王都へ5
背中側が肌寒い。
そう思って正面の温かいものにひっつくと、それが僅かに唸っていることに気が付いて目が覚めた。寝惚けていたとはいえ、自分からひっついていったのはどうなのかと思いながら掛け布団を引き上げようとして気がつく。
「フィカル、フィカル」
私の頭の上の方にあるフィカルの顔が顰められ、僅かに唸っている。腕に触れると体は緊張しているようだった。呼びかけながら揺さぶるとびくっと震えたフィカルは素早く半身を起こした。寝起きでも素早い。
「大丈夫?」
さっと部屋を見回したフィカルにそう問いかけると、ゆっくりとした頷きが返ってきた。
私も名残惜しく掛け布団を羽織ったまま起き上がる。アズマオオリュウ特製のマシュマロ布団の快適さに慣れていたせいか、普通の布団と秋の気候が肌寒さを生むということを忘れていた。流石にあの大きなマシュマロを抱えて旅行は出来ないので、今は仔竜ちゃんのくれた小振りのマシュマロを枕として一つずつ持ってきているだけなのだ。
「夜は冷えてたみたいだね。フィカルもあまり寝心地良くなかった?」
あくびを押し殺してそう問いかけると、フィカルの頭が肩にのしかかってきた。
旅に出ているというストレスだけでも私も寝苦しさを感じていたのに、フィカルは私の心配もあって夢見が悪くなっているのかもしれない。ルチアさんとの夕食で不穏そうな話をしたのもあって寝付きもあまり良くなかったので今日は2人して寝不足気味だ。スーが上手く飛んでくれたらうたた寝くらいは出来るかもしれないけれど、フィカルが落ちそうでそれも怖い。
2人とも座れる鞍を作るべきかも、と悩みながらフィカルの後頭部に出来た寝癖を手櫛で撫で付ける。
「あ、今スーの声がしなかった? 早く準備しよう」
拗ねられると時間を取られてしまう。夜明けのひんやりした空気に負けないよう素早く着替えて靴を履く。振り向くと私より先に身支度を整えたフィカルが背を向けたまま近くに立っていた。
「もうこっち向いてもいいよ……なんで上着着てないの?」
夏の盛りには流石にシャツ一枚だったけれど、普段フィカルは大体その上にもう一枚着ていることが多い。今は旅装でスーにも乗るのでシャツの上に似たような被って着る形の服を着てその上からマントを羽織るはずなのだけれども。
シャツ1枚のまま立っているフィカルの胸のあたりには、親指の第一関節分くらいの大きさをした赤い竜が縫い付けられている。歪な炎を吹いているそれは昨夜私が苦心して刺繍したミニスーだ。リリアナママが選んでくれた紅い刺繍糸は、襟ぐりの飾り縫いに使った紺色とも馴染んでいる。
着た状態で見ると少し刺繍が小さく感じる。そして微妙に斜めになっているように感じる。さっそく着ているフィカルが心なしか満足げな顔にも感じる。
目が合うと、こっくりと頷かれた。
「ありがとう」
フィカルは小さくそう言って、高い背を屈めて私の頬に近付いてきた。ふにっと頬に感じる感触は、まだ慣れるには少し時間がかかりそうだ。その前に飽きてくれることを祈っているが今のところその気配はない。
「うん……頑張った甲斐があったよ」
だから上にちゃんと着よう。そう説得しながら私は密かに溜息を吐いた。
これは残りのシャツも刺繍することになるんだろうなぁ。
「フィカル殿、スミレ殿、おはよう。朝食を食べていくか?」
「ルチアさん、おはようございます。せっかくなんですけど、今日はラタまで行こうと思ってるので……」
「ではもう出発した方がいいな。軽食を包ませたから持っていくといい」
私達が広間に顔を出すと、朝早いというのに既に起きていたルチアさんがテキパキとメイドさんや竜騎士団の人達に指示を出していた。
軽食の他にも干し肉やタラチネで作っているお菓子、秋の旅装には少し心もとないだろうとブランケットまで持たせてくれる。恐縮していると「なに、勇者と仲良くなったと王都で自慢するための賄賂だ」と微笑まれた。カッコイイ女性だ。
「まだ街に人は少ないだろうが、一応門まで送って行こう。あなた方の竜にも興味があるし」
そう言ってルチアさんは自ら馬車を牽いてくれた。トルテアでよく見る御者が荷車の前に座るタイプではなく、御者と同行者が同じところに座るタイプの小さな馬車だ。馬車と言っても箱馬車ではなく、ベンチのような椅子に車輪が生えて上には折りたたみの幌が付いているので、小さな頃観光に行った時に見た人力車のような見た目である。
真ん中に御者を乗せて3人乗りでゆったり出来る幅があるけれど、フィカルが私と離れて座ることを承知しなかったために、少し左に寄ったルチアさんの右に私、そしてその右にフィカルが詰めて座ることになった。御者はあまり移動できないので、私は大柄な2人に挟まれてぎゅうぎゅうである。寒さを感じないのが幸いだ。
「荷物の上に手紙を入れておいた。小さい方をラタの門番に見せれば、そう騒がずに滞在出来るよう取り計らってくれるだろう」
「何から何までありがとうございます」
「いや、ラタの領主は耳が早いんだ。既にあなた方の噂を聞いて待ち構えているかも知れん。領主は変態なんだが、もし話し掛けられた時は大きい方の手紙を渡してやれ」
今、サラッと変態って言った?
