三曲目『春樹の過去と黒歴史』
《♪》
今から六年ほど前の事だ。今が高校二年生だから……ちょうど小学五年生……十歳頃の話だ。俺は元々【四季島】に住んでいたわけじゃない。俺の家はその頃、父親が死に稼ぎ頭いなく、家計は火の車だった。母親は俺と妹のために働き手を探した。母はパートで働いて後は貯金で家計保っていた。ところがある日、俺がヴァイオリンのコンクールで優勝した。そして俺は少しでも家計の足しになればと思い、ひたすら公園でヴァイオリンを弾き続けた。結果、一年後、俺は小学生では到底たどり着けないほど、高い技術を身につけていた。
そしてその年のコンクール、圧倒的な実力で優勝した俺の演奏技術は高く評価され、テレビなどに引っ張りだこ、一躍有名人になった。
俺はコンサートで金を取れるレベルになり、【氷奏王子様】と呼ばれるようになる。
その後は遊びもせず、ひたすらヴァイオリンを弾いていた。学校に行く回数もめっきり減った。母親に連れられ、外に出かける度に、妹が心配そうに俺を見ていた事はよく覚えている。
そんなある時、俺はある番組で同い年の少女に出会った。
彼女は外国出身のハーフで世間では【夢歌姫】と呼ばれていた。彼女は名をメアリアと言い、俺は彼女の事をアリアと呼んでいた。
俺とアリアはすぐに意気投合、仲良くなった。家にお呼ばれした時、シャリアと初めて会った。双子の妹らしい。
アリアはいつも俺の演奏を聞き、言っていた。
『あなたの音、いろんな感情が詰まってて好きよ。良い音♪』
そう言われて顔を赤くしていた俺は、若かったと思う。
というよりきっと好きだったのだと思う。
そして俺はあの日、アリアにコンサートが終わった後、告白しようと思っていた。
しかしその日、アリアが事故で死んだ。
事故原因は急いでいたアリアが飛び出して、車に轢かれたらしい。後で聞いた話では俺のコンサートが間に合わせるために急いでいたらしい。
それを聞いて俺は絶望した。俺のせいで、俺のせいで、アリアは死んだ! 俺がヴァイオリンを弾かなければ、アリアは死ななかった! 彼女は二度と帰ってくる事は無い!
葬儀の日、アリアに向けて、俺は昔弾いていた公園で、最後の演奏し、それ以来俺が人前で、ヴァイオリンを弾く事はなかった。
俺は芸能界を引退し、逃げるようにこの【四季島】に来たのだった。
家族の生活は、今は楽になっている。俺が稼いだ金で、元々キャリアウーマンで天才だった母は、多少の資金が得られ、株や投資に成功し、新たな企業を立ち上げ、そこの社長になっていた。
家計は安定しているのに母は心配してか、それとも強欲になったのか、俺に芸能界復帰を何度も勧告してきた。
俺はそれを全て跳ね除け、今もこの【四季島】にいる。
何だか小学生の頃に決めた、矛盾だらけのメチャメチャな理屈で逃げているのは分かっているが、それでも俺はまだ本土に帰る気はなかった。
《♪》
「お帰り。ハルキ」
マンションの自分の部屋に帰ると、そこには何故か、メイド服に袖を通したシャリアの姿があった。訳も分からず固まっていると、シャリアが思い出した様に無表情のまま続ける。
「ああ。そうだ。確か…………お帰りなさい、あなた。お風呂にする? ご飯にする? それとも……わ・た・が・し♪」
「ちょっと待て。綿菓子って何だ? それになんでメイド服を着てるんだ? それ以前になんでここにいるっ!?」
俺は混乱しているのか、ついつい大声になってしまう。
「一度に聞かれても困る。でもその問いには全て答えられる。まず綿菓子は……」
「待て待て。やっぱり、なんでここにいるかだけ答えてくれ」
自らのギャグを説明しだそうとする前に止める。
するとシャリアは少しだけ機嫌が悪そうな顔をし、渋々承諾する。
「何故ここにいるか? それは私がここに引っ越してきたから」
「ちょっと待て、既に色々おかしい」
「大丈夫。ハルキなら耐えられるって私信じてる」
「前提条件がおかしいぞ!」
「気にしない。短期は損気らしい?」
