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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
魔王もしくは世界の危機編

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旅は道連れ1

「黒い魔力、消えてない……」


 カーナヤの街は相変わらず灰色で息苦しい感じが充満していた。さっきは気付かなかったけれど、建物や馬車も、明らかにもろく崩れそうになっているところもある。何ともなさそうに見えるものもあるので、含まれている魔力が関係しているのかもしれない。

 あっちこっちをキョロキョロ見回すことが出来るのは、フィカルが私を抱えているからだ。いつもよりしっかりと、子供のように抱き上げられている。倒れた時のものと思われる傷を持つフィカルに抱っこしてもらうのは非常に気が引けるのだけれど、どれだけ固辞したところでフィカルから逃げ切るのは難しい。せめて傷に触れないようにと大人しくしている他なかった。


 ギャーッ、ギャーッとスーが鳴いているのが聞こえる方角へ進んでいき、街を出るとやや視界が明るくなった。そのまま歩いていくとようやく世界に彩りが戻る。彩りというか、真っ赤になった。スーがぶわわっと鳴きながら小さな手で私とフィカルに抱きつこうと突進してきたからである。あっけなく避けられながらもスーは嬉しそうにフィカルに鼻先を寄せていた。

 鮮やかな視界で10メートルほど進むとキルリスさんがむっつりとこちらを睨んでいる。


「無事か」

「フィカルがちょっと怪我してるけど、大丈夫そうです。お待たせしました」

「そのようだな。……ちょっと待て」


 ツバメのような鳥がすっと飛んできて、キルリスさんの持っている杖の上に止まって消えた。キルリスさんの眉間がますます深くなり、杖を持っていない方の手をグーにして何かをつぶやき、上に向けてパッと何かを放るような仕草をする。すると、先程飛んできたのと同じような鳥が何羽か放射状に飛んでいった。手品師としても稼げそうである。


 そのまま暫く待ってまた鳥が何羽かキルリスさんの元へ飛んでくるメルヘン状態の後、キルリスさんは険しい顔をして溜息を吐いた。


「貴様ら、竜に乗れ。ここから移動する」

「あ、そうですね。フィカルが元気だから、スーで飛べるし」

「違う。見ろ」


 キルリスさんが指したのは私達の後方、カーナヤの街だった。


「黒い魔力が移動している。おそらく、貴様らを目標にして」


 私からは灰色に見えるモヤモヤとそうでない場所の境界線には、ジャマキノコがわさっと生えていた。黒い魔力の中には生えられないらしいそれらはモヤモヤを囲むように生えていた筈なのに、今はその境界に枯れているジャマキノコがある。

 黒い魔力の周辺を見張っている魔術師からの連絡によると、私達のいる場所の反対側では、魔力がカーナヤの街の方へと収束したように見えたらしい。黒い魔力が小さくなっていっていると考えたけれど、反対側では逆に膨張しているように見えた。


 私とフィカルが移動すると、確かにじわじわと灰色のモヤモヤが近付いて来ているように感じる。魔術師達に連絡をして、私とフィカルはスーに、キルリスさんはキタオオリュウに騎乗してある程度離れてみると、移動しているのが顕著にわかった。


「貴様らとの距離が離れるほど速く、近いと遅く移動しているようだな」


 荒れ地でモヤモヤを見ながらキルリスさんが言った。

 この世界には、この世界の魔力がいたるところに存在している。その中で黒い魔力はとても異質なものらしい。その不安定さの中で霧散してしまわないように、黒い魔力との親和性がある異世界人の傍に存在しようとしているのではないかとキルリスさんは仮説を立てる。


「そもそも、魔力だけが存在するということは非常に難しいのだ。我々や動植物などの中にあって初めて安定する。そして、大きいほど安定しやすい。黒い魔力が霧散すればそれだけ不安定になり、異世界人を求めて大気を乱すか、大きな魔力の器である星石に入り込もうとするのだろう」