あまりにもルチアさんの態度が普通だったので流しそうになったけれど、フィカルがぎゅっと私を引き寄せたので空耳ではなかったらしい。
警戒するフィカルを見てルチアさんが笑う。
「いや、スミレ殿に害を与えるような奴ではない。まあ態度が非常に鬱陶しいが腕もまあ立つし、意外にまともな行動をする人間でもある」
「そ……そうなんですか」
でも変態なんですね。出来ればエンカウントせずにいたい。
「お、あれが言っていたスーという竜だな」
真っ直ぐ街の中から外へと続いている街道の真ん中でスーがお座りして待ち構えている。街に入ってはいけないという言いつけはキチンと守っているけれど、街の中では出発したい商人が嫌がる馬を宥めて立ち往生していた。
ルチアさんは門番に軽く挨拶をして、そのまま馬車で近付いていく。この馬車に繋がれた馬は竜騎士団で竜に対して怯えないようにと訓練された馬なので、普通の馬よりは近付くことが出来るらしい。それでも馬の歩みが遅くなったところでルチアさんは馬車を停め、荷物を持つのも手伝ってくれた。
「本当に変わった竜だな。普通は主ではない人間がこれほど近付くのは嫌がるのが多いんだが」
「そうなんですか。市場に付いてきたりするので、慣れてるのかもしれません。でもフィカルか私以外に触られるのはイヤみたいなので、見るだけにしてあげて下さい」
「勿論だ。イヤというか、普通は噛み付いてくるくらいだが」
スーは最初見知らぬ人間がそばにいることでおすましモードを保っていたけれど、私が近寄ると手の下に頭を潜らせてよしよしをそっとねだった。やはり寂しかったらしい。鼻筋を撫でると喉でグルギューと甘えた声を出している。
私がスーに触れるのを興味深そうに見ていたルチアさんは感心して言った。
「完全に仲間だと認めているんだな。竜が特殊なのか、主の躾が上手いのか。珍しいものを見せてもらった。感謝する」
「いえ、何もしてないので……」
「この辺は丁度中型の魔物が繁殖期で集まっているから腹は満たせただろうが、ラタから王都まで飛ばすなら家畜をやると良いだろう。旅費は足りるか?」
「多めに持ってきたので大丈夫です。沢山親切にして頂いてありがとうございました」
「今度寄る際はぜひゆっくりしていってくれ。あなた方の旅に星石の加護がありますように」
見送りをしてくれたルチアさんに手を振ると、スーが地面を蹴って翼を大きく動かした。木に囲まれた丸い街がぐんぐん小さくなってゆく。風はまだ少し寒かったけれど、太陽が出てきたのでじきに温かくなってくるだろう。
これからしばらくはまた快適な空の旅だ。
フィカルはスーの高度があまり高くならないよう、街道を真っ直ぐ飛ぶように操ると、鞍の上を移動して私の前へ座り込んだ。そしてポケットから早速貰ったばかりのドライフルーツを取り出す。
私はその向かい側で卵型の座席に持ち込んだ肩掛けバッグからフィカルのシャツと刺繍セットを取り出した。
ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/12/19)