「あやふやな解答を返すな。訳が分からん」
「分かった。じゃあ、簡単に話すから、それで理解して」
「うん。拒否権とかは無いのね」
「聞いたのはハルキ」
「……そうでした」
「分かったならいい」
部屋に入った後、多少シャリアから状況を説明してもらった。
つまり、ようやくするとこういうことらしい。
シャリアはどうやら俺を探していたらしく、俺の母に聞き、居場所を知った。俺の母としては、お目付け役を送ろうと駕策していたところに、ちょうどシャリアが現れた。【四季島】に行くなら世話係として、送ろう! そうして俺の部屋に引っ越してきたらしい。
もはや聞いていて頭が痛くなってくるレベルだった。すかさず俺は母親に電話をかける。
『あ、はい。もしもし。【IMH】の凍宮陽子ですが』
「俺、俺、俺だけど」
『オレオレオレ詐欺は間に合ってます。そういう事を言う奴は東京湾に静めるか、コンクリに埋めますが、どうしましょう?』
「あ、すいません。間違えました。」
俺は咄嗟に電話を切る。
仕掛けたのは俺だが、悪乗りしたのは向こうだ。それに俺はまだ死にたくなかった。だから切って正解だろう。
すると、スマホがブブブと振動する。俺はスマホの画面を確認した上で出る。
「はい。もしもし」
『あ、もしもし? ウチウチ』
「ウチウチ詐欺なんて聞いた事はありませんが、同じ部類だと思うので切ります」
『ちょっまっ……』
すかさず切る。するとまたスマホが震える。
「何?」
『『何?』じゃないでしょ! 『何?』じゃあ! あんたからかけて来て何勝手切ってるのよ!』
「あ、そういや、そだった。ゴメンゴメン」
『そういうふざけた所、夏次に似てるわ』
「親父に?」
『そう』
「ふーん」
『で、何?』
「あ、えっと、そうだ! シャリアが訳わかんない事を言ってるんだが!?」
『ああ。シャリアちゃんもう着いたのね。早かったわね。あ、ちなみにその子の言ってること全部本当だから』
「にしたって、なんでシャリアなんだよ!?」
『それは、シャリアちゃんが私のオーダーに全て答えられる唯一の人物だからよ』
「は? それってどういう?」
『それから、別にシャリアちゃん返したなら返してもいいわよ?』
「え? 本当か?」
『その時はあんたにも帰って来てもらうけど』
「駄目じゃねぇか!」
『それに、別にいいのよ? あんたが残してくれた黒歴史もこっちたくさんあるし、これを歌詞にしてあんたが昔作った曲にのせて、世間の歌手に歌わせるだけだから』
「んな!」
『昔からそう言ってるでしょ? という訳でシャリアちゃんとよろしくね』
「な、この偏屈母め」
『あんたには言われたくないわね、無愛想息子。じゃあね』
「ちょっ待てコラ! 切りやがった」
俺は電話の切れたスマホを恨めしげに見る。
「話終わった?」
シャリアが首を傾げて聞いてくる。
「まあな」
「で、どうするの? 私を追い出す?」
コテンと首を傾け聞いてくる。
「追い出したらどうなる? 俺の黒歴史が明かされるだろ? そんなのはゴメンだ」
「別に嫌なら、ここから出てもいい。陽子さんにも報告しない」
「本当か?」
「でも、その代わり私は今日野宿をすることになってしまう。それにハルキは私をポイするの?」
涙を若干潤ませてシャリアが言う。
ぐぅ! とんでもない破壊力だった。可愛い! と内心思ってしまった。しかもまるで、捨てられた子犬のような顔をするのだ。もはや反則レベルである。
「わかった。捨てない。捨てないから」
「ありがとう」
こうして俺に少し小さめな同居人が増えました。
《♪》
「まあ、それにしてもシャリアちゃんが来てくれて助かったわね。これで、あのバカ息子も、少しはまともになればいいけど」
そう呟くのは俺の母親、凍宮陽子である。ウイスキーと丸い氷が入ったグラスを、カラカラと回す。
「まあ、シャリアちゃんに任せとけば大丈夫でしょう。あのバカ息子は、〝ロリコン〟だから」
そう陽子が言った時、どこかでクシャミが聞こえてきた気がした。
《♪》