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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
とくにポイズンしない日常編
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きのこにご注意1

 3ヶ月振りに帰ってきたフィカルと共にこの街の住人となったスー(竜・森在住)が、夜明けに聞こえる鳥の声と競うように毎朝叫ぶため、この街の住人すべてに早起きが習慣化してしまった。まだほのかに山裾が白くなったというところで伸びをして素早く着替え、窓を開けて下へ降りる。暖炉兼かまどに薪とヨウセイマツを裂いた火口を入れ、そばに置いた火打ち石を打ち合わせる。


 星3つのための昇格試験のひとつに、森で拾ったものだけで火を熾すというものがある。これに合格しなければ、そのあとの昇格試験を受けられないのだ。私は1ヶ月、これで躓いていた。先輩冒険者であるルドに教えを請うて、薪の選び方と組み立て方、火口の作り方、火打ち石の選び方までしっかりとお墨付きを貰った。けれど、カチカチと鳴らしてみても火が付かないのだ。


「おっかしいなぁ〜やっぱこれ火打ち石じゃないのかな? 色もちゃんと見たんだけど」


 カチカチ山のウサギであればタヌキの黒焼きが出来上がっていると思うほどカチカチしていると、背中がすっぽりと温かいものに覆われた。しゃがむ私の後ろにぴったりとくっついて抱きついているのはもちろんフィカルである。


 すりすり。カチカチ。すりすりカチカチすりすりすりカチカチすりすりすりすりカチカチ。


 無反応の私に飽きたのかフィカルは頬擦りをやめて左肩に顎を乗せて、私の火打ち石を取り上げた。そのまま私越しにカチカチカチと3度石を打って、火口はぽっと燃え上がった。


「あぁ〜悔しい……もう一回、もう一回やって」


 私のときとは打って変わって火打ち石はフィカルが打ち鳴らすたびに火花を上げる。火打ち石を握った私の手をフィカルが操って打ち鳴らしても火花が上がる。私だけで打ち鳴らすと何も出ない。

 このやりとりも何度やったことか。


「もういいっ。夜に練習する。朝ごはん作るからフィカルどいて」


 ころんと火打ち石を転がして立ち上がろうとする私は、フィカルの抱き付き攻撃に邪魔される。動こうとする私とそれを阻止するフィカル。しばらく硬直状態が続いたのちに、私のほっぺ伸ばし攻撃によって時間が動き出す。これもルーティーンになりつつある。


 割としっかりと伸ばしているのに、フィカルは痛がることもない。痛くないの? と聞いてみても首を傾げるばかり。今も、鼻先まで垂れていた前髪を整えたせいで見えやすくなった紺色の瞳は、まっすぐ私を見ているだけだった。

 近くから見ていると、フィカルは睫毛が本当に長くて多い。瞬きのたびにばしばしと主張する睫毛は、明るいときに見ると髪と同じように虹色に反射して紺色の瞳がより幻想的になる。宇宙とか星空を連想させる美しいカラーリングだった。異世界ずるい。

 反対にほっぺを両側から押さえてみる。彫りの深い顔がむにゅっと潰れてなかなか面白い。満足満足。


「今日は残ってるキノコを全部入れよう。沢山採ってくることになるから」


 毒々しくカラフルなキノコたちは食べてみると見た目に反してほっこりとした美味しさをもたらしてくれる。お椀は3つ、ひとつはフィカル、ひとつは私、そして星石への捧げ物である。ガーティスさんに教えられた通りに木のスプーンを付けてパンを切り分け、朝食を開始した。


 静かに食事をしていると、街のざわめきが僅かに聞こえてくる。春分の日から2週間、たくさんの子供達がこの街に到着し、その多くが滞在している。初めのクエストを終了して次のクエストである『知らない相手とチームになり、ウロコを一人15枚集める』というのもあらかたの子供が達成し終わり、今日からちびっこ冒険者達は新しいクエストを受けることが出来るのだ。このところしばしば涙目になっていたスーもしばらくは穏やかな日々を過ごせることだろう。


