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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
魔王もしくは世界の危機編

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旅は道連れ6

「スミレは帰りたい?」


 太陽が昇り始めてキルリスさん達と別れて飛び始めてから、フィカルはそっと訊いてきた。太った豚を2頭平らげたスーは元気よく上昇中で、私は卵型の座席でその急な角度に耐えている。フィカルが後ろで手綱を握っている時は背凭れで囲まれていて姿が見えないので、その小さい声は一瞬空耳かと思った程だ。


 シートベルトを少し緩めて身を乗り出し、横からフィカルの方を覗くと、危ない、と制される。座っているけれど私の方が前なので、高度を上げているスーの背中で立っているフィカルと頭の位置がそう変わらない。灰色の空の下で、フィカルの銀色の髪は少し暗い色になっていた。後方に灰色のモヤモヤが付いてきている。街全体を覆うような大きさのそれは、今は空豆くらいに見える距離にいた。


「ぶっちゃけてしまうと、すごく帰りたい」


 紺色の瞳が少し俯く。触りの良い言葉で誤魔化すことも出来ただろうけど、どっちにしてもフィカルは落ち込みそうだと思ったら正直に話した方が良い。


「家族に何も言わずに来たから、きっとすごく心配してるし悲しませてると思う。せめて元気だからって一言だけでも伝えたい。顔見るだけでも」


 会いたかった家族に会えたと思ったのに偽物だった、というのは、確かに私が最も絶望する状況だったと思う。考えても仕方のないことだからと目を背けてきたけれど、やっぱり私は寂しかった。楽しくても忙しくても、奥底が心細かったのだ。今でも家族のことやもう帰れないことを考えると胸がキュッと痛む。


「この世界が嫌なんじゃなくて、フィカルもスーも大好きだし、もう会えないってなると絶対に嫌だけど、それでも家族には会いたいと思うよ」

「キルリスを脅すか?」

「えぇえ?! だ、ダメでしょそれは!」


 真面目な声音に慌てて否定して気付く。フィカルの強さがあれば、キルリスさんを脅すことが出来るかもしれない。モヤモヤを街に連れて行くとか、多くの人を人質にするとか、そういうことをすればあるいはキルリスさんだって要求を呑むかもしれない。しかし後味が悪過ぎてたとえ家族と再会出来たとしても全力で喜べない。

 私が座席の後ろに伸ばした手をフィカルが握った。手綱を握るために指先が出ている革のグローブを嵌めている。


「あのねフィカル、帰りたいけど、帰れなくてもいいの。すっごい寂しいけど、それでもいいの」


 家族が恋しいのは、温かい思い出が沢山あるからだ。帰りたいと思うのは、優しさを知っているから。幸せな記憶があるから寂しくなる。これから先もホームシックにはなるだろう。だけど、その分だけ幸せなことを思い出せる。帰れないのであれば、明るい気持ちを思い出していきたい。家族の顔を思って悲しくなるより、思い出し笑いをしたい。


「それにフィカルは私がいなくなったら寂しくないの?」

「寂しい」

「ンフフフ」


 命を賭けて願いを叶えて貰うより、ズバッと好意を示して貰うほうが嬉しい。思わずニヤけてしまい座席に戻ると、フィカルが身軽に私の座席を越えて前まで来た。結構傾いているのでこちらがヒヤヒヤしてしまう。落ちないように手を伸ばしてフィカルが座るのを見守ると、傾きのせいで随分とフィカルの顔が近かった。


「だから、付いて行く」

「えっ あ、うん……そうだよね、付いて来そう」


 2人で地球の海の真ん中に放り出されても、フィカルがいれば何とかなりそうだ。戸籍が心配だけれどフィカルは顔もスタイルも良いので、モデル業とかで稼げそうである。小洒落た服を着たフィカルが日本を歩いていたら、鳩の群れの中の孔雀くらい目立つだろう。うちのダイニングテーブルで食事を摂るフィカルを思い浮かべると何だか笑える絵面だった。