「えええ……大変じゃないですかそれ……どうしよう……」


 モヤモヤの移動速度はそれほど速くはない。私とフィカルの距離が離れると人間が走っているくらいの速度で近付いてくるけれど、そばにいるとじわじわと動くくらいだ。ただ歩くだけでも離れることが出来るけれど、離れ過ぎるとモヤモヤが散り散りになってあちこちに行ってしまう可能性がある。他の街の星石も壊してしまう可能性があるのでそれは避けたい。しかしそうなると、後ろをついてくるモヤモヤのせいで私もフィカルも街に入れないのだ。

 困っていると、それまで黙っていたフィカルが口を開いた。


「トラキアス山へ行く」

「トラキアス……って、確か魔王が住んでいるところ?」


 こっくりと頷いたフィカルに、キルリスさんがどういうことかと問う。私が抱っこされているという事実は既にスルーされていた。


「魔王があれをどうにかする」

「えっ そうなの? なんで?」

「……そういう生き物だ」

「待て、魔王に異世界の魔力をどうこう出来る性質があるという記録はないぞ」


 フィカルは少し困ったように首を傾げながら私に答えた。止めるように声を上げたキルリスさんに対しても、「多分出来る」と返している。多分と付いている割には、中々自信がありそうな言い方に聞こえる。

 フィカルは魔王を討伐に行き、殺してはいなかったものの、その存在とは相対したことがあった。そこで魔王と話したり、何かを見たりしたのかもしれない。前に魔王が悪さしたのは百年以上前だとか聞いた気がするので、今生きている中で魔王に会ったことがあるのはフィカルだけだ。


「確実ではないだろう。魔王がどうにか出来なかった場合、貴様はコレをどうする気だ」

「邪魔だから遠くに置いてくる」

「なっ……」


 すごく適当なプランBである。街が四方にある状態でモヤモヤを振り切って霧散させてしまうよりは、確かに遠くの方で霧散させた方が星石などの被害が出にくいかもしれない。トラキアス山は北西の遠くにあるらしいので、山の向こうまで引きつけて逃げてくるという姥捨て山方式にすれば、暫くは街の方へは来ないかもしれない。黒い魔力は竜をも怪我させるほどの能力なので環境破壊が心配ではあるけれど。


「……とにかく、貴様らはこのまま竜を歩かせて北西に移動しろ。街は無い方角だが、万が一街が見えても決して近寄らず、この魔力も近寄らせるな。対策を取る」


 キルリスさんはそう言ってパッと姿を消し、主人が消えてしまったキタオオリュウがオロオロと周囲を探し始めた頃にまたパッと姿を現した。毛布や食糧などの入った荷物を私達に押し付け、最後に北西地方の地図と可愛いペンダントを渡した。


「この地図は自分がどこにいるかを印で表示することが出来る。破くと壊れるから気を付けろ。今日はこうまっすぐ移動するように竜を歩かせろ。毒沼があるから水は汲むなよ。ペンダントは貴様らの場所を捕捉するためのものだから失くすな」


 キルリスさんは一旦デギスさん達と話し合って、夜にまた様子を見に来ると言った。その時にトラキアス山へ行くことを許すかどうか決める予定だけれども、今のところ他に案もないからそうなるだろうともこぼす。


「色々と準備してくれてありがとうございます」

「別に貴様のためではない。その物騒なものを引き連れたまま街に来られると大事だからだ」


 ツンデレモードのキルリスさんは他の魔術師と共にさっさと転移してしまった。今度はキタオオリュウも一緒に消えたので、魔力が大分回復していたようだ。

 残ったのは私とフィカルと、乗る? 乗る? と身を屈めているスーである。キルリスさんから貰った荷物を鞍に括り足して、私は思わず日本でよく遭遇した言葉を呟いた。これほど合う場面もあるまい。


「……俺達の旅はこれからだ!」


 こうしてフィカルが不思議そうな顔でこちらを見つめる中、トラキアス山への旅が始まったのである。






ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/07/01、12/19)

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