 フィカルについて回るスーは子供達のトラウマになることのないレベルで威嚇したり捕まるギリギリの動きで逃げ回ったり、なかなか面倒見のいい竜である。撫でると嬉しそうに鳴くのも可愛い。あまり抱き着くとフィカルとスーが上下関係を確認する行動を取るのでよしよししにくいけれど、巨体の割にスーはあっさりとトルテアの皆に受け入れられていた。


 残り少なくなってきたおやつ代わりの夜干しシオキノコをポシェットに入れて、細くて軽い剣をベルトに装備し、ナイフの刃を確認する。


「フィカル、今日も一緒に来るの? 自分の仕事しなくて大丈夫?」


 こっくりと当然のように頷いたフィカルは、自分の部屋でゴソゴソと何かを探して、私の掌に持ってきたものを載せた。

 ピッカピカの金貨である。


 この世界では物々交換も珍しくはないのだけど、トルテアの街から1週間ほどの場所にある王都を中心に通貨も使われている。細かくてよく流通しているものから順番に、小銅貨、中銅貨、大銅貨、小銀貨、大銀貨、金貨と価値が高くなっていく。小銀貨が大銅貨の100倍である他は、それぞれ10倍ずつの価値を持っている。なので、金貨は小銅貨にすると100万枚。


 食堂でお腹いっぱい食べると小銅貨10枚つまり中銅貨1枚くらい。市場で家畜を買うにも小銀貨くらいしか使わない。長旅から帰ってきたフィカルが出したときに、初めて見たくらいの希少さがある金貨であった。

 商人ギルドの換金所に持っていくとギョッとされた上に、別室に通されて両替され戸締まりと魔術のかかった金庫を勧められたのも記憶に新しい。


「いや、生活費をねだっているのではなくてね……」


 もともと2人が稼いだお金を共同で使っていて、生活用品や食材を私が買っていたので、そのせいでフィカルは私にお金を渡すことにまったく抵抗がない。助かるが何だか私が搾取しているような気になるので、商人に勧められたすごい金庫は生活費用とフィカル用の2つを購入したのだ。ちなみに私はつましい生活を送れば問題ないくらいの稼ぎである。


 フィカルは首を傾げていた。彼にとっては仕事というのはお金のためにするものらしかった。音沙汰のなかった3ヶ月間で宝石も買えるという金貨をホイホイ出せるほど稼いだフィカルは、現在私の後ろを付いてくるという職業を満喫している。

 まだ前の換金分が残っているしよく開ける金庫に入れとくのも怖いからと金貨をフィカルに返し、若干しょぼんとしてしまったフィカルの背中に籠を背負わせて、私達は冒険者ギルドへと出勤することにした。


「スミレーッ!」


 これから出発する冒険者達で賑わうギルドの事務所前でブンブンと元気よく手を振るのは赤髪がよく目立つマルスである。その隣ではリリアナもぴょんぴょん跳ねていて、ふわふわレースのエプロンワンピースが揺れていた。レオナルドはいつもの丸眼鏡で冷静にこちらを見つめている。その腕には本が抱かれていた。

 幼馴染であるこの3人はすっかりお決まりのメンバーであり、手が空いていれば私にリーダー役が回ってくるのが普通になっていた。


「遅いぞっ早く準備しろよな!」

「はやくいこぉ〜」

「もう出発してる冒険者もいるよ」

「あっなんかすいません」


 もういっぱしの冒険者になった3人に謝って、ギルドの中で依頼受領登録を済ませる。ギルド側が保管するための依頼書と共にカードを魔術でなんかしているカードリーダーにかざすだけなのだが、ついついかざすときにピピッとかわぉんっとか口で言ってしまう。ちなみに本人以外が仕事の受領登録をすることは出来ない。他にも登録情報変更とか記録照合とかもこれ1枚という、非常に高性能なスイッスイでタッチアンドゴーなのである。


「スミレ、ちょうど良かった。この子も一緒に行かせてくれる?」


 同僚で緑の髪をおさげにしている受付のお姉さんことタリナさんが、一人の男の子を連れてきた。

 綺麗に整えられた水色の髪に気が強そうな青の瞳、服装も冒険者に多い動きやすいシャツと丈夫な革のズボンにブーツではあるものの、細かい刺繍や意匠を凝らしてある。見るからに良いところの坊っちゃんという感じだった。


