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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
とくにポイズンしない日常編
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再会は朝もやの中で

 異世界の朝は単純だ。空がほんの少しでも明るくなってきたら、鳥が寝ていられないくらいに騒がしくなる。どう頑張ってもアラームのスヌーズ機能なしで起きたことがなかった私でも、夜明けとともに起きる習慣がついてしまった。

 身支度をして階段を降りると、1階には誰もいなかった。薄暗い部屋を抜けて裏口から家の外側に回り込むと、昨夜のうちに干しておいたキノコが樽の上に載せた平らなざるの上でしおしおに乾いていた。この地域では塩分を摂取するための主な食材がこのシオキノコで、日光の下で干すと岩塩みたいに固くなり、水に漬けて塩分を取り出す。小鍋ひとつにシオキノコひとつで大体海水くらいの塩分になった。ところがこれはスライスして一夜干しすると、なぜか味が干し梅にそっくりになるのである。

 出来たての夜干しシオキノコをひとつ齧ってみると、無駄な甘さのない理想的な干し梅味だった。しめしめと出来上がったものを壺のような形の籠に入れていると、東の空がゆっくりと橙色に染まってくる。朝告げ鳥は忙しなく鳴きながら飛び回り、温い風が吹いてきた。


 ついこの間までは乾いて冷たい風が街を吹き抜けては砂埃を上げていたのに、一度大雪がどっと降って、それから身も凍るような冷たく強い風が吹いた一日を過ぎたら、あとは春風がどんどん雪を溶かしてしまった。最近では少しの外出なら上着を羽織らなくても良いくらいになっている。

 私がこの世界に来て、大体半年が経った。


 夜干しシオキノコをたっぷり入れた籠に蓋をしてざるの上に載せたあと、ぐっと背を反らせて伸びをした。そのときに伸ばした両手の右のほうが後ろにあった何かに当たる。


「えっ」


 ここは収穫物の加工をするために空けてある場所なので、びっくりして後ろを向く。そこには自分が予想していた以上に近い位置に立った長身の男が、無言でこっちを見下ろしていた。

 身長は180を軽く超えている。さほど大柄という訳ではないのにしっかりと筋肉質なのがくたびれた旅装からもわかる偉丈夫なのに、太陽を反射すると虹色に光る銀の髪は伸びっぱなし、そのせいでただでさえ表情の読めない紺色の瞳は隠れがちになり、表情筋が仕事を放棄している顔はぼんやりとして見える。

 図体が大きいくせに人に気付かれずにここまで忍び寄るという器用なことをしてみせた男に、思わず叫んだ。


「フィカル!?」


 しばらく、具体的には3ヶ月ほど姿を見なかった男――フィカルはこっくりと頷いて、冒険者用の旅装を解くこともしないまま、いきなり私の脇の下に手を入れて猫の子でも持ち上げるように抱き上げた。急に地面を離れた感覚に慌てている私のことをのんびりと眺めて、それから子供がぬいぐるみを抱きしめるように腕を折りたたんでぎゅうと抱きしめる。

 ぎゅう。

 ぎゅうぎゅう。


「……苦しいっ」


 ばしばしと肩を叩いてアピールすると、頬擦りをしていたフィカルは不満そうにしながらも力を緩めてくれた。年頃の女子に対して、なんとも言い難い仕打ちである。再び猫のように持ち上げられた状態のまま、私は微笑んで両手を伸ばした。少し痩けたような頬を触ると、紺色の瞳が僅かに細められる。ぺたんとその両頬を触って、それから、ぐいーと伸ばした。


「いきなり出て行って、今までどこ行ってたの!!」


 怖い声を出すと、無表情が心なしかしょぼんとして見える。何となく犬を連想させるフィカルを叱っていると妙な罪悪感が湧いてくるが、私には怒る権利がある。

 帰ってこないフィカルをすごく心配したのだ。私達が出会ったときのようになっているのではないかと思って。




ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/08/02)

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