王都から2
本日のランチはレバーペーストとチーズのサンドイッチと鳥肉の燻製である。私が先日めでたく星3昇格試験に合格した折に罠猟で捕まえたトモシビドリをじっくりと燻製に仕上げたそれは、軽く火で炙ると旨味がじゅわっと染み込んで大変美味しく食べられる逸品に仕上がっている。レバーペーストは王都からの行商が売っていたもので、原材料のヨウセイブタのレバーはこの世界ではなかなかの高級品。フィカルの財力を武器に2瓶購入してみたら、その美味しさに2人ともが感動しさらに幾つか追加購入したという経緯がある。そんなわけで今空前のレバーペーストブームが私とフィカルの間で沸き起こっていた。
「それにしても、定期的に魔王って現れるんだね。魔物の王っていうくらいだから、やっぱり竜なのかな?」
せっせとレバーペーストをパンに塗りつけていると、鉄の串にトモシビドリを刺して火に翳していたフィカルが温まったものをお皿に載せてくれた。お礼を言うと、こっくりと頷かれる。
「魔王を倒した冒険者のことを勇者って呼ぶんだって。フィカル知ってた?」
フィカルは首を振ってからサンドイッチにかぶりつく。心なしか幸せそうな表情だ。
「勇者はお姫様と結婚しましたとかって話があるけど、ここでもあるのかな」
フィカルはもぐもぐと口を動かしながら、今度はふるふると頭を振る。そしてもう一つの白いサンドイッチに手を伸ばした。
ここではライ麦パンのような茶色くて僅かに酸味のある堅めのパンが一般的で、精製した粉で作る柔らかいパンは少しお高い。フィカルが金貨を稼いでくるまでは一度も食べたことがなかった。白パンもうちではブームである。
「え、そういう話ないの? 王都には貴族とかがいるんだっけ? やっぱりお姫様は貴族と政略結婚なのかな」
二人して首を傾げ合う。ここは大陸で、あちこちに人間が住めないような環境があるものの、全体的には1つの国が治めている。王様がいる王都からこの街トルテアまでは馬のような動物で急げば1週間ほどで着くけれど、のんびりした街のせいかトルテアでは王都の噂はあまり聞くことがない。街を行き来して噂を運んでくるのは主に冒険者や商人だけれど、ギルドで働いているせいかどこでどんな魔物が暴れただとか、新しい武器の構造がすごいとかがほとんどだった。
子供達へ聞かせる夢物語として王都ではキラキラしたドレスのお姫様がいるとか、王都騎士団はかっこよくて強いとか、王様は勇者の末裔であるとかそういう話があるらしい。若者で王都に憧れる人もいるけれど、王都はトルテアよりも北西に位置しているため、動植物も魔物もここより物騒らしい。やっぱりトルテアが平和で一番、と住民が口を揃える満足度の高い街なのである。
希少な魔術師が多く集まっていることから生活環境も良いと言われているが、現代日本の生活からこの牧歌的な世界で行き倒れかけた身としては、ウォシュレットがない生活であれば大体どこも似たようなものである。
「王都は美味しいものが多いっていうのはちょっと魅力的かもね」
レバーペーストの瓶をしっかりと締めて言うと、フィカルはそう? と言うように首を傾げた。美味しいものは好きではあるものの、フィカルはさほど食に執着しないタイプのようだった。フィカルが討伐任務に持っていく携帯食料は栄養価が高い代わりに非常にまずいと有名な「魔王の呪い」という固形食料である。名前からして物騒なそれは色々な植物を混ぜて固めたもので、私はサイコロ大のものを試食させてもらったことがあるけれどハッキリ言って思い出したくない味だ。フィカルはぱくぱく食べていてドン引きした覚えがある。
ちょっと贅沢で美味しい食事を平らげて、私とフィカルは言われていた通りお昼過ぎにギルドに顔を出すことにした。
今日は事務の仕事も冒険者の依頼も受けていないので、いつものポシェットも剣もなく、ショルダーバッグにはお財布とナイフと風呂敷のみ。ナイフと風呂敷は食べ物を買ったときに使うことが多いものだ。話がすぐ終わったら今夜のために何か果物を買うつもりなのである。
フィカルは剣を帯びているものの、本格的な討伐用のものではない細身で60センチほどのものだった。星4つ以上の冒険者は、急な魔物の強襲などに備えて帯剣し、ギルドや住民の救援要請に応じる義務があるので、どこに行くにも剣を持っていくのだ。私はそんなこと出来そうにないのでこれ以上は昇格試験を受けるつもりはない。
「なんかすごく騒がしい……」
家から出た時から、いや、本当言うと家の中から微妙に聞こえてはいたものの気付かないふりをしていたけれど、ギルド事務所が見える位置に私とフィカルが来てしまったため、その騒音はさらに音量を上げた。言わずもがな、スーである。
街で騒ぐとフィカルにやっつけられるので、スーは普段はほとんど森で暮らしている。たまに街の上を飛び回っているけれど、その他は大人しいものである。フィカルの教育が生きていた。
そのスーがギルドの屋根の上に登ってグォーグォーとやかましく吠えていた。
更に近付いてみると、ギルド前の広場にはスーの他に何匹か竜がいて、スーはそれに対して威嚇しているようだった。広場の竜もたまにスーに吠え返すので、普段よりも騒がしくなっていたようだ。
「うわ、フィカル、なんか竜がいっぱい」