「あ、でもスーが可哀想だよね」

「……連れて行く」

「それは割と大変な騒ぎになるだろうなぁ」


 馬は中型車両扱いだと聞いたことあるけど、スーはもしかして飛行機扱いだろうか。飛行機の免許って普通の人でも取れるのだろうか。きっと車や電車を追い掛けて遊ぶだろう。鹿が増えて困っている地域ならご飯代が助かりそう。スーならハリウッド映画主演も夢じゃないだろうし。


「じゃあ、もし日本に行く時が来たら、一緒に行こう」


 フィカルは目を眇めて頷いた。そのまま顔がもっと近付いて、少し冷えた唇が当たる。背中に回った腕が2本とも、しっかりと私を捕まえていた。


「あ、日本でも外でちゅーというのはダメな行為だから。ほっぺでもおでこでもダメだから」


 フィカルは非常に不満そうな顔をした。



 ここの人にとって割と有害なモヤモヤを連れて街に行くわけにはいかないので、何日も上昇と滑空をひたすら繰り返している旅は単調なものの、くすんだ色の景色は割と変化していて飽きることがなかった。

 遠くから見ると普通の森に見えるものが毒草しか生えていないものだったり、ものすごく太い針葉樹が生えている沼が紫色だったりしていたけれど、スーの背中に乗っている分には安全に観光することが出来る。


 風がやや肌寒くなってきていたけれど、鞍には魔術がかかっているので耐えられないほどではない。フィカルがスーに手頃な石を温めさせて布で包んだカイロを作ってくれて、懐に入れていると心地よかった。石は炎で焼いていると弾けるものもあって、スーはそのバチバチいうのが好きらしくあちこちの石に炎を吐いた。


「あっフィカル、あの大蛇食べられるよ」


 ジャマキノコとルドさんに助けて貰った際にいた大蛇はナワバリヘビという蛇で、このあたりでは蛇といえばこのサイズだとデギスさんが教えてくれた。砂地に住み、自分の縄張りに入ってきた生き物を食べるらしい。縄張りから出れば襲ってくることはなく、しかも毒性もないので旅をするのに貴重なタンパク源なのだそうだ。

 ルドさんが持っていた調味料で蒲焼きも美味しかったけれど、デギスさん一押しの白焼きに塩と山椒に似たスパイスの組み合わせも非常に美味しかった。わさび醤油とご飯が欲しい味である。


 スーが安定して魔獣を狩っているので、ロランツさんからの家畜の差し入れはなくすことになった。その代わりに、私達への追加の装備を持ってくるようになったのだ。マントの内側に取り付けるようになっている毛皮はサイワイウサギという小型の兎の毛で作られていて、軽くて程よく暖かい。このあたりでは更に冬になると羽毛を入れたものを取り付けるそうだ。同じ毛皮で作った帽子は竜の騎乗用で、耳までカバーされるロシアっぽいものだった。薄いけれど、コレを被ってさらにフードを被ると暑いくらいだ。

 他にも魔術がかかった防毒マスクやこの先の毒草に効く薬など。鞍に括り付けた荷物が最初と比べて結構大きくなっているものの、スーはまだまだ平気そうで安心した。


 デギスさんは、フィカルのために幾つか新しい剣を持って来ていた。フィカルの剣はトルテアでは最も上等なものだけれど、王都だとまあまあ、北西地方では心許ないというレベルらしい。あんまりこだわりのなさそうなフィカルもそれを真剣に選んでいたのは、実は東の果てで巨大竜とエンカウントしたときに、頑丈な牙に斬りかかってほんの少し欠けてしまっていたかららしい。見せてもらっても欠けている場所が私には見えないレベルだけれど、機があれば買い換えようと考えていたということだった。


「それは振り回しやすいけど、こっちに比べるとやや高熱に弱い。これはどうだ? 重いか?」

「そっちは陣が入っていない。いいか、魔術攻撃にはやっぱり防御陣がいる」

「動きやすさを重視するなら小さめでもいいんじゃない? フィカルは弓も使えるんだろう?」

「斧なんかも持ってくりゃよかったな」


 キルリスさんとロランツさんも加わってあれやこれや言いながら剣を選び振り回し、魔獣を試し切りしては比べて、という光景は、教室で盛り上がっている男子グループと似たようなものだった。私は女子が入っていけないノリを離れて眺めながら、つかの間の仮眠を取るスーの隣で頭を撫でていた。






ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/12/19)

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