明すると、一同は考え込むようにそれを眺めていた。
やがて国王陛下が重々しく口を開く。
「代々王から王へと語られる秘せられた歴史では、古代には人を生贄に魔石を作ったと語られていた。殺戮を禁じるために方法が語られていないのだと思っていたが」
「人間を殺してもダメなんです。たまたま人間を真似していた善きものが星石になっていただけで、他の生き物を真似ていても善きものであれば星石になれるし、善きものじゃないならどんな生き物でも星石にはなれないと魔王は言っていました」
「それが真であればこれ以上のない朗報だ。そなたのもたらした事実で我々の歴史が大きく変わるだろう」
それで、と促したのは誰だろうか。ベエベエと甘えてくる子ヤギを撫でるために私がしゃがむと、それぞれの視線が子ヤギに注がれているのがわかる。
「……それで、この子が、……」
毛皮と同じ白い睫毛に縁取られた、横長の瞳孔がじっと見上げてきている。撫でると少し顎を上げて、ベエェーと高い声で子ヤギが鳴く。短い尻尾がぴるぴると動いていて、私は子ヤギをギュッと抱きしめた。
「こ、この子は、うちの子です!!」
ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/07/15、12/20)