広場の竜は全部で3匹。すべて同じレモン色の鱗を持つ種類で、スーより大きい竜だった。スーは種類で言うとベニヒリュウといって、リュウ属のなかでもそこそこ大きい方である。そのスーよりも明らかに二回りは大きいので、もしかしたらオオリュウ属かも知れない。スーと似て恐竜のように大きな鼻先は革のベルトと轡が取り付けられていて、体にもハーネスが取り付けられており、翼の間には人間が乗るための鞍が取り付けられている。誰かが乗ってきた竜のようだった。
「あれ、もしかして王都のギルドの人が乗ってきた竜?」
「……うるさい」
騒音に顔を顰めたフィカルは、足元の小石を拾って躾のなっていない犬のように吠えているスーに対して投げた。しかも、スーが避けることを想定して避けた場所へも投げるという二段構えである。フィカルのスーへの扱いが雑すぎないかと心配になるが、竜と人の関わりを見たことがあるルドさんによると竜は鱗が固くて回復力も高いので、言うことを聞かない場合はビシビシいくものらしかった。
「ギャッ!」
小石がクリーンヒットしたスーは涙目で静かになる。吠える代わりに分厚い帆布のような翼をバタバタさせているスーは、だってこいつらが縄張り荒らすんだもん! とでも言いたげに不満を表現していた。
のそっと跳び上がるように翼を動かしたスーが、私達の前に降り立った。フィカルを避けて、私の目の前でわざとらしくぷるぷると震えてみせる。あざとい。
「よしよし、あの竜達は多分すぐ帰るから大丈夫だよ」
スーは喉元を撫でろと鼻先を空へ向けてズイッと寄ってくる。猫みたいで可愛い動作ではあるものの、いかんせん体が大きいので頭の下に潜るのはなかなか怖い。
スーは意外に賢くて、フィカルが私をぎゅっとするのを真似ているのか立派な後ろ足に比べて小さい前足で私を傷つけずに優しく抱きしめることが出来るのだけれども、鉤爪が大きく鋭いので心境的には恐竜に捕まった犠牲者Aになってしまうのだ。力で言うとフィカルのほうが苦しいこともあるというのに、見た目のせいで損をしている竜である。
潰されませんように……と願いながらスーの喉をペチペチ撫でていると、フィカルが近付いてきて手で顎をぐいーっと押し上げてスーがバランスを崩して仰向けに転がった。スーはグギュッグウウゥ〜と文句なのか甘えているのかわからない言葉を上げながら地面の上でくねくねと身を捩った。猫みたいで可愛いけれど、道を塞ぐほど大きい。
「フィカル、スミレ! ようやく来たか……っておい! スーはどうした?!」
「じゃれてるだけです、ルドさん」
ギルドの事務所から顔を出したルドさんが慌てて近寄って来ると、スーは素早く身を翻して立ち上がった。バタバタと羽で砂を落として澄まし顔である。
スーが倒れているのかと思って心配したらしいルドさんは「お前人に懐き過ぎじゃないか……?」と引いている。確かに、向こうで手綱を付けられている竜たちは、時々煩わしそうに首を振るだけで、あとはとても大人しい。
「まあいいや、とにかく事務所へ来てくれ」
「何かあったんですか?」
「こいつらの主がフィカルを探してるみたいなんだ」
「え? これ、お客さんが乗ってきたの? フィカルの知り合い?」
ぐい、と親指で黄色い竜を示したルドに首を傾げる。てっきり中央ギルドからの通達で誰かが来ていると思っていたけれど、違ったようだった。王都や北西の騎士団では竜騎兵隊は珍しくもないが、個人で竜を従わせている冒険者はほとんどいない。そもそも、フィカルに知り合いがいたのかと驚いて見上げると、フィカルはいつもの無表情でふるふると頭を振った。心当たりがないらしい。
「知り合いじゃないのか? フィカルのことだと思ったんだが……」
「……君がこのベニヒリュウの持ち主?」
首を捻ったルドの後ろから、聞き慣れない声がした。低い男性の声ではあるがよく透る涼し気な音色である。
姿を見せたのは、金髪碧眼の若者だった。黄色味が濃い金髪は短髪よりも少し長めで爽やかではあるのに、やや垂れ目の甘いマスクが色気を仄めかせている。服装は革袋や帯剣などから明らかに冒険者の旅装をしているが、程々に整えられた体格は動作が上品なのか、乱暴者が多い冒険者の中では浮きそうなほど優雅だった。ルドよりも僅かに大人びた、二十代初めほどの青年は見紛うことなきイケメンで、道を歩けばモデルのように人目を引くだろう。現に、スーの騒がしさを聞きつけてやってきた野次馬冒険者達の中にも見とれている者がいる。白馬に乗っていれば王子様に見えたかもしれない。
プリンス系冒険者の青年はフィカルをじっと見ている。フィカルは安定の無表情。放つオーラに違いはあれど、フィカルもなかなかにイケメンだ。負けてないぞ、と心の中で謎の応援をしていると、青年が整った唇を開いた。
「銀髪に赤い竜……君が魔王を倒したって噂の冒険者かな?」
ここで私やルドさんや心配して事務所から顔を出したサンサスさん、そして野次馬の皆さんを描写しよう。口はあんぐり、飄々と立っている無表情のフィカルを凝視して、誰もが唖然の表情。心の声を表すなら、皆揃えて同じ一言のはずだ。
ハァ?!
ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/09/19)




