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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
とくにポイズンしない日常編
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きのこにご注意3

 くんくんと匂いを嗅いで、リリアナが呆けたように呟いた。


「わたし、すごくお腹すいてるみたい……」

「おいなんだこの匂いは。こんなとこで誰かが料理でもしてるのか?!」

「……僕もお腹すいた……」


 食欲をそそるような魅惑的な匂いと共に、強烈に空腹感がこみ上げてくる。

 はっと気がついて、私は近くにいたルキタスとリリアナの手を握った。


「フィカル、そっち捕獲!」


 こっくりと頷いたフィカルが、歩き出そうとしていたマルスとレオナルドの首根っこを掴んだ。ヒメコリュウは上を向いた状態でクエックエッと普段よりも甲高い声を出している。


「はい皆ちゅうもーく。これ、ヒメコリュウの警戒音だよー」

「おい、そんなことはどうでもいい。匂いの元に行こう」

「そーだぞ、腹減った!」

「スミレちゃん、がまんできないよ〜」

「あとでちゃんと聞くから……」

「それそれ! そのことについて危険だって知らせてるんだよ」


 私とフィカルに繋がれてぶーぶーと文句を言っている子供達は、不思議そうに首を傾げた。私は空腹を抑えて真剣な顔をする。


「この美味しそうな匂いに負けると、死にます」

「何だと!」

「しかも苦しんで死にます」

「やだ〜でもお腹すいた〜」

「……もしかして、この匂いがシクイキノコなの?」


 いつも図鑑とお友達のレオナルドが、正解を言い当てた。


「レオナルドすごいね。そうだよ。キノコの中でも最も危険なもののひとつである、シクイキノコの匂い。いい匂いでしょ? どんなキノコか見てみよっか」

「こんないい匂いのキノコのどこが危ないんだよっ!」

「行ったらわかるよー」

「スミレ、あっちだ!」


 ぐいぐい引っ張る子供達を抑えるようにして、踏ん張りながら森を進んでいく。ヒメコリュウはその前を何度も往復しながら高い声で鳴いていた。スーもフィカルの前でわざと道を塞ぐように立ち止まり、フィカルにぐいぐいと押されている。


「スーやヒメコリュウは危ないものだってわかってるから、行かないように邪魔してるんだよ」

「本当に危ないのか? でも行ってみたら違うかもしれないだろう」

「冒険者の誰かが牛乳のスープでも作ってるんじゃないかっ?」

「そうだよ〜お菓子屋さんがいるのかもしれないよ〜」

「燻製を作ってるのかも」

「はいそれ!! まさしくシクイキノコの特徴だから!」

「えー何がだよー」


 小型犬の散歩のように先に行こうとするちびっこを引っ張りながら、私は指摘した。


「これ、何の匂いに感じる?」

「スミレ何言ってんの? 牛乳の匂いに決まってるだろっ?」

「おい、鼻がおかしいんじゃないか? この匂いはどう考えてもくるみのパイだろう」

「え〜ぜんぜん違うよ〜フルーツケーキだよ〜」

「……僕は鹿の燻製を炙ってる匂いがする」

「みんな全然違うでしょ? それぞれの大好物の匂いがするんだよ」


 シクイキノコの匂いは幻嗅作用があって、自分が最も食べたいと思っているものの匂いがしているように感じさせる。しかも、同時に空腹中枢も刺激するのだ。

 ちなみに私はカレーのような匂いに感じている。初めてシクイキノコに遭遇したとき、この世界に来てからカレーに似た料理すらなかったので、怪しさに気付くことが出来たのだ。カレー食べたい。


「食べたいって気持ちをそれで刺激するんだよね。ほら、あそこに生えてる」


 低く這ったツタを越えると、2メートルくらい先にキノコが群生しているのが見えた。それと同時に、スーが大きく吠える。思わず立ち止まった子供達に、ヒメコリュウが牙を見せるように対峙している。


「スー、これ以上近寄らないから大丈夫だよ」

「ギャオオオォ! ギャオッ!」

「ほら、みんなよく……見てみて……ちょっ、スー静かにして」


 吠えて警告してくれていたスーは、フィカルの物理的な説得(あしわざ)によって静かになった。涙目で不安そうにしていたが、それ以上私達が動く意思がないことを一応納得したらしい。

 群生しているシクイキノコはさほど毒々しい見た目ではない。エリンギのような形をしていて、全体がまんべんなくミルクティー色の10センチから15センチの標準的なキノコに見える。


「キノコの群生が、何かの形になってるのわかる?」

「おいフィカル、ちょっと持ち上げてくれ……あっわかった! あれアバレオオウシだ!」

「ホントだ……曲がった角と脚の形がアバレオオウシそっくり」

「そうなのか? おいスミレ、僕も持ち上げろ」

「それは無理かな」

「ねえ、あの小さいの、キノボリウサギじゃない?」


 大きく広がっている群生はアバレオオウシが走っている姿を横から描いたような形になっていて、その口元に小さくて尻尾の大きいウサギのような形にもキノコが密生している。


「なるほど、アバレオオウシとキノボリウサギだね。なんであの形になってるかわかる?」

「いい匂いすぎてわかんねえっ」

「正解はね〜あのキノコを食べると、その場で出血して死んでしまう上に、体中からあのシクイキノコが生えてくるからだよ〜」

「えぇー……」


 むちゃくちゃ苦しいらしいよ〜と告げると、流石に4人は少し冷静になったようだった。

 シクイキノコは繁殖力が低いキノコでもある。胞子を空中に飛ばすことが出来ないのだ。その代わり芳香で生き物を引き寄せて自らを食べさせる。食べた生き物はその場で苦しみながら即死し、その肉体を栄養源にしてシクイキノコは一気に繁殖する。そのため、食べた生き物が倒れた形にみっしりとシクイキノコは生えるのだ。まさに「死喰い」という名にふさわしい不気味な生態である。