「オッケーですよ。こんにちは、私はスミレだよ」

「僕はドルガの街で炎鳥騎士団長をしているタルタスの三男、ルキタス・マルシマロだ!」

「えっと、そうなんだ。今日はよろしくね」

「ふん、こんな田舎で言っても無駄だったか。物知らずめ」


 めっちゃ生意気だ……マルスとかとは別方向で……

 握手すら無視してフンと胸を張ったルキタスは、ジロジロと私を見てから「随分頼りなさそうだが、我慢してやる」とのたまった。スルーされた手は代わりにフィカルが握ってくれた。

 タリナさんがすすっと寄ってきて口に手を当てて小声で囁く。


「ちょっと有名な騎士団んとこの坊っちゃんでね。生粋のお貴族様ってわけじゃないんだけど辺境伯だから地位はあるし、ほらあそこ、お付きの従者までいるのよ〜ジャマだから黙っとくよう話つけたけど」

「へぇ〜私そういうのまだわかってなくて」

「まあ、うちのギルドは基本身分より星で上下決めるし、普通にやっちゃっていいわよ。クッソ腹立つガキだから気を付けて」


 あとは任せた! とばかりにタリナさんはウィンクと共に去っていく。多くの冒険者の受付をして海千山千なタリナさんが苛立つとはなかなかの強者である。

 タリナさんが示していた壁際には騎士の格好をした男が直立不動で私のことを目で威圧している。あの人のことは見たことがあった。大きな声でやいやいと注文をつけてくるモンペとしてギルドの事務職で噂になっていたのである。面倒なのでスルーすることにしよう。

 小さいのに上から目線なルキタスを伴って、私は3人と合流した。


「誰だそいつ!」

「あ〜、一昨日うちで仕立ててた子だぁ」

「……スミレ、ルキタスも来るの?」

「おい! 無礼な物言いをするな! 女はあの安い服屋の娘か。メガネ、お前は前に組んだ役立たずだな」

「なんだこいつ!」


 マルスに負けないレベルで失礼だし、リリアナの家はセレブ御用達だぞ。あとメガネ呼び良くない。

 やんわりと注意すると、偉そうにするな! とお叱りを受ける。更に3人はブーイング。新しくやってきた冒険者のタマゴ達の中には色々と個性が強烈な子供がいたものの、その中でもルキタスは上位にランクインするだろう。割と前途多難のようだった。


「はいはい。ちゃっちゃと出発ー!」

「なんだその掛け声は! 戦う者の誇りが感じられんぞ!」

「あーそれは確かに私も感じたことないわーごめんねー」


 身近な大人の真似でもあるのだろう、偉そうな口調でやいやいと言いながら付いて来たルキタスも、森の入口でスーに出くわすと流石に静かになった。


 スーはいつも森の入口にある大きな木の太い枝に留まってフィカルのことを待っている。図体がでかいので枝に留まっているといってもすごく目立つ。そしてちらっとでも姿を確認すると嬉しそうにしっぽを振るので、周囲の枝がミシミシと地上に降り注ぐのだった。近付くと本人が降ってくる。ウロコが紅いので大きな火の玉が降ってくるように見えなくもない。


「スー昨日ぶり〜今日は静かにしてたね〜いい子だね〜」


 スーは初日には夜泣き? をしたし、フィカルが外に出ていると割とやかましく鳴く声が響く。ご近所迷惑どころの騒ぎじゃないので、フィカルの教育的指導により日々人間との共存生活を学習中だった。ちなみに今日も断続的に声は聞こえていたが、大分音量は下がってきた方である。

 ギャウ〜と口を閉じて鳴くスーの大きな頭を撫でていると、ルキタスが吠えた。


「なんだその態度! 竜だぞこれは! 仮にも使役する立場の人間か?!」

「いや、私飼い主じゃないし」

「使役者じゃないのにそんなに馴れ馴れしくするなよ! じゃあ誰なんだ!」


 すっと隣を指差すと、スーもギャオッと鳴いた。


「さっきから幽霊みたいに付いて来てたこいつが?!」

「フィカルだよ」


 こっくりとフィカルが頷く。ルキタスはジロジロとフィカルのことも値踏みしてから、口を開く。


「口を動かせ!」


 ごもっともで。






ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/08/02、2017/09/19)

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