「空腹を感じさせていい匂いを出すことによって理性より食欲を勝たせるんだって。それで誘惑に負けた生き物はああやって養分にされちゃうわけ」

「でもスミレちゃん、これすごくお腹すく匂い〜」

「僕も。食べないから、もっと近くに行かせてくれ!」

「だめだめ。近付いたらもっと食べたくなるからね。危ないよ」


 私とフィカルに手綱を握られている4人は、それでも近付こうとジタバタする。子供や知能の低い動物ほどシクイキノコに騙されやすく危険性は増すと言われているが、慣れた冒険者でも空腹状態で遭遇すると被害に遭うこともあるらしい。


「クエッ!!」


 首根っこを掴んだフィカルに持ち上げられたままマルスが手を伸ばしたのを叱るようにヒメコリュウが鳴き、口をパカッと開いた。ギザギザの小さい歯が並んでいるその間に、ボッと小さな炎が上がる。試験管に溜めた酸素に線香の火を近付けた実験を思い出すような小さなものだったが、マルスはそっちに気を取られた。


「ヒメコが威嚇した!」

「……ヒメコリュウの威嚇、すごく珍しい……」

「え〜わたし見てなかった〜」


 温和でフレンドリーなヒメコリュウの威嚇は私も初めて見た。おお、と感心していると、スーがのっそりと動いてシクイキノコに近付いていく。

 まさか食べるのでは? と若干不安に思っていると、スーもヒメコリュウのようにパカッと口を開いた。シクイキノコにかぶりつくような姿勢に、子供達があっと声を上げる。シクイキノコは毒が強いので、流石に竜でも危ないのではないだろうか。


「スー、危ないから」


 注意する前に、ヒメコリュウより鋭い鉤歯が並ぶ口の中から、ぼわっと炎が吐き出される。私が腕を回しても届かないくらいの大きさの口から火炎放射器のように勢い良く出された炎は、巨大なアバレオオウシ型に群生したキノコをあっさりと嘗め尽くしていた。小さいキノボリウサギ型の方も、しっかりと燃やしている。


「す、スーすげえ!」

「これが火竜の力なのか……!」

「全部燃える〜でも、スミレちゃん〜」

「匂い、強くなってる……」


 こんがりと焼かれたことで匂いが強くなったのか、更にシクイキノコはいい匂いを発し始めた。更に暴れ始めた子供達を抑えてはいるものの、自分のお腹もぐーぐーなっているのがわかる。しっかり煮込んだビーフカレーに炊きたてご飯と福神漬、更にバターチキンカレーと焼き立てナンのような匂い。どれだけカレー食べたいんだ私!

 お腹すいたーと呟きながらしっかり手を握っていると、シクイキノコが焼き尽くされたのか匂いは徐々にマシになり焦げたようなものに変わった。それでもスーは炎を吐き出し続け、しっかりと一帯を炭も残らないような惨状に仕上げてから、けふっと黒い煙を吐き出した。周囲の植物は若干色が変わっているものの、水分が多いものばかりのせいか延焼する気配もない。


 そこへ、茶色に緑色の縦縞が入っているキノボリウサギが飛び出してきた。シクイキノコの断末魔の匂いに誘われてしまったのだろう。灰になった一帯に飛び込んだその姿は目立つので、一行はその姿を自然と注視する。

 間合いに飛び込んできたそのキノボリウサギを、スーが素早く捕まえて一瞬のうちにバクリと飲み込んでしまった。むしゃむしゃと食べる音が響き、6人と1匹はしばらくそれを眺めることになった。


「あー! スーちゃん、うさぎさん食べた〜」

「えっと……スーも頑張ってお腹空いたんじゃないかな」


 ジュラシックな光景で子供達も私もシクイキノコの匂いから冷静になることが出来た。フィカルも持ち上げていたマルスとレオナルドをそっと降ろすが、2人はもうシクイキノコ跡に近寄ろうとはしない。


「でも、危なかったよなー。あんないい匂いだぜ?」

「……ぼく、一人だったら食べてたと思う」

「わたしも〜」

「ふん、軟弱なやつらだな」


 そう威張っているルキタスも、結構な力でキノコに近寄ろうとしていたけれども。


「シクイキノコだ危ない! って思ったら、とりあえず持ってる食料を口に入れて空腹感を誤魔化すっていうのも良いんだって」


 今回のクエストは子供用だしきちんと届け出を出しているので、このエリアに入るにしてはおやつ程度しか持ち歩いていないけれど、シクイキノコの多い地域に行く冒険者は特に保存食を多く持ち歩くのが普通ということだ。常に口の中に干し肉などを入れていることで、シクイキノコの匂いに騙されにくくなるらしい。

 私がポシェットから夜干しシオキノコを取り出して皆に配る。


「これから採るシオキノコから作ったんだよ〜美味しいでしょ」

「すっぱ! マズッ!」

「スミレちゃんのおいしいって変わってる〜」

「……これ失敗作?」


 干し梅の味わいは3人には大不評らしかった。フィカルにもあげると、無表情の中に複雑な思いを隠しながらゆっくりと咀嚼している。ヒメコリュウは近付いても来ない。

 若干心に傷を負っていると、腕を引かれた。


「僕はキライじゃないぞ、この珍味。すごくすっぱいが」

「ルキタス……」


 ルキタスにはあとで夜干しシオキノコの作り方も教えてあげようと決心した。






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